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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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閑話:進展

2019.05.19 3話投稿(3/3)

 

 組合アマゾネスが拠点とするホテルの食堂。


 そこではいま問題が発生していた。女王を外に出すか否かで揉めているのだ。


 女王は適合者を探しに行くチームと一緒に行くと言ってきかない。女王の命令は絶対だ。だが、危険な外へ連れ出すのはどう考えて得策ではない。


 そのように考える者たちと、そもそもこの場所へ扇動してくれた女王が弱い訳がないと考える者たちで意見が衝突している。


「女王様になんかあったらどうするつもり!」


「何を言ってるの! そもそも女王様は私達なんかよりもお強いわよ!」


「たとえそうだとしても、極力危険に晒さないことが重要なのではないか!」


「でも、女王様は外へ行きたいと言っているのでしょう!? ならその命令に従うべきよ! 貴方もしかして女王様をここに閉じ込めて、ずっとそばに居てもらおうって魂胆じゃないわよね!」


「なんですって、この嫉妬女!」


「この泥棒猫!」


「やめてくれないか、君達」


 議論とは言えないただの言い争いの場所に女王が現れた。その姿を見て言い争いをしていた者たちは恥ずかし気に下を向く。


「私のことで君たちが争うことはない。問題は私にあるのだから」


「そんな! 女王様は悪くありません。これは私たちが――」


 女王は女の言葉を、右手を軽く上げることで止める。


「君たちも知っての通り、ドラゴンファングが壊滅した。そしてアスクレピオスもトップが死んだ。詳しい事情は分かっていないが、どちらも外部から来た一人の男によって実行されたという。つまり、中であろうと外であろうと危険だということだ」


