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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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筋肉増強剤

2019.05.19 3話投稿(1/3)

 

 医者の男は薄く笑い、こちらを嘲るような感じだ。俺を見下している感じだね。性格が悪そうだ。


 医者の男は両手にメスを持っているが、構えているというほどではなく、だらんと両手の力を抜いた感じで立っている。俺がどんなに速く動いても対処できると思っているんだろう。


 しかし、俺は銃を持っている。殺すつもりはないけど、相手がそれを知っているわけじゃない。それなのにあの余裕はなんだろう。もしかして銃で撃たれても躱せるとか?


 プロの殺し屋なら相手との呼吸を合わせて撃たれる瞬間に銃口を避けるということもできる。だが、この医者もそんなことができるのだろうか?


「どうしたんだい? 銃を撃たないのかな?」


 この銃は8発。ドラゴンファングのところで3発、さっき1発使ったから残り4発。別の弾倉がもう一つあるから全部で12発ってところだ。おやっさんがいないと弾の補充もできないからあまり使いたくないんだが、確認のために1発くらいは撃っておくべきか?


 大丈夫だとは思うけど、念のため跳弾を警戒しておくか。さっき撃っちゃったけど。


「おやっさん達を守れ」


 ゾンビたちにそう命令すると、ベッドの近くに守るように立った。相手の傭兵たちもゾンビになった奴は俺の命令を聞いてくれるようで、すくなくともおやっさん達一人に対して一人以上は守っている。


 それをみた医者はまた興奮状態になった。


「素晴らしい! 生前の状態にかかわらずにセンジュ君の言うことを聞くようだね! ああ、どういう理屈なんだろう、どういう理由なんだろう! 見たい! 見たいよ! センジュ君の脳を見せてくれないか!」


「レントゲンという意味じゃないんだよな? 丁重にお断りさせていただくよ」


 ゾンビ映画は好きだけど、本物のグロは困る。しかも自分が被験者なんて冗談じゃない。


 とりあえず、足狙いで撃ってしまおう。足なら死なないだろ。


 パスッっと空気が抜けるような音がして銃の弾が勢いよく発射される。銃のスライドが動き、空の薬きょうが飛んだ。


 予想通り、医者の男は躱した。だが、その躱し方がおかしい。なんで飛び上がって天井に張り付いている? 天井に両手両足を付けて逆さまにこちらを見ているが、気持ち悪いってレベルじゃない。


「おや? 何を驚いているのかな?」


「その行動に驚かない奴がいるなら会ってみたいもんだ。友達にはなりたくないけど」


 天井に張り付くくらい、忍者の末裔ならやれるだろう。プロの殺し屋にもできる奴はいた。でも、あれはものすごい筋肉を使うか、何かしらの道具をつかうはずだ。


 この医者にはそのどちらもないように思える。あの火災報知機を片手で掴んでいるから、おそらく力任せにあんな格好をしていると思うんだが、なんでそんな真似ができる?


「そ、そいつは、き、筋肉、増強剤の注射を打っているぞ!」


 倒れている傭兵がそんなことを言った。体がしびれているのによく言葉を話せたな。確かに医者がいたあたりに注射器らしきものが転がっている。


 なるほど、筋肉増強剤か……いやいや、ありえないだろ? 筋肉増強剤を打ったくらいでこんなことができる訳がない。


「おやおや、今までよくしてあげたのにいきなり裏切られたよ。飼い犬に噛まれた気分だ。困ったものだね」


「どう考えても裏切ったのはお前のほうだと思うぞ?」


「それは主観の違いだね」


 そんなわけないだろ。第三者の目から見ても裏切ったのはお前だ。


「さて、私に銃が効かないことは分かったかな? 残念だが、銃で撃たれても私は躱せるよ」


 確かに躱して見せた。だが、筋力を増やしたところで銃が躱せるようになるわけじゃない。傭兵の男は筋肉増強剤といったが、もっと別の物じゃないのか? それこそ非合法の薬的な物を使っている気がする。


