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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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帰る場所

2019.07.14 3話投稿(1/3)

 

 火葬場に寄ってから、海の見える丘まで来た。人の手が入っていないような静かな場所だ。


 レンカと一緒に来た海が見える場所。ここに埋葬されるならレンカも文句は言うまい。


 途中花屋にも寄ったが、花は全部干からびていてダメだった。なので途中で見かけた名も知らない花だけをたくさん摘んだ。これには文句を言うかもしれないが、それくらいは諦めてもらおう。


 海が一番よく見える場所に穴を掘って、レンカの遺灰が入ったツボをそこに埋めた。そして適当な大きさの石をのせて花を添える。そして手を合わせた。


 死んでしまえばみな仏。これですべて終わりだ。レンカとしては不本意な結末だとは思うが、自業自得、因果応報と思って貰いたい。


 でも、本当に俺がレンカを殺すなんてな。


 殺すというのは相手のすべてを奪う行為だ。現在の命だけでなく、あったかもしれない未来の可能性をすべて奪う、究極の強奪行為。


 俺が殺してきた相手は悪人だった。死んでも構わないと思ってる。でも、いつか改心してより多くの人を救う可能性だってあっただろう。逆にもっと多くの人を害する可能性だってあったかもしれないが。


 どういう未来があったかは分からないが、殺すことでそれ以降の可能性をすべてゼロにする。そんなことを10年も続けてきた。いまさらレンカを殺して何かを思うところはない。


 だが――知っている人間を殺したのは初めてだ。しかも殺し屋になる前の知り合い。


 これまでは資料で見たターゲットと殺し屋だけを殺してきた。相手のことは資料に書かれている内容しか知らない。家族構成、交友関係、趣味……仕事に関係ないことは何も知らない相手だった。いわば赤の他人だ。


 でも、今回は違う。


 レンカのことは子供のころから知ってるいる。そのレンカのすべてを奪った。自分の復讐のために。


 レンカの部屋に着いたとき、少しだけ躊躇した。いや、少しじゃない。ドアを開けられなかった。たぶん、レンカを直接目にしたら殺せないと思ったからだ。最初に遠くのビルから狙撃したのも、そういう気持ちがあったからだと思う。


 そしてドアの前で迷っていた時にレンカの命乞いにも聞こえる声が聞こえてきた。


 俺にはその声が本気で謝っていたとは思えなかった。


 この場をしのいで助かろうと思っていただけの声。そう思ったからドア越しに撃った。もし外れたら見逃してやってもいいくらいに思ってたが、確実にレンカの頭にヒットした。


 いまさらだけど、どうだったんだろうな。もしかしたら本気で謝ろうとしていたのかもしれない。死にたくないという理由からそう思ったとしても、そこから改心する可能性だってあったはずだ。


 殺してしまった以上、もう何も分からないけど。


 色々考えていたら、胃がキリキリしてきた。


 初めて人を殺したときに似ているな。あの時は上司と一緒だったが、殺したときは別段問題はなかった。問題は家に帰ってからだ。胃の中が全部なくなるほど吐いた。そして3日くらい寝れなかった。


 自分も死のうと思ったほどだ。でも、復讐のために思いとどまった。そして殺し屋としてずっと生きてきたんだ。


 あれから10年。ようやく目的を果たした。


 手に持っている銃を見た。


 パンデミックが起きる前の俺だったら、このまま銃をこめかみに当てて撃っていただろう。復讐を成し遂げた以上、生きる理由はない。


 でも、何の因果か、俺には帰らないといけない場所がある。


 出かけるとき、ナタリーさんやジュンさんに、ホテルには色々な物資があるからついでに持ってきて、と言われた。おやっさんには、ホテルなら酒がいっぱいあるよな、と言われたし、エルちゃんにも夕飯までには帰ってきてくださいね、と言われた。


 遊びに行くわけじゃなかったんだけど、少しでもリラックスさせようとしてくれたのだろう。ナタリーさん達は仲間をゾンビにされたからレンカに復讐したい気持ちだってあったはずだ。それでも俺を普通に送りだしてくれたわけだ。