 女王は一度すべてを見渡してから微笑む。


「君たちには迷惑を掛けるがどうか私のわがままを聞き遂げてもらいたい」


 女王の言葉に全員が跪いて恭順をしめした。


 そして三日後。


 女王は適合者探索中に姿を消す。そしてアマゾネスには適合者にさらわれたという情報が飛び込んできた。




 警察署の屋上。チーム「ハッピートリガー」の面々はかなり衰弱した状態でいた。


 ゾンビたちは警察署内まで入ってこれないが、念のため屋上まで避難している。警察署のトイレなどは利用できるし、水も飲める。だが、食料がない。


 お腹を減らさないために出来るだけ動かないようにしていたが、それもそろそろ限界であった。


「お姉ちゃんが豚に見える」


「なんだとこの野郎」


「間違えた。豚っぽいって意味じゃなくて、豚的な食べ物って意味ね。足が豚足に見えるって意味」


「ああ、そう言う意味か――なんだとこの野郎」


 冗談なのか本気なのか分からない。だが、チーム内のメンバーから乾いた笑いが出た。


 全員銃を抱えて仰向けになっていたが、足が豚足に見えると言われた姉がむくりと上半身を起こす。


「ここにいても餓死するだけだし、正面から強行突破する?」


 その言葉に妹もむくりと上半身を起こした。


「でも、ここを突破したところですぐに食糧なんか見つかるかな?」


「ここにいたって食料が降ってくるわけじゃないしね。賭けるならそっちに賭けたほうがいいんじゃないかな? それに妹に食べられたくない」


「それもそうか。ここで籠城していても白馬の王子様が助けに来てくれるわけじゃないしね。だめかもしれないけど、やって――」


 妹がそこまで言いかけたときに、車のエンジン音らしき音が聞こえてきた。それは間違いなくこちらへ向かってきている。


 全員が立ち上がり、屋上のフェンスに手をかけて音のほうをみた。


 そこには一台の救急車が走っていた。もちろん、サイレンは鳴らしておらず、普通に走っているだけだ。


 そして救急車は警察署の駐車場にとまる。


「お姉ちゃん! 白馬の王子じゃないけど、救急車に乗って誰かが来たよ!」


「うん、助かるかも! 声を出して呼ぼう!」


 全員が最後の力を振り絞って救急車のほうへ声を出し始めた。




 ミカエルは廊下に倒れている医者らしき男を見ていた。


 血の海にうつぶせで倒れているその男を足だけで仰向けにするよう蹴り飛ばす。


「これがアスクレピオスのトップか」


 ミカエルはそうつぶやき、男の胸元を見る。鋭利な刃物で一突き。確実に主要器官に届くようにあばら骨の間を刺している。


 こういう刺し方を出来る者は、いわゆるプロと呼ばれている者たちだ。もっと楽で致命傷な部分を狙うプロはいるだろうが、ここを刺した上に刺した物を抜き取ったらまず助からない。確実に殺すためにやったのだろうとミカエルは推測した。


 ここにいるアスクレピオスのトップも適合者ではないかと考えてここまでやってきたが無駄足だった。ほかで調査している妹たちと合流しようと思った矢先、廊下で人の気配がした。


「お主、何者じゃ?」


 それは男の老人だった。白衣をきているので医者であることが分かる。だが、それよりも老人の隙が無い感じが奇妙に思えた。殺気とまではいかないが、明らかに周囲を警戒していて、いつでも戦える雰囲気を醸し出している。それにもっとも看過できない点は腰に刀を差していることだった。


「あら、私を知らないのかしら? 私の動画が結構出回っていると思うのだけど?」


 老人は訝し気な顔をしてから、何かに気づいた顔をした。


「ミカエルと呼ばれる天使か」


 その言葉にミカエルはちょっと噴き出した。よりによって天使とは。確かにそのような名前を付けてもらったが、やっていることは全くの逆だ。天使のように人間を助けようなんて微塵も思っていない。


 そして一つひらめいたことがある。老人とはいえ、おそらく相当な修羅場をくぐったような男だ。もしかするとこの男を殺したのは、この老人かもしれない。


「この男を殺したのは貴方かしら?」


「そんなことを聞いてどうするのかは知らんが、儂ではない。殺したのはその男に騙されていた傭兵の男だ」


「傭兵……? ああ、殺し合いでお金を得る人たちのことね。そんな人を騙していたのなら殺されても仕方ないわね。その男はどこに?」


 もしかすると適合者かもしれない。そう思って目の前の老人に聞いた。


「さあのう。今はゾンビとなって娘さんと旅行に行っとるよ」


「あら素敵。でも、本当のことを教えてもらいたいのだけど?」


「本当のことじゃ。娘さんもゾンビでな。それを治すと騙されておった。娘さんを治すために色々なことをしておったが、ゾンビから元に戻す薬など作れないことが分かって、自ら娘さんに噛まれてゾンビになったんじゃよ」


「……よく分からないわ。なんで父親が娘さんのために色々なことをするのかしら? 普通逆でしょ? 娘が父親のために頑張るんじゃないの? もちろん、ゾンビになって頑張るという話ではなくて、一般的な話としてだけど」


「お主の考えている一般的なことなど儂は知らん。だが、親が子のために色々なことをする方が一般的じゃぞ。もちろん、ずっとではないがな」


「そう、なの……」


「お主は違うのか?」


 ミカエルは声には出さず、心の中だけで、違う、と言った。


(お父様は私たちに命令をするだけ。私たちのために何かをすることはない。私たちがお父様のために色々なことをしなくてはいけない。それは別に構わない。でも、姉妹達を殺すような真似はもうさせない。お父様を殺して自由を得る。そのためなら私は――)


「まあ良い。少なくともお主が何者なのかは分かった。それでここで何をしておる?」


「それを答える必要があるのかしら?」


「……いや、ないな。じゃが、アンタは人間をゾンビに出来る。近くにいると不安じゃな」


「そんなに生きているのに、まだ生きたいの?」


「畳の上で大往生というのが儂の夢でな。死ぬにはまだ、ちと早い」


 老人から殺気が放たれた。そして腰に差している刀に手をかける。だが、抜こうとはせずに、剣を鞘にいれたままミカエルを見据えているだけだった。


「あら、刀を抜かないの――」


 ミカエルがそう言いかけたときに、老人が少しだけ前に出た。


 キンッという音が病院の廊下に響いたが、ミカエルも、老人も同じ姿勢のままでいた。


 だが、ミカエルの前髪が少しだけ切れる。


(驚いたわね。あとちょっとで斬られるところだった。適合者であれば身体能力を限界まで引き上げるけど、この老人は生身のままその領域に至ってるわ。どんな特訓をすればそこまでになるのかしら?)


