ハッピートリガー
2019.05.26 3話投稿(2/3)
さて、警察署の屋上にいる奴等を迎えに行こう。
なんとなくだが、悪いやつらには見えないし、すごく遠目ではあるがげっそりしている感じだ。おそらく何日も食べていないのだろう。
入口にいるゾンビはすぐにでも追っ払えるから助けに行くのは簡単だ。でも、入口が施錠されていると面倒だから中から開けてもらおう。なんとかして屋上にいる人たちと連絡できないかな。
「エルちゃん、マコトちゃん、あの人たちに入口を開けるように伝えたいんだけど、何か方法はあるかな?」
「大声で言えばいいんじゃないですか?」
「この周辺のゾンビを集めそうだからそれはやりたくないんだよね。それにゾンビたちにも命令として伝わる可能性があるから面倒なことになりそう」
周囲のゾンビが警察署の入口を開けるために群がったら本末転倒だ。
「なら私が小型のドローンを飛ばそうか? 持ってきてるし」
マコトちゃんがそんなことを言い出した。
え? でも、どこに? 見た限り手ぶらだよね?
マコトちゃんは着ているパーカーのチャックを下ろすと、その内側は――サイバネティック? なんか機械的なものがパーカーの内側に色々とぶら下がっている。あのマッド的な医者と同じ感じなんだけど、重くないのそれ。
マコトちゃんは、パーカーにぶら下がっている薄くて四角い板を取り出した。真ん中のマークを押すと、それが変形してドローンらしき形になった。
……ものすごく格好いいと思ってしまった。
「タブレットでドローンを操作してスマホを渡せば連絡できるよね?」
「さすがだね、マコトちゃん」
「まあ、これくらいはハッカーのたしなみかな」
そうは言いつつも、褒められて嬉しそうだ。そしてエルちゃんはなぜか口をぎりぎりさせている。自分が役に立ってないから悔しいのかな。
「それじゃ俺のスマホはちょっと渡せないから、エルちゃんのスマホを向こうに渡してもいいかな?」
「え? それはちょっと困ります。乙女のスマホには色々と秘密があるので」
「まさかとは思うけど、俺の写真でいっぱいだとか言わないよね? まあ、冗談だけど――なんで顔を逸らすの? ああうん、何も聞かなかったことにするよ。なら、マコトちゃんの――」
「私のは指紋や声紋認証しないと使えないから。もちろん正規の基地局は使ってないしスマホだし、変に触ると爆発する仕様」
無駄にセキュリティが高いな。それともハッカーならそういうもんなの?
「ええと、救急車の中に、紙やペンくらいあるんじゃないですかね? ゾンビを追っ払うから中から開けてくれって伝えるだけならそれで十分だと思いますよ」
エルちゃんの提案で救急車を調べてみると、確かにあった。さっそく紙に書いてドローンで運んでもらおう。
その紙をドローンに括り付けて飛ばした。
見た目が結構軽い感じなので、風の影響とかで屋上までいけないかと思ったが、とくに問題なく屋上についたようだ。しばらくすると、屋上にいた人の一人が両手で大きく丸の形を作った。
どうやら伝わったみたいだな。
「それじゃちょっと行ってくるよ。二人はどうする? 救急車のなかで待っててもいいけど」
「センジュさんの近くのほうが安全ですから。それにあの集団には女がいました。ちゃんと釘を刺しておかないと」
「右に同じ……ああ、釘を刺す話じゃなくて、安全ってほう」
「ああ、うん。それじゃ行こうか。でも、俺がいても慢心はしないようにね。一つのミスが命にかかわるから」
「殺し屋が言うと説得力がありますね!」
「……あまり殺し屋って言わないでね。その、よろしくない職業だから。あと、勘違いしているようだけど、もうやめたから元殺し屋ね」
病院のほうはじいさんが色々手をまわして俺が殺し屋なのはばれていない。適合者であることは、あのときエレベーターで見られたからどうしようもないんだが、普通の人と思われているようだ。
適合者ってことであの医者の考えとは違い、ちゃんと世界を救おうとしている医者がいるようで、俺の体を調べさせてほしいと言っているようだが、そんなことに手を貸すつもりはないと断った。
