閑話:救世主
2019.06.16 3話投稿(3/3)
とあるコンサートホールのステージで、若い男が豪華な椅子に座ってふんぞり返っていた。
そこに煌びやかな衣装を着た男が笑顔で近づく。
「救世主様。本日もご機嫌麗しく」
「おう、ご機嫌麗しいぜ。で、今日は何の用だよ? それに用事があるならお前じゃなくて、あの秘書の姉ちゃんに来させろよ。俺は俺以外の男なんて会いたくもねぇ」
そんな屈辱的なことを言われても、男は笑顔を絶やさずに続けた。目の前にいる男は適合者。世界を救える可能性がある男。媚びへつらい、男の気分を良くする必要があるのだ。
「まあ、そう言わずに。本日は新たに球場に来たゾンビたちの鎮静化をお願いしたいのです」
「またかよ。もういいだろ。大体なんでゾンビを集めてんだよ」
「そこに誰かの家族がいるかもしれないからです。たとえゾンビであっても生きていてほしい、そう思うのは人としてのサガ。意識のないゾンビは誰それ構わずに襲い掛かりますが、救世主様の命令でそれを抑えることができるのです……なんと素晴らしい」
「ふん、くだらねぇな。だが、そのゾンビの中にはいい女がいるかもしれねぇ。もしかしたらアイドルとかも……いいぜ、やってやるよ」
「おお、ありがとうございます。そうそう、救世主様が言われていたアイドルですが、それらしき者を捕まえたと報告がありました」
「マジかよ、それを早く言えよ。それじゃちゃっちゃと終わらせて、すぐに会いに行くぜ!」
男は恭しく頭を下げる。
そして、相手に顔が見えない状態になると、笑顔であった顔が無表情になっていた。
(クズが。だが、人間性はともかくとして、その力は本物だ。まさか適合者がゾンビに命令を出せるとは。ああ、人間とゾンビが共存できる世界……なんて素晴らしいのだろう。だが、そんな世界にこの男は邪魔だな。お前の力の調査が終わったら用済みだ。今のうちに王を気取っているといい)
男は頭を上げる。その顔は笑顔だった。
一人の男が部屋に監禁されていた。その部屋には窓もなく扉が一つだけ。あるのは小さな机とベッドのみ。
男はそのベッドに仰向けになって天井を見つめていた。
食事は運ばれてくるので殺すようなつもりはないようだが、こんなご時世にそれがいつまで続くかは分からない。なんとか逃げ出そうと考えているが、いいアイディアは思いつかず、何度も寝返りをうっていた。
(せっかくアマゾネスから逃げ出したのに、今度はどこに捕まったんだよ……)
男はアマゾネスで女王様と言われていた。ほぼ軟禁状態であったが、適合者を探すという名目で外に出ることに成功する。そのまま雲隠れしようと思っていたが、外へ出て三日後、背後から何者かに襲われて連れ去られたのだ。
(暗殺専門の殺し屋は荒事に弱いんだよね。ちゃんと筋トレとかするべきだったかもしれない。でも、そうすると女性に思われないからな。線の細い感じの女性を演じるには今くらいの体型を維持しないと意味がないし……まあ、こんな状況になったら女性っぽくしているのも意味はないけど)
男は溜息をついた。この場にいることで色々な騒動を巻き起こす可能性を考慮しているのだ。それを思うだけで、気が滅入り、自然とため息が出る。
(ここがどこかは分からないが、どこかの大きなコミュニティなのだろう。問題はアマゾネスの皆だ。俺を助けに来る可能性が高いし、そうなったらここで大きな戦闘が始まるだろう。そのどさくさで逃げるという手もあるが、いつまでも俺を追ってくる可能性はある……どうしたものかな)
男はまた溜息をついた。そしてまた答えの出ない問題に頭をフル回転させる。
だが、頭を働かせようとしたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「出ろ、救世主様がお前を所望している。失礼のないようにな」
そんな言葉が聞こえてくると、それと同時に扉の鍵が開く音も聞こえた。
(救世主……? もしかしてゾンビの人権擁護団体ピースメーカーかな? たしか適合者を救世主と呼んで探しているとか聞いたことがあるけど。もしかして救世主はドラゴンファングを壊滅させた奴か? なら俺と同じ殺し屋だよな? だとしたら望みはあるかもしんない……でも、所望ってなんだ?)
