署長
2019.06.02 3話投稿(1/3)
電子ロックされていた部屋へ扉を少しだけ開けて体を滑り込ませる。
ほとんど何もない部屋の中には警官のゾンビが五体。一体何があったのだろう?
可能性として考えられるのは、籠城したときにゾンビに噛まれていた奴がいた、だろうか? でも、見た感じ銃を携帯しているようだし、ゾンビに負けるような状態ではないと思うけど。
まあ、銃を持っていても人を殺せるかどうかはまた別だ。それに知り合いだったら撃てない可能性は高い。俺だって知り合いのゾンビを撃てるかと聞かれれば、ちょっと答えに詰まる。
よく考えたら、ゾンビに状況を聞けばいいんだ。聞くというよりも書く、かな。たぶんだけど、警察の人なら警察手帳とペンぐらいは携帯しているだろう。いざとなったらSNSで……ほかのゾンビともSNSが出来るのだろうか?
とりあえず、警察手帳に何があったのかを書いてもらうことにした。質問の内容はどうしてゾンビになったのか、だ。
五体のゾンビはそれぞれ持っている手帳に色々書き込んだ。それを一つ一つ見せてもらう。
……誰も噛まれていない? いつの間にかゾンビになっていた?
いやいや。そんなわけあるか。じいさんも言っていた。ゾンビの血を触ったくらいじゃ感染しないと。噛むとか引っかかれるなどしないと感染する確率は低いはずだ。
でも、気づかれずに噛まれたとか引っかかれたとかありえるのだろうか。それに誰も襲われていないと言っているなら、全員が同じタイミングで発症したんだよな? 誰かがゾンビになっていたら、そいつに襲われるわけだし。
とりあえず、それは保留にしておくか。じいさんに見てもらったほうが早いかもしれない。
それじゃ次の質問は、ここはどういう部屋で、なんでここにいるか、だ。
また警官のゾンビたちが警察手帳に書き込む。
……全員一致だな。署長からここに避難するように言われた、と。そしてここは緊急避難場所のようなところらしい。ここから地下へ行けて、武器の保管庫やシェルターになっているそうだ。
その後、いくつかの質問をしてから、地下へ行く階段の場所を教えてもらった。
階段を下りながら考える。
ここには百名ほどの警官がいたが、その全員がゾンビになったらしい。おそらく全員が同じタイミングで。
そして衝撃の事実。署長はゾンビパンデミックが始まる数日前からこうなることを知っていたらしい。まあ、ゾンビパンデミックと言うよりは、なにかしらの病原菌が撒かれる可能性があるとのことだったらしいけど。
そしてそのパンデミックに関しては何もしないようにともっと上から通達があったとのこと。
警察署長の上って何だろう? 警視総監とか、そういうのだろうか。
それはともかく、パンデミックが起きるのを知っていたということは、あの動画に出ていた博士というのは警察関係だったりするのかもしれない。どうみても、サイコパスな科学者っぽかったんだけど。
そんなことを考えていたら階段を下りきった。
長い通路の左右に扉が一定の間隔で並んでいる。見た限り扉にプレートはついていない。一つ一つ調べてみるか。
手前から一つ一つ扉を開ける。
仮眠室なのか、寝室なのか、各部屋には二段ベッドが二つずつ置かれていて、一部のベッドには私物と思われるものがあった。そしてゾンビもいる。大人しくさせて人を襲わせないように命令した。
他にも食糧の入った段ボールが積まれた部屋、それにキッチンやシャワー室、警察の装備品と思われる武器が置いてある部屋もあった。武器はほとんどが残っているが、食料に関してはそこそこ減っているな。
どの部屋の扉も鍵は開いているが、部屋の中で争った形跡はない。最初にいた五体のゾンビもそうだけど、どうやって感染したのだろう?
通路の一番奥の扉まで来た。
ここは他の扉よりも厳重というか豪華だ。だが……血の匂いがする。
慎重に扉を開けた。中は執務室のようになっていてるようだ。
そして正面にある机。そこに誰かが突っ伏した状態でいる。右手には銃、そして机の上に広がる血の跡。おそらく自分で命を絶ったのだろう。
机の上の血は固まっているが、体の腐敗具合から見ても、亡くなったのはつい最近だろうか。
机の上にはタブレットが置かれている。マコトちゃんに持っていけば、なにか分かるかもしれないな。
とりあえず、ここはこのままにして、一旦戻るか。それにゾンビたちも外へ出してしまおう。俺自身は使わないけど誰かがシェルターとして使いたいかもしれないし。
タブレットを手に持ち、ほかのゾンビたちを扇動しながら電子ロックの扉まで戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい。何かありました?」
扉を出ると、エルちゃんが笑顔で出迎えてくれた。ほかのメンバーも興味深そうに俺を見ている。
「色々あったけど、よく分からないことも多いんだ。まずはゾンビを外へ出しちゃうからちょっと待って」
ゾンビたちに外へ出て整列するように伝えた。一応武器は回収済みで武器保管庫に戻してある。全員がSAKURAって名前の銃だった。サクラちゃんと同じ名前だな。
そしてそのサクラちゃんが勢いよく手を上げる。
「武器や食料はありましたか!?」
「ああ、うん、一応あったけど、取りに行くのは――」
そこまで言いかけたときに満面の笑みのサクラちゃんが扉に手をかけた。だが、そんなサクラちゃんを妹のモミジちゃんとエルちゃんが阻止する。
「くえっ!」
モミジちゃんに襟首をつかまれて、首が絞められた感じだ。さらにエルちゃんのバットが追撃。大変なことになっている。
「お姉ちゃん、いつも言ってるでしょ! 直情的に行動しない!」
「サクラさんはもうちょっと落ち着いてください。ゾンビは全部外に出たかもしれませんが、まだいるかもしれないし、危険ですよ」
「げ、げほ! 苦しい! そして痛い! むしろ危険なのは二人じゃないかな!」
「お姉ちゃんの行動がみんなを危険に晒しているって理解して!」
モミジちゃん、ややキレ気味だ。そして二人を男達がなだめている。いつものことなんだろうな。でも、ここは確かにもうちょっと慎重に行動してほしい。
ようやく落ち着いたところで、モミジちゃんがこちらを見た。
「すみません、センジュさん。姉にはよく言って聞かせておきますので……それで、聞きたいんですけど、どうしてゾンビはセンジュさんの命令を聞いているんですか? 入口にいたゾンビたちを追っ払ったのもセンジュさんなんですよね? もしかしてその命令で追っ払ったんですか?」
そういえば言ってなかったか。まあ、病院ではほとんどの人にばれてるし、言ってもいいかな。
「適合者って分かるかな? おれはそうなんだけど、どうやらゾンビたちに命令できるみたいなんだよね。ちなみに内緒ね。色々面倒なことになるから」
ハッピートリガーの全員が驚いているようだ。どうやら適合者という言葉自体は知っているようだな。あの動画は有名らしいし、知らない人はいないのかも。
まあ、それはどうでもいいや。まずはこのタブレットだ。
「マコトちゃん、これ、部屋の奥にあったものだけど、解析してもらってもいいかな? 重要な情報が入っているかどうかも分からないんだけど」
「いいよ。でも、報酬としていつかアイスを見つけたら最初にちょーだいね」
「ここの捜索が終わったら、しばらく暇になると思うし、そうしたらショッピングセンターとかホームセンターに行くから、その時にね。俺もプレミアムなアイスが食べたい」
マコトちゃんはにっこり笑うと、タブレットをいじりだした。
さて、なにが出てくるかな。




