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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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新しい住人

2019.04.28 3話投稿(1/3)

 

 ドラゴンファングが壊滅してから1週間が経った。


 個人的にはスローライフをするために、とっとと物資を集めて田舎に行きたい。だが、人生はままならない。殺し屋になった時からそれは知っていたけど、今更ながらにそれを実感している。


「センジュさん、洗濯物あります? いっしょに洗っちゃいますよ?」


「……ああ、うん、自分でやるから」


「もー、遠慮しないでくださいよ。なんてったってセンジュさんは私の命の恩人ですからね!」


 ずいぶんと懐かれた感じだ。決してうぬぼれではないと思うんだけど、エルちゃんの俺を見る目が輝いている気がする。命の恩人だからなのか、殺し屋としてなのかは分からない。でも、明らかに俺に対する好感度が上がってる。


 別に嫌じゃないんだけど、なんかこう……困る。


 彼女いない歴が自分の年齢と一緒である俺としては、好意を向けられてもどうしていいかわからない。高校にはいかなかったし、中学の時もそんな甘い経験はなかったからなぁ。


 知識はギャルゲーか、ライトノベルしかない。むしろこれはエルちゃんによる乙女ゲーなのだろうか。エルちゃんの頭の中には選択肢がでていたりするのかもしれないな。状況的に俺ってツンデレキャラか? いや、殺し屋だからシークレットキャラ?


「青春じゃのう?」


「うるさいぞ、じいさん。だいたい、なんでこのマンションにいる?」


「何を言っとる。助けたのなら最後まで面倒を見るのがスジというものじゃろう。面倒を見たくないなら、あの時放っておけばよかったんじゃ」


 助けたのは俺じゃなくて、エルちゃんなんだけど。


 そう言っても、もうどうしようもないな。それにこのじいさんがいれば、いざという時に重宝する。本当に追い出すわけにはいかないな。


 ドラゴンファングが壊滅した日、物資を持って逃げ出した。もちろん、ゾンビも一緒だ。


 残念ながら地下鉄の通路を通るのは難しそうなので、別の出口を探した。


 その時に見つけたのが、磔にされていたこのじいさんだ。


 名前は梅天源次郎バイテンゲンジロウ


 今年で70歳。白髪で白衣を着ている。見た目が医者だったが、そのまま医者だった。なんでもアスクレピオス記念病院にいたそうだが、若い奴らに追い出されたとか。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 このじいさんは殺し屋専門の医者だ。アスクレピオス記念病院は殺し屋御用達の病院だからな。とはいえ、知っているのは院長と一部の奴だけだろう。


「なあ、兄ちゃん、お前さんから硝煙の匂いがするな? 同業じゃないが、殺し屋とは持ちつ持たれつの関係だ。その誼で助けてくれないかね?」


 磔にされたじいさんは、俺を見て笑いながらそう言った。それにエルちゃんが食いついた。闇医者的な格好良さを感じたのだろう。そして助けてしまう。


 結果的に助けて良かったのだろう。


 今の記念病院はなんとなく胡散臭いし、治療が出来る奴が近くにいるのは助かる。それにネイルアーティストの殺し屋に刺された左手を見せたら、ちゃんと治療してもらえた。


 それに、何となくだがおやっさんと同じ雰囲気を感じる。もしかすると元殺し屋かもしれない。まあ、ドラゴンファングという素人集団に戦いを挑んで負けているから、勘違いかもしれないけど。


「じいさん、アンタを助けたのはエルちゃんだ。面倒を見るのはエルちゃんで俺じゃない。それに助けてもらった恩があるなら、エルちゃんをちゃんと守れよ?」


「そうじゃのう。守るなら男よりも女の子のほうじゃな。まあ、そんなことは当然だから言われるまでもないわい」


「ならいいんだけどな。ところで、じいさんは感染してないよな? 俺の血に結構触っただろ?」


「適合者の血か。おぬしの血も、ゾンビの血も、触れたとしても感染はせぬよ。色々と検査した結果から判明していることじゃから安心せい」


 このじいさんには俺が適合者であることを話した。じいさんにバラしても特に問題ないと思ったからだ。じいさんが裏切って俺が適合者だと言いふらしたところで、周囲に信じて貰えるかどうか怪しいもんだからな。


 それにじいさんはゾンビに詳しい。


 詳しくは聞いていないが記念病院を追放されるまでは、ゾンビの治療、というか研究をしていたそうだ。その結果があの体温計らしい。感染しているかどうか、ほぼ100%でチェックできる。そんな物を作りだしたのが、このじいさんだ。


