嫉妬
2019.06.30 3話投稿(3/3)
スマホを取り、画面に表示されている通話ボタンを押した。
「レンカか?」
「あら、分かってくれるなんて嬉しいわ。車のカメラに貴方が映ったから電話してみたんだけど、さすが適合者ね、あの程度のゾンビじゃ足止めも出来ないみたい。従妹として鼻が高いわ」
「そりゃどうも。だが、俺を殺すんじゃないのか? この程度で俺を殺そうとしているなら当てが外れたな」
「ああ、ナタリーやジュンにはそんな風に言ったわね。殺せたら良かったんだけど、できないなら別に構わないわ。そもそも私に貴方を殺す理由なんてないわよ。だいたい、貴方に私を殺せるわけがないし、脅威でもなんでもないわ。さすがにあのマンションで銃を突き付けられたときは危なかったけど」
私怨ではあるが、あの時やってしまえばよかったな。だが、今の状態なら脅威でないという話はどういう理由なのか知っておきたい。
「ずいぶんと余裕だな? 頼りになるボディガードでもいるのか?」
「そのゾンビ達を見ればわかるでしょ? 私を守ってくれるゾンビはたくさんいるわ」
「お前、俺と同じ適合者なのか?」
そう問うと、レンカは笑い出した。
「まさか。ゾンビに噛まれるようなミスはしないし、宝くじ並みの確率を試すつもりもないわ。大きな声じゃ言えないけど、従妹の誼で教えてあげる。貴方には想像できないかもしれないけど、私はね、このパンデミックを計画した一人なの。ゾンビを操る力を持ち、世界を牛耳る――そんな計画の、ね」
まさかとは思うが、その計画ってZパンデミックのことか?
レンカはさらに話を続けている。
どうやら、自分がいかに優秀なのかをべらべらと喋っているようだ。そんなことはどうでもいいのだが、分かったこともある。
どうやらアマゾネスが自分のホテルにできたことはかなりの予想外だったらしい。でも、暇なので付き合ったとか。カリスマ性のある女王をトップにして物資の調達をほかの女性たちに依頼したとか、色々やっていたようだ。
そして邪魔になった女王の情報をピースメーカーという組織に売り渡したり、今回の件も自分の言うことをあまり聞かない武闘派のメンバーを外へ追い出した。そして残ったアマゾネスの人たちは食事にウィルスを混ぜてゾンビにしてしまったそうだ。
しかもそれを嬉しそうに言いやがった。
「なんてことを」
「だって、私よりもあの見た目だけの女をずっと崇めているのよ? ホテルからいなくなってもよ? 崇めるなら私じゃない? 本当はナタリーたちもゾンビにしたかったんだけど、ジュンやナタリーは勘が鋭いから追放だけにしておいたわ」
「お前を崇めないからなんて、そんな理由でゾンビに――いや、殺したのか」
「そんな理由って言うけど、私には切実な問題よ。嫉妬って怖いわよね。そうそう、貴方の時もそうよ。なんで貴方の家のほうがお金持ちになるのかしらね? 悔しいから両親をたきつけて殺させちゃったわ。まあ、その両親もいまはゾンビでその辺を徘徊してるけど」
やっぱりそんな事情だったのか。俺の両親はこいつの狂った嫉妬で殺されたわけだ。必要以上にクズだったな。だが、その方がありがたい。
これだけクズなら悪人だ。なら殺せる。殺し屋のターゲットになっているかどうかなんて関係ない。必ず息の根を止めてやる。
「何も言ってくれないけど、ショックだった?」
「いや、お前が予想以上のクズで嬉しくなっただけだ。何の躊躇もなく殺せる。命乞いとか通じると思うなよ? 見たら殺す。懺悔をする時間も後悔する時間も与えない。一瞬で命を終わらせてやる。従妹の誼でな」
「まあ、怖い。ならホテルへいらっしゃいな。歓迎してあげるわ。でも、ホテルには今回送り込んだゾンビ程度だと思わないようにした方がいいわよ? ご両親を殺された貴方ならその存在をよく知ってるわよね? 殺し屋のゾンビをアマゾネスの皆にばれないようにずっと隠してたの。貴方が適合者だとしても、殺しのプロに勝てるかしら?」