じいさんもちょっと渋い顔をしてたが、俺の気持ちを優先させてくれているようで、ほかの医者をなだめているらしい。代わりと言ってはなんだけど、ゾンビが協力的になっているのでそれほど不満は出ていないそうだ。
殺し屋であることも適合者であることもバレないように生きたいのにままならないね。どこまでやれば俺は田舎へ行けるんだろうか。
さて、心の中で愚痴っていても仕方ない。やらなきゃいけないことを一個一個対処しますか。
警察署の入口に近づく。
当然ゾンビたちは俺たちに気づいて近寄ってきた。これだけ多いとうめき声が大きいし、匂いも大変なことになっている。
「静かにしろ。人を襲うな。駐車場に10人1列で整列」
そこそこ大きな声で命令すると、ゾンビたちは言われた通りに駐車場に整列した。
並んでいるゾンビを見て思ったんだけど、一般の人だけだな。警察の人とかがいない。いくら警察とはいえ、多少は犠牲がいてもおかしくないんだけど。
そういえば、じいさんが変なことを言ってたな。警察や自衛隊はほとんど出動していないとか。そもそもゾンビパンデミックが起きたときに避難指示とかそういうのが政府から全くなかったらしい。
俺は初日に噛まれて1週間ほど気を失っていたから、パンデミック発生直後のことは良く分からないけど、政府が全くと言うほど機能していなかったとか。
殺し屋だけど、会社を通して税金を払ってたんだけどな。
まあいい、まずは警察署内を調べよう。
ゾンビがいなくなった入口に近寄ると、ガラスの自動ドアは閉じられていた。屋上にいた人たちはまだ来ていないみたいだ。
……防弾ガラス? このドアって防弾ガラスだよな? だからあれだけのゾンビがいても破られなかったんだろうけど、今どきの警察署って入口のドアが防弾ガラスなのか? でも、この国で?
そんなことを考えていたら、ガラス越しに奥の通路でチラチラとこちらを見ている人がいた。迷彩服を着ているのだから、おそらく屋上にいた人達なのだろう。
入口にゾンビがいないことを確認してから、近寄ってきた。そしてガラス越しにはしゃいでいる。
『すごっ! ゾンビがいないよ! お姉ちゃん!』
『よかったー、これで助かるよ! まずは食料を探そう! 豚足以外で!』
スタイリッシュなサングラスを付けているからよく分からないけど、二人は姉妹なのだろうか。長い一本の三つ編みにしているほうが姉で、短い髪を無造作に後ろで結んでいるのが妹かな。
それに、5人の男達もいる。全員の頬がこけた感じで、何も食べていなかったって感じだ。
そして普通に入口の施錠を開けた。
こっちもそうだけど、そっちもちょっとは警戒したほうがいいんじゃないかな。
鍵を開けた妹が頭を下げた。ほかの人たちもそれに倣って頭を下げる。
「あ、あの、助かりました! 食べ物もなくなって外に出れなかったものですから、強行突破しようかと思っていましたので! 裏口もゾンビでいっぱいだし、絶体絶命だったんですよ!」
「ああ、うん、それは何より。ところで君たちはなんなのかな? 迷彩服を着て銃を持っているから最初は軍隊の人かと思ったんだけど?」
「私たちはサバイバルゲーマーです。『ハッピートリガー』というチーム名なんですけど」
ネットで調べたときにそんな名前が出てきた気がする。でも、その名前ってよろしくない精神状態のことを指すんじゃ?
いきなり姉のほうが手を挙げた。
「あの、もしかしてどこかの組合の人ですか? 良かったら私たちもそこへ連れて行ってくれないでしょうか! 銃の腕なら自信があります! 弾はBB弾なのでゾンビは倒せませんが!」
それが何の役に立つんだろう――もしかしてここに来たってことは銃器を取りに来たのか?
でも、持っているのはゲームで使うための銃だろうから、本物の銃器は手に入らなかったと見える。
「だ、ダメですか?」
「あ、えっと」
こういうのを勝手に決めていいわけじゃないからな。じいさんに聞いてみるか。
「やっぱりロリコンだから、若くないとダメなんですか!?」
「よし、お前か。ちょっと話をしよう。あと正座」
まずはそこからだ。




