すべての元凶
なにかに適合しているということなんだろうけど、どういう意味なのだろうか。というか、エルちゃんは色々詳しいな。それとも常識なのか? 1週間寝ていただけで浦島太郎のような気分だ。
「ええと、適合者ってどういう意味かな?」
「簡単に言うと、ゾンビウィルスに侵されてもゾンビにならない人のことです。数万人に一人の割合らしいんですけど……説明が難しいので、まずは動画を見てください」
「動画?」
「はい、動画サイトに詳しい内容が公開されてますので」
文明が崩壊しそうなのに動画か。結構余裕あるな人類。
有名な動画サイトにアクセスした。1週間程度ならまだ動画のあるサーバーもちゃんと動くんだな。まあ検索サイトとかも使えるし、非常用の電源とかが置いてあるデータセンターみたいな場所にサーバーが置いてあるのだろう。
「ええと、どんな動画を検索すればいいのかな? タイトルは?」
「幼女で」
聞き間違いだろうか。幼女って聞こえたんだけど。養女? それとも妖女か?
「えっと、漢字はどう書くのかな?」
「幼い女の子で幼女です」
合ってたようだけど、すべてが間違っている気がする。なんで幼女?
とりあえず、言われた通り検索しよう。
そう思ったけど、検索するまでもなかった。よく見たらトップページに貴方へのおすすめ動画として載ってる。ほぼすべて同じ動画のようだ。発信者や動画のサムネイルは違うけど、拡散されたのだろう。
でも、タイトルがおかしい。「俺たちの幼女」とか「天・使・降・臨」とか「すべての元凶」とか書かれてる。動画のサムネイルも色白の女の子がアップになったシーンが多い。
あれ? この色白の幼女。もしかして俺を噛んだ子か? 噛まれてすぐに外へ放りだしたから顔はよく覚えていないが、髪の色や肌の色、服装がそっくりだ。
「エルちゃん、見る動画はこれでいいのかな? タイトルからしてあまり見たくないんだけど?」
「オリジナルがどこにあるのかはもう分からないのでどれでもいいですよ。タイトルは、まあ、仕方ないですね。結構人気なので」
人気なのか。もっと危機感を持ったほうがいいんじゃないかって思う。仕方ない、まともなタイトルの動画を選ぼう。変なタイトルを選んでセクハラとか思われたくない。えっと「すべての元凶」でいいか。この中ならまともなほうだと思う。
でも選んでちょっと後悔した。動画にタグが付いてるけど、「病院行け」「だれか止めてやれよ」「選ばれし者(笑)」「ニートは至高」「笑撃の結末」とか書かれている。本当に見ても大丈夫なのだろうか。
というか、この動画を見てゾンビ化していない理由が分かるのか? とてもそうは思えないのだが。
なんとなく嫌な予感がするけど、動画を再生した。
動画が始まると、研究所の中のような場所が映し出された。そして白衣を着た40代くらいの男性が現れる。
「初めまして。まずは自己紹介をしておこう。私の名前は――いや、名前なんてどうでもいいことか。私のことは博士とでも呼んでくれたまえ」
少なくとも幼女には見えないが、このまま見ればいいのだろうか。ちらっとエルちゃんのほうを見ると、頷いてくれた。どうやらこれでいいらしい。
「今回発生したゾンビパンデミックだが、これは私がやったものだ。ゾンビウィルスを振りまいた元凶といえるだろう」
こいつが元凶なのか。でも、本当かどうかは分からないな。
「なぜ、こんなことをしたのか? この動画を見ている人はそう考えているだろう。簡単に言えば、これは救済だ」
サイコパスの常套句を言い出したぞ。宇宙の声に従っているとか言い出す奴がたまにいる。
「人間が多すぎると思ったことはないかね? 地球という限りある資源を食い尽くすだけの寄生虫。他と共存もできず、ただただ消費していくだけの哀れな生き物。そんな生物がこの地球で増えているのは嘆かわしいと思うだろう?」
アイタタタタ。
サイコパスのテンプレだ。金持ちに多いタイプのサイコパス。
「そこで、地球を救済するためにも、人類を減らすことにしたのだよ。十数年かかったが、満足のいくウィルスが出来たのでね。この子たちに散布してもらった」
男がそう言うと、今度は色白の女の子たちが現れた。4人ほどいるが、姉妹のようにみんな同じ顔をしている。髪型はショート、ポニーテール、おかっぱ、ロング。俺を噛んだ幼女はおかっぱだったか?