「女の髪は命より大事な物よ? それを許可なく切るなんて男として最低ね」


「すまんのう。髪を斬るのではなく、お主を斬ろうとしたんじゃが、躱されてしもうたわい。じゃが、次は外さんと約束しよう」


 周囲に緊張感が漂う。音がなくなるほどの静寂。


 だが、そこに能天気な声が聞こえた。


「おねえちゃーん。ここにはもうゾンビがいないよー」


 ミカエルの妹たちが、ミカエルの背後から近寄ってきた。


「貴方達! こっちへ来ては駄目!」


 ミカエルが背後を振り返りながら、そう叫ぶ。だが、次の瞬間にミカエルは後悔した。目の前の老人から目を逸らしたりしたらやられる。


 そう思い、すぐに老人のほうへ視線を戻したが、老人はすでに構えを解いて普通に立っていた。


「幼子がいる前で殺しはせん。何をしに来たのかは分からんが、用が終わったのなら早々に立ち去ってくれるとありがたいんじゃがのう。これから病人の治療をするから余計なことはしたくないんじゃ」


「……見逃してくれるというの?」


「逆じゃな。儂が見逃してもらうということじゃ」


「……いいわ。ここでの調査は終わった。もう来ることもないと思う。ああ、最後に聞いておきたいのだけど、貴方、適合者を見たことはない? 私たちは適合者を探しているんだけど」


「……いや、知らんな」


「そう、それは残念。もし見つけたら教えてくれると助かるわ。ネットの掲示板にでも書き込んで。それじゃ」


 ミカエルは妹たちを安全な場所へ移動させるために早々に病院を立ち去った。




 病院から遠く離れたバス停でミカエルはようやく一息つく。


「おねえちゃん、大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。貴方達は?」


 妹たちは笑顔で大丈夫だと頷いた。


(危なかった。私だけなら何とかなるけど、妹たちではあの老人に勝てない。あの老人には幼子の前では殺さないというルールがあって、私を見逃したのだろう)


 ミカエルが大きく息を吐くと、妹たちもそれを真似て喜んでいた。


「さて、それじゃ別のところへ行きましょうか。ピースメーカーという組合に適合者が現れたという話があるみたいだから行ってみないとね」


 三人の妹たちの二人は頷いた。だが、もう一人のウリエルが、別のところを見ている。


「どうしたの、ウリエル」


「うん、あれ。親子のゾンビかな? すごく幸せそう」


 そこには迷彩服を着た男のゾンビと、その男と手を握っている少女のゾンビがいた。表情には出ていないが、幸せそうという雰囲気が伝わってくる。


 どこへ向かっているのかは分からない。でも、その足取りはどこか明確な場所を目指しているように見える。


「私たちもお父様と一緒にお出かけしたいね?」


 ウリエルの言葉にミカエルの胸が締め付けられた。


(妹たちはあの男はお父様と言って慕っている。私たちの姉妹をあれほど殺した男なのに、慕うように洗脳されている。もし、私がお父様を殺したら、この子たちはどう思うだろう?)


 ミカエルの心に複雑な感情が渦巻く。だが、次の瞬間にはその感情は無くなった。


(何を弱気になっているの。どう思われたっていい。この子たちの自由を手に入れるためなら、たとえ恨まれたって問題ない。それこそ、殺されたって構うものですか)


 ミカエルは決意を新たに歩き出した。


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