少しだけ希望を見出した男はベッドから立ち上がり部屋を出た。
コンサートホールを一望できるビルの屋上に色白の少女ミカエルが立っていた。その視線はコンサートホールに定まっている。
ゾンビの人権擁護団体ピースメーカーに適合者がいるという情報を得て、この場所までやってきたのだ。
「ねえ、お姉ちゃん。私たちはお留守番なの?」
ウリエルの言葉に、ミカエルが笑顔で頷く。
「ごめんなさい。今回の任務はすごく危険なのよ。だから皆は大人しく留守番していて」
「でも、それじゃお姉ちゃんが危ないんじゃ?」
「お姉ちゃんは強いから大丈夫よ。だから皆は大人しくこのビルで遊んでいて。ほら、おもちゃ屋で見つけたすごろくがあるでしょ。だれが一番でゴールしたか後で教えてね」
「お姉ちゃんがそう言うならそうするけど……早く帰って来てね。お姉ちゃんも一緒にすごろくして遊ぼう」
「……そうね。上手くいけばこれで任務は終わり。自由になったら一緒に遊びましょう。それじゃ行ってくるわ」
ミカエルはそう言うと、ビルの中へ入っていった。そして階段を一段一段下りながらこれからのことを考える。
(あそこにいる適合者がお父様よりも強い命令を出せる者なら私の任務も終わる。お父様に従うという命令を解除させれば、お父様を殺せる。そうすれば、私たちは自由……でも、問題もある。お父様よりも強い命令が出せるということは、私への支配権があるということ。大人しく命令を解除するだけにするような奴かしら?)
ミカエルたちは適合者であるが、ゾンビでもある。クローンではない本物の適合者たちの命令を聞かなくてはいけない。ミカエルはそれを懸念しているのだ。
(まあいいわ。適合者に命令を解除するように誘導しましょう。そして命令をしたら、即座に適合者を殺す。一度でも命令されれば、私はお父様の呪縛から逃れられる。そうすれば、お父様を殺せる……まあ、どれもこれも、適合者がお父様よりも強い命令が出せるかどうかだけど。弱い命令しか出せないなら、必要ないから殺してしまいましょう)
ミカエルはビルの自動ドアから外へ出て、コンサートホールのほうを見つめる。
(私たちの救世主になるか、それともただの役立たずか……楽しみだわ)
そんなことを考えながら、ミカエルはコンサートホールのほうへ向かって歩き出した。
ビルに残された三人の幼女はすごろくで遊んでいた。
順調に遊んでいたが、ガブリエルは自分の番になっても、サイコロを振らずにいた。残りの二人が不思議がっていると、ガブリエルは不意にニヤリと笑う。
「ねえねえ、ラファエル、ウリエル」
「なあに?」
「皆で遊びに行かない?」
「ええ? ダメだよ、お姉ちゃんがこのビルでお留守番してなさいって言ってたじゃん。怒られるよ?」
「ちょっとだけならばれないよ。ウリエルも遊びに行きたいでしょ?」
「私は引きこもりたいかな。ネットサーフィンしたい……でも、どこに遊びに行くのかは興味あるかも」
「えっと、この前、通ってきた町。あの病院から歩いてすぐのビル」
「なんでそんなところに行きたいわけ? あそこに遊園地とかはないよね?」
「来る途中でゾンビに聞いたんだけど、お菓子を貰えるみたいなんだ。結構多くのゾンビの間で噂になってたから間違いないと思う。私たちももらえるかも」
「え、マジで? なら行く。チョコレート的な物があると最高。アイスでも可」
「ウリエルは行く、と。ラファエルはどうする? お留守番する?」
「分かった。行くよ。二人だけにすると心配だし」
「またまたー、そんなこと言ってラファエルもお菓子食べたいんでしょ?」
「それは否定しない」
三人の幼女達はそう言って、ビルの屋上を後にした。