ロングの子が二十歳くらい、ほかは十歳かそこらだろう。肌は真っ白で、髪も白い。服装は白いノースリーブのワンピースを着てるだけだ。俺を噛んだ時もそんな服装だった気がする。
よく考えたら白い髪の幼女なんて、この国だとものすごく珍しいよな。エレベーターから突然出てきたとはいえ、反応できなかったのは元殺し屋としてどうなんだろう。
「彼女たちは私が造ったゾンビウィルス『ダーウィン』の適合者だ。ウィルスは人をゾンビに変えるものだが、数万人に一人の割合でゾンビにならない。その代わりに強靭な肉体を得られるのだ。私はそれを進化と言っている」
ダーウィンに謝れ。
しかし、なんだろう。共感性羞恥というか、この居たたまれない気持ちは。スベリ芸をする芸人さんを見れない気持ちによく似ている。しかも本気でそういうことを言ってるから手に負えない。動画を止めたい。
「ウィルスに侵されながらもゾンビにならなかった者は、進化した選ばれし人間ということだ。今後はそういう者たちが地球を支配するべきだろう。だが、私は慈悲深い。ゾンビにならず生き残れる者もまた、選ばれし者として認めようじゃないか」
ものすごい上目線。どれだけ上から見ているのだろう。
しかし、こんな奴がいるなら、会社も殺しのターゲットに載せとけよ。格安で引き受けてやったのに。せめてターゲットガチャの十万円クラスに入れとけ。お金に困った同業者がやるだろ。
「さて、事情はすべて話した。ここで失礼しよう。君たちも生き残るのに忙しいだろうからな。進化できるように祈っているよ」
よかった。これで終わりか。痛々しくて見るのがつらいから早く終わって欲しい。
それにしてもこの博士、こういうウィルスを作れるだけの頭はあるけど、考え方が駄目なやつなんだな。天才となんとかは紙一重と言うが、まさにその通りだ。
でも、俺はその「選ばれし者」になったのか。なんというか、ゾンビになったほうがまだマシに思えてくる不思議。
でも気になることがある。あの女の子たちがウィルスを散布したと言うが、そんなことできるものなのだろうか? 確かに俺は噛まれたけど。
あれ? 動画が終わらないな。それにまだ再生時間が残ってる?
「お父様。ひとつよろしいでしょうか?」
ロングヘアの女の子が博士に向かって微笑みながら話しかけた。
「ミカエル? お前から質問するとは珍しいな? どうした?」
「確認なのですが、人間たちにウィルスを撒くことが私達のお仕事で間違いありませんか?」
「その通りだ。お前たちは適合者であるが、ウィルスの保菌者でもある。それを使って多くの人間にウィルスを振りまくのだ。お前たちの姉妹も海外でウィルスを振りまく仕事をしているのだぞ」
「そうでしたか。それではすぐに仕事に取り掛かりたいと思います」
「うむ、そうしろ。選ばれし者だけが生き残るユートピア。その完成は近い――ぎゃあ!」
ロングヘアの女の子が博士の腕を噛んだ。おいおい。
「ミ、ミカエル! お、お前は何をしたのか分かっているのか!」
「はい、もちろんです。お父様。でも、ご安心ください。お父様ならウィルスに感染してもゾンビにはなりませんわ。だって私たちのお父様ですもの。絶対に適合者ですわ」
そしてミカエルと呼ばれている女性が怖いくらいに顔を崩して笑った。口の周りに血がついていて、めっちゃ怖い。
「それにたとえお父様がゾンビになっても大丈夫ですわ。ウィルスの実験で何十万人と殺した私たちのクローン、いえ、私たちの姉妹がお父様を天国で待っています。寂しくはありませんわよ?」
「き、貴様! だが、どうして私を襲える! 私を襲えるようにはしていなかったはずだぞ!」
