命令権
2019.08.11 3話投稿(1/3)
アマノガワの案内でピースメーカーの本拠地であるコンサートホールへやってきた。
3万人は収容できるという大きさで、この辺では最大の大きさを誇る場所らしい。そしてすぐ近くには球場もあるが、そこも同じくらい大きなところだそうだ。
正直、こういう場所で行われるイベントとかに行ったことがないので、こういう場所があるのも始めて知った。アイドルのコンサートや、野球などで使われるのだろうけど、とくに興味がなかったからスルーしてた。
「センジュさん、こっちです」
アマノガワが手招きして呼んでいる。おっといかん。ぼんやりと建物を眺めてしまった。どうやらじいさんもラファエルちゃん達もアマノガワのそばに居て俺を待っているようだ。
「すまん。すぐに行く」
アマノガワの後ろをついて行く。ここは関係者専用の通路でいわゆる舞台裏で普段は機材の運び入れとかに使われるとか。ここを通るとミカエルのいる部屋へ行けるそうだ。
すでにミカエルにはラファエルちゃん達を連れて行く連絡はしてある。だが、俺とじいさんのことはまだ内緒だ。これはラファエルちゃん達の要望でもあるし、スマホでのやり取りだと上手く説明が出来ないかららしい。一応じいさんは会ったことがあるし、いきなり危険な事にはならないと思うが念のため気を付けておかないとな。
コンクリートでできた長い通路を抜けると、門番のように立っている男が二人いた。見た限りゾンビのようだ。
「ミカエル様の妹達を連れてきた。通してほしい」
アマノガワがそう言うとゾンビは扉の前から横にどいた。
アマノガワの命令を聞く、というよりは内容から判断して行動するように命令されているのか? でも、細かいことは出来ないようだ。部外者である俺やじいさんを素通りさせているのがいい証拠だ。
もっと人間のように動けるように命令することも可能なのだろうか。そうすればたとえゾンビでも人と変わらないように生きていけるのにな。
扉をくぐるとアマノガワが「こっちです」と言って歩き出した。そして少し歩いた場所のドアをノックする。何かの控室とかそういうところだろうか。
「ミカエル様、連れてきました」
「入りなさい」
ドアの向こうかあら女性の声が聞こえた。ドア越しではあるが、あの動画で聞いた声と同じ声だと思う。さて、どうなることやら。
アマノガワが「失礼します」と言いながらドアを開ける。
部屋の中には白いワンピースを着た女性、ミカエルが立っていた。
ミカエルはこちらを全く見ていない。その視線はラファエルちゃん達だけを見ていて、少しだけ微笑んでいる。
ラファエルちゃん達は「おねーちゃん!」と言いながら、アマノガワの横を抜けてミカエルに駆け寄った。
「ちゃんとお留守番できたようね、偉いわ」
3人とも「うん」とか「余裕」とか言ってるけど「ちゃんと」はしてなかったと思う。お菓子欲しさにマンションまで着てたしな。
ミカエルは一通りラファエルちゃん達の頭をなでて可愛がると、こちらを見て少し眉をひそめた。
「そっちの二人は何? いえ、そっちの老人は病院にいた……? なぜ貴方が……?」
「うむ、久しぶりじゃな。あの時は名乗ってなかったので名乗っておこうか。儂は梅天源次郎じゃ。よろしくたのむ」
ミカエルは少しだけ頷いたあと、俺のほうを見た。少し警戒しているようだが今のところ敵対的な感じはしないな。もしかしたらピースメーカーの誰かかと思っているのかもしれない。
「俺は八卦千住だ。えっと、よろしく」
すこし砕けた感じにしておこう。畏まり過ぎてもよくないだろうしな。
「センジュにーちゃんには色々貰ったの。私はおもちゃのお料理セット」
「私はお花屋さんセット」
「ニートまっしぐらのお子様用タブレットを貰った。大人用の方が良かったけどそれは言わない」
3人ともいいぞ。俺が悪い奴じゃないとアピールしてくれ。
ミカエルは少しだけ不思議そうな顔をしたが、そのままの顔で頷いた。
「名前は分かったわ。それにこの子達に何かをくれたのね。感謝するわ。それでここへは何しに来たの? なにか私に要望でもあるの?」
要望か。しいて言えば、適合者を探している理由を知りたいくらい。あとは何もしないから敵対しないでくれ、というのは一応要望かな。
それよりも俺が適合者なのはラファエルちゃん達が言うんだよな? 俺やほかの二人が言ったらサプライズにならないからな。でも、ラファエルちゃん達はミカエルに引っ付いたままで、紹介してくれないようなんだけど?
「えっと、ラファエルちゃん、ほら、サプライズは?」
そう言うと、ラファエルちゃん達が「あっ」と言った。まさか忘れていたのか。
「おねーちゃん、ラファエル達はちゃんとお仕事をしてきました!」
「お仕事? えっと、何のこと? 頼んだのはお留守番よね?」
なんでミカエルが分かっていないのだろうか?
