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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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閑話:天使と悪魔

2019.07.14 3話投稿(3/3)

 

(これ、どういう状況なのかしら?)


 ミカエルがゾンビの人権を訴える組織、ピースメーカーの本拠地に来た時だった。


 コンサートホールのステージ。多くの女性を侍らせている男の前で、見た目が麗しい女性が噛みつかれようとしていたところに、ミカエルがやってきたのだった。


 見た限り、男は適合者であり、噛みつかれそうな女性はゾンビにされるところだったのだろう。よく見ると、侍らせている女性たちも多くはゾンビだ。


 ミカエルが見た限り、男の容姿は悪くない。だが、下品な笑みを浮かべている男は醜悪に見える。この適合者がゾンビに命令できるのは判明した。見た目の美醜はともかく、ミカエルにとっての父が求める人材であることは間違いない。


 しかし、ミカエルにとって重要なのは、父よりも強力な命令が出せるかどうかだ。自分にかけられた命令を解けるかどうか、そしてこの男がそのような命令をしてくれるかどうか――それがミカエルにとって一番大事なのだ。


 ミカエルはゆっくりステージに近づく。周囲でミカエルの登場に驚きの声が上がったが、そんな声は全く聞こえていないようにステージに上がった。


 男は噛みつこうとした人間を放り出し、ミカエルを見てニヤニヤと笑みを浮かべた。


「おいおいおいおい、もしかしてあの動画に出てた天使か? 思ってた通りの美人じゃねぇか」


 ミカエルは内心で天使というフレーズに噴き出す。病院で会った老人にもそう言われた。父のことは殺したいほど嫌いだが、付けてくれた名前は気に入っている。そして美人はどうでもいいが、天使と言われるのは悪くない。これからは天使ミカエルと名乗ろうかしら、と少しだけ考えた。


 だが、そんな考えを一瞬で切り替える。ミカエルにとってここは正念場なのだ。


「貴方は適合者ね? 確認したいのだけど、ゾンビに命令が出せるのかしら?」


「おお? そんなことを聞きに来たのか? もっと色っぽい話かと思ったぜ」


「で、どうなの?」


 さらにニヤニヤした男の態度にミカエルは殺意に近い感情が沸いたが、答えを聞くまでは大人しくしておこうと考えた。十中八九間違いないが、会話からなんとかして父を守るという命令を解除させなくてはいけないからだ。


「おう、俺はゾンビに命令できるぜ。適合者って言うのは便利なもんだな!」


「そう、でも念のため、見せてくれないかしら? そこのゾンビに『自由に行動しろ』って言ってもらえる?」


 これはミカエルの策。その言葉を言えば、ミカエルにも同じ命令が下る。そうすれば、こんなところに用はない。耳をふさいで逃げればいいのだ。


「そんな命令を出すのか? まあいいぜ、それで納得してくれるならな。だが、タダじゃ見せられないね。お前、俺の女になれ」


 ミカエルは一瞬耳を疑った。しかも次の瞬間には不味いと慌てた。その命令を聞いてしまえば、父でではなくこの下品な男に仕えることになる。だが、すでに言葉は聞いてしまった。ならば、命令のタイムラグを利用して殺すまで。ミカエルはそう考えて行動に移そうとした。


 だが、あまりにも相手との距離があり過ぎた。命令を聞いて数秒が経過する。しかし、ミカエルには特に何の変化もなかった。


 それはつまり、目の前の男は、父よりも強力な命令を出せないという結論だ。


 ミカエルは安堵したと同時に、残念にも思った。せっかく見つけた適合者が役に立たないただの醜悪な男であることが判明したからだ。


「おい、俺の女になれって言ったんだよ。お前も適合者だが、ゾンビでもあるんだろ? なら俺の言うことは聞くよな?」


「もう黙って。この役立たずが」


 ミカエルは男の近くに近寄って、右手で男の首をはねた。




 ピースメーカー本部であるコンサートホールは大変な混乱状態であった。


 この場所に白い少女ミカエルが現れたのだ。


 そして適合者である男といくつか言葉を交わすと、ミカエルは男の首をはねた。


 その瞬間、適合者に命令されて大人しくしていたゾンビ達が一斉に周囲の人間に襲い掛かったのだ。


 そしてそのまま立ち去ろうとするミカエルを煌びやかな衣装を着た男が止めた。


「おまちください、ミカエル様!」


 ミカエルはつまらなそうに男を見る。まったく興味のない目。その辺りの石ころを見るような目で見られた男はそれでもミカエルに食い下がった。


「なにとぞ! なにとぞ、お慈悲を! 我々は人とゾンビが共に暮らせるユートピア実現を目指しております! ミカエル様がいればそれが可能です! 殺した適合者の代わりに我々の象徴となっていただきたい!」


 ミカエルは少しだけ眉をひそめた後、周囲のゾンビに「止まれ」と命令した。直後に周囲のゾンビは動きを止める。


(おお、さすがは適合者。やはり適合者にはゾンビを従える能力があるのだ。この方が何を考えているのかは分からない。だが、あんなクズよりかは、はるかに担ぎ甲斐のある方だ。ぜひとも我々の頂点として君臨してもらおう)