「いやですわ、お父様。私はお父様の望みをかなえただけ。私に命じたではありませんか。人間たちにウィルスを撒け、と。お父様も人間ですわよね?」
ああ、そういう。命令の上書きみたいなものかな。
「いつから――いつからこれを考えていた!」
「最初から、ですわ。だって私たちのお父様ですもの。絶対に選ばれます。そうだ、時間になるまで楽しいゲームでもしましょうか。みんな、お父様が進化するか、それともゾンビに成り下がるか。どちらに賭けます?」
3人の幼女はゾンビになるほうへ賭けたようだ。3人はそれぞれ、食べかけのパンとなにかのリモコンと不気味な花をテーブルに置く。どうやらあれが賭けるものらしい。
「みんながゾンビに賭けるの? 私もそっちへ賭けたかったのに。仕方ありません。賭けになりませんから、私は適合するほうへ賭けますわ」
ミカエルはそう言って、テーブルの上にカエルらしき生物を3匹置いた。
「き、貴様ら……!」
「お父様、怖いから睨まないでください。笑顔ですわ、笑顔。写真を撮るときのようににっこり笑ってください」
「貴様ら! 許さん! 許さんぞ! ぐ……! ぐお、ぐあああ!」
博士が苦しそうに絶叫する。そして倒れた。だが、すぐに立ち上がったようだ。
「うぼぁー」
うん、ゾンビだね。
「あら残念。ゾンビになってしまいました。しかも過去最高の早さで。5分切るのは初めて見ましたわ。これも選ばれし者だったからかしら? どうやら賭けは私の負けですわね」
そう言いながらもミカエルは嬉しそうだ。そして3人はカエルを貰って喜んでいる。
「さて、動画を視聴している皆さん。ゾンビパンデミックの元凶であるお父様はゾンビとなりました。なんて悲劇的なのでしょう。まあ、皆さんも世界がこんな状況になってしまって悲劇的ですけど。今の状況にはとても同情します。頑張って生きてくださいね。心から応援してますわ」
誰だって分かる。そんな嬉しそうに言うなんて、嘘に決まってる。むしろどうでもいいと思っているのだろう。
「そうそう、私たちはこれ以上ウィルスを振りまいたりしないから安心してくださいね。お父様もゾンビになってしまったし、あの命令は無効ですから。さあ、私たちは自由よ。みんなは何をしたい?」
「私はパシティエをやりたいなー」
「ニートこそ至高。うひひ」
「花屋一択……!」
幼女たちがそれぞれ何か言ってる。これだけ見ると可愛らしい気はする。
「みんなに夢があってお姉ちゃん嬉しいわ」
「ミカエル姉ちゃんは? ネット界のアイドル? バーチャルなんとか?」
「そうねぇ、夢の前にまずは世界中にいる私の妹たちを迎えに行きましょうか。それが終わったらスローライフをしたいわね。どこか気候のいい場所で食べ物でも作って生きていきたいわ」
わかる。俺もそうしたい。
「そういうことなので、視聴者の皆さん、私たちも忙しくなるので動画はここまでにします。新しい秩序の世界を作るのもよし、破壊と暴力の混沌な世界を作るのもよし、頑張ってワクチンを作るのもよし、自由気ままに生きてくださいね」
そしてミカエルは普通の可愛らしい笑顔になる。
「では、みなさん、ごきげんよう」
そうして少女たちは画面の外へ移動してしまった。
そして最後に博士のゾンビが画面にアップで映ってから動画が終わった。最後にビビらせるな。
とりあえず、状況は分かった。大きく息を吐いて脱力する。そしてエルちゃんのほうをみた。
「つまりセンジュさんは適合者であり、選ばれし者なんですよ!」
「その言い方はやめて」
理由は分かったけど、知りたくなかった。