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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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人質

2019.05.12 3話投稿(1/3)

 

 アスクレピオス記念病院、本館三階の病室で医者と思われる男と対峙している。


 周囲にはベッドの上で寝ているおやっさん達。専門的なことは分からないし、点滴も無色透明で何をされているかは分からない。医者が言うには治療しているとのことだが……いまいち信用できないな。


 俺を見ている医者の男の目が、実験動物を見ているような目だし、笑顔ではあるが本当に見た目通りの感情があるのか怪しい。それに電話に出た男はどこだ? 話の感じから腕に相当な自信があるようだったが。


 それに適合者である俺をなんでここに呼んだ? ご丁寧に人質まで取って。なにか裏がありそう――というか裏しかなさそうだ。


「電話にでた男はどこだ?」


「この人たちに手荒な真似をしたから謝罪が欲しいということかな?」


「それもあるが、適合者を探しているようだった。俺が適合者じゃなければ、おやっさん達を殺すというようなことまで言ってる。俺を呼んだ理由を知りたい」


 おやっさん達の命と引き換えにここまで来てやったんだ。用事があるならとっとと終わらせよう。つまらない理由だったら、悪いけどその男は殺そう。なんというか同業者の雰囲気があったし問題ないだろう。


「いまこっちへ向かっているよ。彼は外で行動できる貴重な人材だからね。今回のことで怒っているかもしれないが、許してやってくれないか?」


「そっちの事情を俺が考慮する必要はないと思うけど?」


「それはそうだが、ここにいる人達の治療は私達が行っているということを頭に入れておいて欲しい。無料で治療はするが、部下がひどい目にあうと分かっていてちゃんと治療を出来るほど人間は出来ていないよ?」


 お前の部下がボコボコにしたんだぞ。それはマッチポンプというやつだと思う。それに気に入らない患者は治さないと言ってるのか? 普通の世界だったなら問題発言だぞ。


 まあいいか。なら治療が終わったらボコろう。


「さて、彼はそのうちにやってくる。その前に話をしておきたいのだが、聞いてもらえるかな?」


「聞かない選択肢はないと思うけど? 俺をここへ呼んだ理由かい?」


「話が早くていいね。単刀直入に言おう。君の体を調べさせて欲しい。適合者の体だ。この世界に蔓延しているゾンビウィルスの特効薬を作れるかもしれない。特効薬までは行かなくても治療することができる可能性は高い。どうだろうか?」


 どうだろうか、とは聞いているけど、これは強制的なものだろう。そのためにおやっさん達をここまで連れてきた感じがする。でも、そんなことに手を貸すつもりはない。


「いや、注射が苦手でね。調べるのは無しだ」


 医者の男は、少しだけ眉をひそめた。だが、次の瞬間には笑顔に戻る。


 内心、断るとは思わなかったのだろう。こんな状況で断ったらどんなことになるか誰でも分かるからな。でも、信用できそうにもない奴に体を調べさせるわけにはいかない。元、ではあるが、殺し屋がそんな真似をするわけない。医者が殺し屋って場合もあるんだし。


 じいさんに関しては手の治療というだけだったからな。その時も右手には銃を持ってたし、警戒はしていた。じいさんもその辺りは分かっているようで、銃を突きつけられている状態でも気にしないで治療をしてくれたからな。


 アレを信用とは言えないが、色々と理解してくれているならこっちも助かる。でも、この男にそれを言っても同じようにはやってくれないだろう。


 男は笑顔ではあるが、少しだけ考えたふりをしてから「ふむ」と言った。


「約束はできないが、適合者である君の体を調べればワクチンを作れる可能性は高い。世界を救えるんだよ? いうなれば救世主だ。歴史に名を残せるチャンスでもある」


「そういうのは他の適合者に任せるよ。俺は田舎でスローライフをしたいだけの小市民でね。救世主なんてガラじゃないかな」


 もしかしたら、エルちゃんがこの話を聞いたら乗り気になるかもしれない。聞かせたくないな。なんというかエルちゃんは色々と危うい。自分に都合がいいことが起きると平気で裏切りそう。マコトちゃんも躊躇なく殺そうとしたし――あれは冗談だと思いたい。


