Zパンデミック
2019.06.02 3話投稿(2/3)
マコトちゃんは床に胡坐をかいて座り、軽快に自分のタブレットを操作している。はたから見るといい加減にタッチしているだけのように見えるが、ちゃんと意味のあるタッチなのだろう。
そしてマコトちゃんの着ているパーカーの内側から色々なコードがでており、俺が持ってきたタブレットにくっついていた。そのコードにも意味があるのかと疑いたくなるが、ここは黙って見ていよう。
しばらくすると、マコトちゃんは顔をしかめた。
「もしかしてセキュリティを突破できなかったりする?」
「うんにゃ、そうじゃないよ。セキュリティがやけに厳しいアプリがあったんだけど、それだけいやに厳重なんだよね。あとちょっとで突破できると思うけど、このタブレットの中でこれだけが異質だなって気がしただけ」
「どんなアプリ?」
「えっと、災害時の対策マニュアル的な物だよ。ゾンビパンデミックの対策が載っているかどうかは知らないけどね。でもさ、こんなものにこんな高度なセキュリティを施すかな?」
見られたらまずいマニュアルってことなのか? もしかしたら、警官たちがゾンビになった理由や、署長みたいのが命を絶つ理由が書かれているのかもしれないな。
「……おっし、セキュリティを解除したよ」
マコトちゃんは床のタブレットをこっちに見えるように向きを変えた。そのタブレットをみんなで覗き込む……エルちゃん、顔が近いよ。
「これがセキュリティの厳重だった対策マニュアルだね」
マニュアルのアプリには目次があるが、どれも普通の内容に見える。台風や洪水、津波など色々なことを想定して書かれているが特に不審な点はない気がするな。
目次が大量にあるので、スライドしながら見ていく。
すると、エルちゃんが、「あ!」と驚いた声を出した。
「エルちゃん? どうかした?」
「えっと、今スライドしていた目次の中に、Zパンデミックって書かれてませんでした?」
スライドを戻しながら確認していくと、確かにあった。
Z……ゾンビのことか? ゾンビパンデミック用のマニュアルがある?
確かに海外だとそういう対策用マニュアルがあるような話を聞いたことがあるけど、この国にもあるのか? いや、まずは内容を見てみるか。そもそもZがゾンビかどうか分からないし。
目次の「Zパンデミック対策マニュアル」をタップする。
すると細かい内容が表示された。
……ちょっと信じられないのだが。
ほかの皆を見渡したけど、全員が変な顔をしている。
「あの、労働力確保のために囚人をゾンビ化させるってどういう意味ですか? これってそのウィルスが漏れたときのためのマニュアルじゃないですか」
エルちゃんの疑問はもっともだ。みんなも同じことで首をひねっていると思う。
確かに今の刑務所は囚人でいっぱいだ。裁判の簡略化などで、判決が早くなったからだろう。それに昔に比べたら世界的に犯罪率が上がっていると聞いたことがある。刑務所はどの国にもいっぱいとかの話も聞いたな。
確かに罪を犯した人たちではあるが、その囚人たちをゾンビにして労働力にするって世界から非難されると思うのだが。それにゾンビをどうやって労働力にするのだろう?
「あー、もしかして、センジュさんみたいにゾンビに命令できる人がいるんですかね? それならゾンビに畑仕事とかさせることができるんじゃないですか? それなら労働力になる?」
サクラちゃんがそんなことを言い出した。
「おお、お姉ちゃんが冴えてる……! 普段は全く使えないのに……!」
「ふふん、まあね! ……普段使えないってどういうこと?」
労働力ってそう言うことか。確かに俺もゾンビたちに食料を探すようにお願いしているし、ほかにも色々なことをさせることができるはずだ。
囚人を命令に逆らえないゾンビにして、それを労働力に当てるという計画があったということだろう。そしてその対策マニュアルが存在するってことだ。
あの動画の博士がその計画に関わっていた研究者だった可能性が高いな。でも、囚人に使うだけじゃ飽き足らず、あの色白の子たちを使って全世界にばら撒いたわけだ。
でも、ゾンビに命令できるのは適合者だけなんだよな? あの色白の子たちがゾンビを操る予定だったのか?