殺し屋のゾンビ? なるほど。殺し屋たちが良く利用しているとか噂があったが、本当だったんだな。パンデミックを計画していたのなら、それ以前からゾンビにして隠していた可能性がある。
どうでもいい話だが、一つだけ確認しておくか。
「ランキング1位はいるのか?」
「……ランキング? 貴方、何を言っているの?」
「殺し屋のランキングだ。知らないのか? 俺は2位だが、1位は俺の上司だ。上司は30前半くらいの女性だが、そのゾンビたちの中にいるのか? いたら困るけどな」
あの人には勝てると言えない。低く見積もっても化け物だからな。
「……作り話にしてもつまらないわね。貴方が殺し屋なんて――」
「なら八卦千住の名前で殺し屋のゾンビたちに確認するといい。俺はお前とお前の両親を殺したくて、この10年ずっと殺し屋として働いていたよ。おかげさまでランキング2位まで上り詰めた。その腕を見せられると思うと嬉しくなるね。最近は放っておいてもいいと思ったが、今は別だ。どこへ逃げようと必ず殺す。ランキング自体は上司に後れを取るが、俺の仕事達成率は100%だ。そして今この時点からお前は俺のターゲット。せいぜい守りを固めるんだな」
そう言って通話を切った。そしてスマホを地面に落として踏み抜く。ディスプレイが割れ、画面がおかしくなっていたが、そのうちに消えた。
さて、やることは決まった。ホテルに乗り込んでレンカを殺す。
その前に、アマゾネスのゾンビたちに命令して待機していてもらおう。でも、ナタリーさん達、この事実を伝えても大丈夫だろうか。
スマホで皆を集めてから事情を話した。
予想通りナタリーさん達は泣き出した。そうだよな、昨日まで普通にしていた皆がいきなりゾンビだ。どんなに強い精神を持っていたってつらいだろう。
ジュンさんは眉間にしわを寄せているだけで泣いてはいないが、よほど怒っているのだろう。強く握りこんだ拳からちょっとだけ血が滲み出ている。
「アマゾネス達の無念は俺が晴らしてくる。それに個人的にもアイツに復讐しなくちゃいけない。悪いけど、ここは俺に任せてもらうよ」
そういうと、エルちゃんが心配そうに近づいてきた。
「一人で行くってことですか?」
「そうだね、さっきも言った通り、ホテルには殺し屋のゾンビでいっぱいらしい。殺しの技術を使えるゾンビは強いと思う。エルちゃん達には危険すぎる」
「でも、センジュさんが殺し屋のゾンビに命令を出せばそれほど心配することはないんじゃ……」
「これもさっき言ったけど、レンカもゾンビに命令できるんだ。別の人間から別の命令をされたときにどうなるのか分からないからね。危険なことはさせられないよ」
レンカの命令を受けているゾンビも俺の命令で大人しくなったとはいえ、さらにレンカに命令をされたらまた襲って来るだろう。今回はゾンビでもヘッドショットして殺すつもりだ。死者を敬う必要はあるが、今度のゾンビは殺し屋なんだ。どんな扱いを受けても文句は言えないだろう。
エルちゃん以外は納得してくれたようだ。でも、エルちゃんだけはまだ不満そうにしている。
仕方ない。エルちゃんに仕事を与えよう。
「エルちゃん、皆とこのマンションと守ってくれないか? 帰ってくる場所があると思えるなら、俺も頑張れると思うんだ」
別にそんなことはないけど、納得させるための嘘をつこう。
でも、エルちゃんは笑顔で頷いた。ちょっとだけ罪悪感があるな。
「つまり、嫁は家を守れ、と。そういうことですね?」
「全然違うから」
アマゾネスの人たちのことがあって全体的に暗かったが、このやり取りでちょっとだけ和んだようだ。ナタリーさん達も泣くのをやめて、気持ちを切り替えたようだ。
よし、後は装備を何とかしたいな。一応、警察署にあった銃はマンションに運んであるが、あのままじゃ使い勝手が悪そうな気がする。
――でも、その心配はなさそうだ。
マンションの前にずいぶんと装甲が硬そうなキャンピングカーが止まった。そしてスマホが鳴る。
「よお、センジュ。退院してきたぜ。ところでビールあるか? 退院祝いで乾杯といこうじゃねぇか!」
おやっさん達が来た。これで装備面も問題ないな。