 感謝するべきなのだろう。あそこに帰らないといけないという気持ちが溢れてくる。


 よし、心配しているかもしれないし、連絡だけは入れておくか。


 スマホを取り出して、電話帳からエルちゃんの番号を選択した。すぐにエルちゃんが出る。


「エルちゃん? こっちは終わったからこれから帰るね。ちょっと遠くまで来たから2時間くらいかかると思うけど」


「よかった、無事だったんですね。まあ、信じてましたけど。それじゃ、皆さんにも伝えておきます。ただ、こっちで問題が起きているので、出来るだけ早めに帰って来てもらえますか?」


「問題? 何が起きたの? 危険なことなら病院に連絡してじいさんを呼んで。俺もすぐに帰るから」


 一体何が起きた? マンションはそれなりに強固になっているし、今はおやっさん達がいる。武器の扱いは慣れているだろうから、そう簡単に攻め込まれたりはしないと思うんだが。


「あ、大丈夫です。危険な事じゃない……と思います。念のため、源次郎さんにも来てもらっているから安心です――そうだ、一つだけお願いしたいことがあるんですけど」


「なんだい? 今の問題に関することだよね? 何をすればいい?」


「えっと、チョコレートかアイスを持ってきてください」


 チョコレートかアイス? お菓子の類が必要ってこと? なんだ、たいした問題じゃないのか。


「ああ、もしかしてサクラちゃんがおやっさんの改良した銃を持って籠城したとか? アイスかチョコをくれなきゃ銃を撃つとか脅してるのかな?」


「それは鎮圧したから大丈夫です。問題は別件です」


「冗談で言ったんだけど、本当にそんなことがあったんだ。でも、別件と言うのはなに? アイスやチョコレートって必要? 俺も好きだけど」


「実はゾンビが天使たちを捕まえてきまして」


「なんて?」


「あの動画に出ていた白い少女たちを覚えてますか? その子たちをゾンビが連れてきたんです。ロープで縛ってあるから危険はないと思うんですけど、アイスかチョコレートをください、ってずっと言ってまして。どうやらお菓子を貰えるってどこかで聞いてマンションの近くまで来たらしいんですよね」


 お菓子を貰える? ああ、ゾンビにコンビニのお菓子を配給してたっけ。足りなくなってたけど、ゾンビ達が色々なところから持って来てたから、その分は分配してた気がする。


 そうか、チョコレートやアイスはなかった気がするな。あったら俺が食べてた。


 しかし、あの白い少女たちがマンションにね。


「えっと、あのミカエルって少女もいるのかな? じいさんが言うには相当な強さだったとか聞いたんだけど」


「いえ、ミカエルって子はいないですね。三人の少女だけです。そのミカエルって人のことも聞いたんですけど、お仕事中としか答えてくれません」


 動画に出ていた三人の幼女か。なんで別々に行動しているんだろう? 動画では妹たちを迎えに行くとか、スローライフを送るとか言ってたし、間違いはないような気がするけど――いや、じいさんはミカエルって子が適合者を探しているって言っていた。それが仕事、か?


 マンションに来たのはお菓子を貰いに来たそうだけど、本当は俺が目当て? でも、じいさんは俺のことをミカエルに言わなかったと言ってたし、タダの偶然か?


 ……分からないことが多いな。情報を聞き出すためにも、アイスやチョコレートは必要かもしれない。


 そういえば、あの子たちは動画でなんて言ってた? 確かやりたいことはパシティエとニートと花屋だったか? それっぽいものを渡せば何か話を聞けるかもしれないな。でも、ニートのそれっぽい物ってなんだ?


「センジュさん?」


「ああ、ごめん。それじゃ、その子たちのためにお菓子や好きそうな物を探しながら帰るよ。探しながら帰るからちょっと遅くなるかもしれないけど、その子たちにはいま探しているから待ってと伝えてもらえるかな?」


「はい。伝えておきますね」


「そうそう、危険はないと言ってたけど、その子たちは保菌者でもあるから極力近寄らないように。噛まれたら大変だからね」


「分かりました。でも、大丈夫だと思いますよ。ロープで縛ってますし、今はマコトちゃんが用意したテレビゲームを楽しそうに遊んでますから」


 両手が空いている縛り方なのかな。本当に大丈夫か?


 何となく不安だから、出来るだけ急いで帰ろう。


 立ち去る前にレンカの墓のほうを見た。


 それじゃあな、レンカ。次はもう少しまともな人生を歩めよ――殺し屋の俺が言えることじゃないけどな。


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