……それは後にしようか。考えたって分かる訳がないし。そういう計画があったってことが分かっただけで十分だろう。今の状況じゃそれがなんだってことでもあるけどな。
それに問題は、なんで避難していた警察官達がゾンビになっていたかってことだ。その辺りが分からないとちょっと不安だ。噛まれなくてもゾンビになるなんて危険すぎる。
「マコトちゃん、セキュリティが厳しそうなものって、ほかにはなかった?」
「なかったね。ただ、日記みたいのがあったよ。テキストファイルに書かれているだけのもので、セキュリティも何もなかったから最初は見落としていたけど。見る?」
「うん、見てみよう」
また、全員でタブレットを覗き込む。
……Zパンデミックは対象を囚人から一般人に変更された? 特権階級の人間以外はすべてゾンビ化する? この国だけじゃなくて各国のトップが了承した? 理由は犯罪が多いから?
うっそだろ。俺以外の皆も「はぁ?」って顔をしている。
さらに続きを読むと、パンデミック発生時に自分と優秀な部下たちでここへ逃げ込み、すぐにワクチンを打ったと書かれている。
だが、三日後に全員がゾンビ化した。おそらく国から配布されていたワクチンは、ワクチンじゃなくてウィルスそのものだったと考えたようだ。自分も特権階級の人間ではなかったようだと書かれている。
そしてゾンビになるくらいなら、とまで書かれて終わっていた。
ワクチン……打ったということは注射器みたいなものなのだろう。危険だな、処分しないと。でも、一本くらいはじいさんに持っていくべきか。何か分かるかもしれないからな。
それに残っていた食べ物はどうするべきか。そこそこな量にはなるが、ワクチンが偽物だったということは、ここにある物はすべて危ないかもしれない。これもじいさんに相談してみるか。
「さて、この中にある物は危険である可能性が高い。残念だけど、放っておこうか。調査のために少し持って帰るつもりだけどね」
サクラちゃんがおずおずと手を挙げた。
「あの、銃とかはどうなりますか?」
「ゾンビが溢れているとはいえ、銃を持つのは危険だ。本物とエアガンやモデルガンを一緒にしないほうがいい」
全員が俺を見て不思議そうな顔をしている。どうしたんだろう?
「えっと、なに?」
「一緒にしないのは分かったんですけど、本物を知っているような口ぶりですね?」
モミジちゃんの鋭いツッコミ。というか、俺の意識が甘いだけか。迂闊だった。これまでこんなに多くの一般人と関わったことがなかったからな。
まあ、もう言ってしまってもいいか。なんというか、こんな世界なら殺し屋だったことを言っても別に構わない気がしてきた。
「俺、元殺し屋なんだ」
そして懐から銃を取り出す。
「これは本物なんだけど、引き金を引くと弾が出る。それが人の頭に当たったら、相手は死ぬ。つまりそういう危険なものだ。お遊びで持つようなものじゃない。ゾンビ対策に銃が必要だというのも分かるけど、たとえゾンビでも撃つのはやめておいた方がいいよ。撃つたびに良心がなくなっていくから、そのうちに人を撃つのにも抵抗がなくなる」
そこまで言い切ると、サクラちゃんが大きく息を吸い込んだ。
「そ、その銃、さ、触ってもいいですか? あ、あと、う、撃ってもいいですか?」
「サクラちゃん、話を聞いてた?」
「もう! お姉ちゃんが言ってたんでしょ! 私たちはサバイバルゲーマーであって、軍隊じゃないんだから本物は撃たないって! なんで本物を撃ちたくなってるの! それに、ここへ来るのを提案したのは私だけど、籠城することになったのはお姉ちゃんが銃を撃ちたいからって見張りをサボったせいでしょ!」
「いい、モミジ。この国にはこういう言葉があるの……それはそれ! これはこれ!」
「どれとどれよ!」
姉妹の話し合いが続いているけど、置いていってもいいような気がしてきた。とりあえず、食料や武器は一部だけ持ち帰って爺さんに調べてもらおうか。