 そう考えていた男にミカエルは話しかけた。


「私は適合者を探しています。貴方達が探し出して私の前に連れてきなさい。そうすれば、お前たちの言う象徴になってあげる。そう、天使ミカエルとしてね」


「おお、天使ミカエル様――ですが、適合者を探している、ですか……? 先ほどの男は適合者だったのですが?」


「あんなんじゃダメよ。もっとゾンビに強い命令をだせる適合者が必要なの。やってくれるわよね?」


「なるほど。では、外で活動出来る者を増やして情報を収集してまいります。ミカエル様はそちらの椅子にお座りください――いえ、そこはクズが座っていた椅子なので、きちんとしたものを用意しましょう。えっと、そこの、たしか何とかと言ったアイドルだったか? ミカエル様に失礼がないようにお仕えしなさい」


 男は近くにいた女性にそう言葉をかけ、ほかの者にも色々と命令を出し始めた。


 そして男は考える。


(もっと強い命令を出せる適合者? それはつまり、ミカエル様よりもゾンビに強い命令を出せる適合者がいるということか? あのクズのことはほとんど調べられなかったが、ミカエル様を検査したりできないものだろうか。適合者にならずとも、ゾンビに命令できる仕組みさえわかれば、より良い世界になると思うのだが……いや、まずはミカエル様の信頼を得るようにしよう)


 男は一度ミカエルに頭を下げて、コンサートホールのステージを下りた。




 ステージの上には、ミカエルと、見た目麗しい女性がいた。いや、女性ではない。アマゾネスで女王と呼ばれていた男だ。


(助かったのはいいんだけど、また逃げられないような状況だ。俺はいつになったら自由になれるんだ……というか、アマゾネスの皆はどうしているだろう? たぶん、探してるんだろうな……)


「貴方、私に仕えてくれるの?」


「え? あ、はい。そうするように言われましたので。なんでもおっしゃってください」


 ミカエルの言葉に、男はとりあえず従順なふりをしようと考えた。隙を見てまた逃げ出すのだ。


「そう……なら今から言うビルへ行って私の妹たちを連れてきて」


「妹……動画に出ていた小さな子達のことですか? あの可愛らしい天使たちのことですよね?」


 男がそう言うと、ミカエルは満面の笑顔になった。


「ええ、そうよ。私の可愛い天使たち。ビルの屋上で遊んでいると思うから、ここへ連れてきて。スマホは持ってるわよね? あの子達はスマホを持ってないから、貴方のスマホを渡してほしいの」


「えっと、充電してからでいいですか?」


「ええ、もちろんよ。出来れば車で迎えに行って欲しいわね。あの子達は丁重に扱ってちょうだい」


「分かりました」


 男にとって逃げ出すチャンスではある。だが、仕事を放棄すればミカエルにどんな目にあわされるか分からない。大人しく従うしかないな、と諦めた。




 シェルターの一室。


 男はスマホを見つめながら笑っていた。


「いやいや、君達殺し屋と言うのは大変面白いね。こんな状況でも仕事をこなそうとするのは尊敬に値するよ。外にいた僕の仲間も殺し屋に追われているようだ」


 男はガラス越しに中にいる女性に話しかけた。女性は軍服のような服を着て、椅子に座り腕を組んでふんぞり返っている。女性はシェルター来た侵入者であり、何十体ものゾンビを犠牲にして頑丈な部屋に閉じ込めたのだ。


「一度受けた仕事は最後までやり通すのがスジだろう? こんな状況になったからと言って放棄していい物じゃない。それにお前は恨まれ過ぎだ。お前にかかっている賞金は100憶以上だぞ? やらない理由がないだろう?」


「せっかく死を偽装していたのにここがばれるってどういう情報網なんだい? まあ、それはいいけど、僕の命は100憶以上か。それは光栄だね。それだけの価値があるということだからね」


「勘違いするな。値段は命の価値じゃない。恨みの多さだ――だが、それはどうでもいい。そろそろ私に殺されないか? お前の後にもっと価値のある奴と戦わないといけないんでな、こんなところで遊んでいる場合じゃないんだ」


「おや、もしかして僕よりも恨みが多い奴がいるのかい? 自分のほうが自信を持ってクズだと思うんだけどね?」


「話を聞け。価値があると言ったんだ。恨みの多さじゃない。命としてお前よりはるかに価値のある奴なんだよ。私を殺せるくらいになるまで私が育てた奴でな、私に牙をむくのをずっと待ってた。仕事を終わらせてすぐに向かおうかと思ったんだが、お前を殺せなくて足止めされている。いいかげん、私に殺されないか? どうせ、早いか遅いかだけの違いだぞ?」


 女性の言葉を聞き、男は大声で笑い出した。


「いやー、僕もそうだが、君も大概だね。なかなかのサイコパスだ。ぜひとも僕のコレクションに迎え入れたいよ」


「それが無理なのは分かっているだろう?」


「そうなんだよね……君、片目を開けたまま寝れるみたいだし、飲まず食わずでも数週間は動けるんだろう? 一体どういう体なんだい? 隙がないから薬も飲ませられないし、注射もできないよ。その部屋で水攻めとかできれば何とかなったんだけど、さすがにそこまでは出来ないからね……餓死されたらゾンビには出来ないし、どうしたものかな?」


「さあな。だが、やるなら早めの方がいいぞ。そのガラス、あと数日も殴れば割ることくらい出来るからな」


 男はガラスに入ったヒビを見てため息をついた。


「やれやれ、困ったね。君は、僕や君が育てた人にとってはまさに死神――いや悪魔だよ。最悪、このシェルターは破棄かな。ここは結構気に入っているんだけどねぇ」


 男はそう言うと別の場所へ移動していった。


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