「もちろん、おぬしの血液が儂の血液に混ざればアウトじゃろうが、それでも感染力は弱い。大量に混ざらない限りは問題ないじゃろう」


「良く分からないのだが、どういうウィルスなんだ?」


「さあのう? だが、感染力が一番強いのは、歯か爪じゃ。それが相手の血液に入り込んだら一発でアウトじゃ。まさにゾンビ用のウィルスじゃな」


 あの博士ってやつも変なもん作りやがって。ゾンビ映画のファンだったのかな。


「お二人とも食事の用意が出来ましたよ」


 エルちゃんが台所のほうからお皿を持ってやってきた。それをテーブルに並べる。


「ほう、美味そうじゃのう。ガーリックライスかな?」


「そうですよ。あと、コンソメスープとプチトマトが3個。バランスは諦めてください」


「なあに、十分じゃ。のう、センジュ?」


「こんな状況でバランスを求めてないから気にしないでいいよ、エルちゃん」


「もっと食べ物があれば腕を振るうんですけどね!」


 ドラゴンファングの物資を取ってきたので、それを使ってエルちゃんが料理をしてくれている。味にはこだわらないほうだが、結構おいしい。


「ほう、見た目だけでなくちゃんと美味しいではないか。エルの嬢ちゃんはいい嫁さんになりそうじゃの!」


「ありがとうございます! そうらしいですよ、センジュさん!」


 なぜ、そこで俺に振る。いや、何となくわかるけども。というか、こういうのってガーリックライスのもとを入れてご飯と炒めればいいだけじゃないのか? 言わないけど。


「ああ、うん、そうね。結婚のシステムが残っているといいね」


 なぜかじいさんが溜息をついた。


「ヘタレじゃのう」


 無性にじいさんに向けて銃を向けたくなる。右手にスプーンを持ってなかったら向けてた。


「そこがセンジュさんのいいところですから! ナンパな野郎だったら、私のバット(ミョルニル)が火を噴きますからね!」


 そしてエルちゃんには目を覚ませと言いたい。


 せっかく目の前で殺し屋の仕事と、偶然だけど殺し屋同士の戦いを見せてあげたのに、エルちゃんの殺し屋に対する憧れが限界を突破してる。


 あれを見たらどう考えてもサイコパスって言うか、変な奴らだと思うのが普通なのに。だいたい、あんな軽い命のやり取りを見て何とも思わないのだろうか。


 もしかしたら、エルちゃんはゾンビへの恐怖でもうおかしくなっているのかもしれないな。すでに今の状況を現実だと思っていないのかもしれない。


 エルちゃんには恩がある。


 世界がこうなる前に、俺がただの一般人として世間に関われた気がする唯一のつながりだ。そのおかげで殺し屋なんかしていても生きようと思った気がする。なぜかその子は殺し屋志望だったけど、それでも恩人だ。


 田舎に行ってしまう前に、なんとかエルちゃんに殺し屋を諦めさせたい。こんな状況だから人を殺す技術は必要なのかもしれないけど、エルちゃんはそんなことをしないでほしい。


 それにまだ可能性はある。


 あのコンビニ店長はエルちゃんがやったわけじゃないことが判明した。


 実はあの店長、女性の拉致監禁をするような外道で、ゾンビパンデミックが起きる前日にエルちゃんはあのロッカールームに監禁されていたとか。そんな外道だからエルちゃんの殺し屋試験のターゲットになっていたわけだが、エルちゃんは監禁されたチャンスを生かし、店長をやってしまおうと考えていたとか。だが、そこでゾンビパンデミックが起きた。


 そしてコンビニにドラゴンファングの奴らがやって来て店長を殺し、物資を持って行ったそうだ。ロッカールームには鍵がかかっているし、そこに物資はないと思われて調べなかったらしい。でも、鍵を持っている店長が死んでエルちゃんはロッカールームから出れなくなった。


 そこに俺がやって来て、鍵を開けた。最初は店長が戻ってきたんだと思ったそうだ。だから俺に「死ねぇ」とか言ってバットで殴りかかってきたとか。


 店長を自分がやったと言ったのは、想像通り俺を信用してなかったから。ちょっと危ない人を演じておけば手は出さないだろうと思ったらしい。


 そんなわけでエルちゃんは誰も殺していない。


 出来ればそのままでいてほしい。一人殺すと抵抗が減る。何人も殺せば抵抗がなくなる。エルちゃんにはそんな風になって欲しくない。


 俺のエゴでしかないけど、俺がそうならないようにしてやらないとな。


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