ラファエルちゃん達が不思議そうな顔をしているミカエルを放ったまま、こちらへやって来て俺の手を引いた。そしてミカエルの正面に立たせる。
「貴方達、一体何を……?」
ラファエルちゃんが俺のほうを指さした。
「適合者を連れてきたよ。おねーちゃん、探してたんだよね?」
「……え?」
「このセンジュっておにーちゃん、適合者なんだ。私、噛んだことあるよ!」
ラファエルちゃん達はドヤ顔だ。ここは俺もフォローしておこう。
「えっと、俺は確かに適合者だ。適合者を探してたって聞いたのでついてきた。ラファエルちゃん達が貴方を驚かせようというので、アマノガワから連絡はしなかったけど」
一応にこやかに笑えているはず。敵対的な気持ちは一切ないという表情をしているはずだ。
だが、それとは反対にミカエルの顔が驚愕に変わる。そして俺を睨んだ。
「貴方達! 耳を塞いでこの部屋からすぐに出て行きなさい!」
ミカエルはラファエルちゃん達を外へ出るように言っているが、当のラファエルちゃん達は驚いているだけで、外へは出て行かないようだ。でも、耳を塞いでってどういう意味だ?
「アマノガワ! 早くこの子達を外へ!」
「え? え?」
そしてアマノガワも状況が分からないという感じで同じようにオロオロしている。
「くっ!」
外へ出て行かないラファエルちゃん達を見て無理だと悟ったのか、今度は俺を睨んだままとびかかってきた。顔を狙って手刀を放とうとしている。いや、口、もしくは喉を狙っているのか?
だが、その手が俺に当たる前に跳ね上がった。
どうやらじいさんが刀で弾いたようだ。
「安心せい、みねうちじゃ」
刀の刃のないほうでミカエルの手をかちあげたようだな。あのままでも躱せたけど、一応礼を言っておくべきだろう。
「ありがとうな、じいさん」
「なに、余計なことだとは思ったがつい手が出てしまった。もうせんよ」
いや、してくれてもいいんだけどね。さて、それはともかく、なぜミカエルは襲ってきたんだろう? やっぱり適合者を殺すのが目的なのだろうか……とりあえず、話を聞いてみるか。
じいさんに弾かれた右の手首を左手で押さえながら、こちらを睨んでいるミカエルを見た。
「なんで襲ってきたかは知らないが、理由を聞かせてくれないか?」
「ぐっ……う、嘘でしょ……! あ、貴方の言葉は、わ、私たちにとって、ぜ、ぜ、絶対的な命令権がある……! そ、それをさせないために、外へ出そうとしたの……よ……!」
絶対的な命令権? ゾンビに命令できるあれか? もしかしてミカエルたちにも俺は命令を出せる? ……そうか、襲った理由を聞かせてくれ、という命令に従ったということだな。言いづらそうにしていたのは、命令に背こうとしていたのだろう。
ああ、なるほど。俺がラファエルちゃん達に変な命令を出すかと思って心配したのか。なら、俺はしゃべらないほうがいいかも。
「じいさん、俺は出来るだけ言葉を話さないようにするから、ミカエルと話をしてくれないか?」
「うむ。命令権を使って聞き出すという訳じゃないのだな? いいじゃろう。儂のほうから聞いてみよう」
じいさんは俺から視線を外してミカエルのほうを見た。
「のう、ミカエル。センジュは適合者だが、お主に命令をするつもりはないそうだ。それにラファエル達を無事に連れてきたのもセンジュからの信頼の証と思って貰いたい。できる範囲で構わんからなぜ適合者を探しているのかを説明してくれんか?」
ミカエルは目を見開いた感じで驚いている。そして俺とじいさんを交互に見た。
「ミカエルねーちゃん、センジュにーちゃんはいい人だよ。チョコアイスをくれたし」
「私はバニラ。しかもプレミアムバージョン。最終的にはサクラも譲ってくれた」
「女は黙ってチョコミント」
「貴方達……一体どこで何をしていたの……?」
ミカエルがそう言うと、3人とも両手で口を塞いだ。そして部屋の隅っこのほうへ移動する。絶対に言わないという意志表示だろうか。
そんな3人を見てミカエルはちょっとだけ微笑む。だが、こちらを見たときはかなり真面目な顔をしていた。
「適合者を探している理由だったわね。話せることだけ話すわ。ただ、私のお願いも聞いてもらえるかしら?」
「内容によるが、どんな願いじゃ?」
「そこにいる適合者……センジュだったかしら。私に自由に行動しろと命令して」
「そんなことでいいのか? 自由に行動しろ。これでいいか?」
「え……嘘……そんな、簡単、に?」
なんでミカエルは驚いているのだろう?