 おっと、思考がそれた。でも、男はまだ思案顔だ。交渉する材料を考えているのだろうか。


 その後、男は色々と提案をしてきた。


 薬や食料、住むところも提供すると言っている。この病院は地下の自家発電で動いているし、水も数年はもつ貯水タンクがあるとか。さらに雨を浄化して飲み水にできるろ過施設もあるらしい。また旧本館では野菜などの食料を作っているそうだ。


 本当に何でもある病院だな。うちのマンションにもそういうのを付けたい。食料と水を何とかできれば、生きていけそうだし。


 俺が出ていく前に、あのマンションを改良してみようか。俺には知識も技術もないが、ゾンビに知っている奴がいるかもしれない。そうすれば俺がいなくなってもみんな安心だろう。


 そうだな。エルちゃんの人格矯正、マンションの改築、そして田舎へ行く準備。この辺りをしっかりやっていこう。最近、色々なことに巻き込まれているからもっと自分のためだけに生きたい。


「ずいぶんと譲歩しているのだが、これでも首を縦に振ってくれないのかね?」


 いつの間にか男の提案が終わっていたようだ。


 どんな好条件でもお前の言葉が軽すぎて信じられないんだよ。言っている言葉が最初から最後まで嘘っぽい。そもそも本当にワクチンを作るつもりなのだろうか?


 なんというか、それすら嘘っぽい。興味があるのはワクチンではなくて、適合者そのものか? もしかすると、この男も適合者になりたいんじゃ?


「ふうむ、ここまで言ってもダメか。なら仕方ないね」


 どうやら諦めてくれるみたいだ。俺の見立ては間違っていたかもしれないな。


 そう思った直後に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「中にいるか?」


「どうやら来たようだね。ああ、いるよ。適合者のセンジュ君も一緒だ。入って来てくれ」


 医者の男がそう言うと、男が扉を開けて入ってきた。


 四十代くらいの男だろうか。髪は短く刈り込み、その顔には多くの傷がある。やや深い緑色の迷彩服を着て、その動きには隙がない。自衛隊――いや、海外の軍隊に所属しているような傭兵かな。明らかに対人戦闘に特化しているような目の動きと身のこなしだ。


 すぐに分かった。この男は強い。なんだか面倒なことになりそうだなぁ。


 傭兵の男は俺から目を逸らさずにジッとこちらを見ている。俺を警戒している?


「お前、何者だ?」


「いや、センジュだよ。アンタがここへ来るように言ったんだろうが。電話でも入口のインターホンでも話をしただろ?」


 さっき、紹介してたよね? いきなりの何者扱いは驚くんだけど。


 傭兵の男が、医者の男を庇うように立った。


 その行動に医者も不思議そうな顔をする。


「どうかしたのかい?」


「こいつは危険だ。適合者として身体能力が上がっているだけの男じゃない」


 俺が殺し屋であることは知らないのだろう。だが、危険であることは何となく察したか。


 ……面倒だな。そういうのが分かる奴は手ごわい。


 傭兵の男はさっきよりも鋭い視線をこちらに向けた。


「もう一度、聞こう。お前は何者だ?」


「何者と言われても、センジュとしか言いようがない。職業は……無職だな」


 殺し屋を辞めたから無職だ。無職だけど殺し屋よりもマシに思える不思議。


「……仕方ないな。交渉が決裂したときのために用意したのだが、最初から手札を切らせてもらおう――おい!」


 傭兵の男がそう言うと、病室の外から似たような迷彩服を着た男達が入ってきた。


 そして一緒にマンションから連れてきた皆もいる。


「お前の仲間だろう? 本館の裏口から入ってきたので捕まえておいた。こいつらの命が大事なら大人しくしていることだ」


 なるほど、おやっさん達以外にも人質に取られたわけか。


 ……でも、皆はゾンビだぞ? エルちゃん達がいないなら人質にはならないんだけどな?


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