 だが、それを確認している暇はないな。しかし、銃に反応できるほどの速さか。厄介だな。


 医者の男は天井から床に下りた。そしてこちらをニヤニヤしながら見つめている。


「面倒だからもう降参してくれないか? 余計な時間はかけたくないんだ。なに、ちょっと眠るだけのようなものだ。怖くはないよ?」


「余計な時間を掛けたくないのは同感だ。だが、二度と目を覚まさないような睡眠はごめん被る」


 接近戦は苦手だが何とか相手のメスを奪って相手をしびれさせよう。


 低い姿勢から医者にとびかかった。だが、医者はそれを右に躱してメスを振るってくる。異様に速い。プロの殺し屋並みだ。


 何度か攻防を重ねてから、お互いに距離を取った。


「ふーむ、適合者の身体能力はかなり上がるとのことだが、予想の範囲内だね。これなら私が作った薬のほうが効果は高いね」


「そうかい。期待に応えられなくて残念だよ」


「本当にね。だが、適合者の優位性はそれだけじゃない。ウィルスの保菌者でありながら、意志を保っており、さらにはゾンビに命令できる。身体能力の向上なんておまけみたいなものだよ!!」


「あと、意外と面倒ごとに巻き込まれる体質になるとも付け加えておいてくれ」


 ゾンビになる前はそんなに酷くなかったはずだ。


 さて、挑発してみたものの、どうしたものか。接近戦で医者を上回るのは難しい。技術的なところはそれほどでもないが、かなりの怪力だ。可能性があるとしたら長期戦に持ち込むくらいか? この体ならどれだけ動いても疲れない。医者が疲れるのを待つというのは作戦としてアリだと思う。


「おや、よく見ると、全く息を切らしていないね? なるほど、適合者にはそういう利点もあるのか。ああ、楽しみだ。君を解剖するのが楽しみだよ!」


 エルちゃん並みのサイコパスだな。どんな世界になったとしても関わりたくない。


 俺が疲れないのを見抜いても慌てた様子はないようだ。それすら何とかできるってことか?


「さて、時間を掛けられたら困るからね。こっちから行かせてもらう」


 医者の男がそういうと、両手のメスを投げてきた。それをしゃがみながら躱すと、さらに医者はメスを投げてくる。


 なんだ? 白衣の内側に大量のメスが括り付けられている? どう考えても重いだろうに。


「あはははは! この狭い病室でどこまで躱せるかな?」


 確かにこの狭い場所じゃ相手のメスがなくなる前に当たってしまう。仕方ない、当たらなくても銃でけん制しよう。


 銃を医者に向けて撃つ。だが、躱された……今、撃つ前に躱さなかったか? 撃つのを予測した? もしかして俺が撃つのが分かっている?


「無駄だよ。私には君がどういうふうに動くのか手に取るように分かる。体の動き、目の動き、君のあらゆる動きが次の行動を示してくれる。すべての医者がそんなことを出来る訳じゃないが、医者は他人の体をよく見る仕事でね、鍛えればこれくらい出来るものだよ」


 あまりにも有利だからポロっとネタバレしやがった。


 なるほど。俺の視線や動きからある程度行動を予想していたってことか。なら話は簡単だ。見られなければいい。あいつは余裕をかましてその場からあまり動かないようだからな。位置を頭の中に覚えておこう。


「さて、そろそろ終わりにしようか?」


 改めて医者がメスを投げてくる。それを躱して、おやっさんを守っているゾンビの後ろに隠れた。


 さらに医者が投げたメスがゾンビに当たる。ゾンビもしびれたりするのかは分からないが、少なくとも倒れたりはしないみたいだ。


「ゾンビを壁にするのかい? でも、いつまで持つかな? さあ! 最後にもっと大量のメスをあげよう! ゾンビ一人の壁で耐えられると思わないことだ! ……あ?」


 見えないが、どうやら当たったようだな。


 ゾンビの背後から少しだけ覗くように医者を見ると、腹から血が滲みだしていた。どうやら狙った通りの場所に当たったようだ。


「き、君、まさか……」


「悪いね、ゾンビ越しに撃たせてもらったよ」


 さてと、盾にしたゾンビに謝っておくか。あと、体を撃ち抜いたのも謝っておかないとな。


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