閑話:崩壊の影響
2019.04.21 3話投稿(3/3)
アスクレピオス記念病院のミーティングルームで、白衣を着た男が足を組んで椅子に座っていた。
白衣の男の前には黒ずくめの男がいる。その男から報告を受けている最中だった。
報告の内容は「外」の情報。「外」から来る患者からの情報とネットの情報だけでなく、病院内で腕の立つ者を外へ放ち、情報を集めさせているのだ。
報告の内容は適合者の情報。もちろんほかの情報も聞くが、メインはその情報だ。
白衣の男には目的がある。適合者を見つけ出し、解剖して、その進化の理論を暴く。そして自らが進化するための手がかりを探すことだ。
ただ、それはばれてはいけない裏向きの目的。表向きの目的は適合者からウィルスを調べ、世界を救うためのワクチンを作るためと周囲には言っている。
「適合者がいたのか?」
「いえ、そういう話ではないようです。どうやらドラゴンファングが崩壊した日にその言葉が良く聞かれたとか。なんでも賭け試合で飛び入りの男が他の選手を素手で倒したようです」
「他の選手というのはドラゴンファングの者だろう? 力を信条とする奴らを圧倒できるなら確かに強靭な肉体を手に入れたという可能性はあるか――もしかしてその男がボスのリュウガを?」
「はい。ですが、銃で殺したようでして素手で勝ったわけじゃありません。この国で銃を使えるのはごくわずかですが、残念ながら情報はありません。スーツを着た20代後半くらいの男、ということだけです。あと、これは未確認情報ですが、アイアンボルトから来たという情報があります」
白衣の男は考える。少しでも可能性があるなら接触するべきだろう、と。
「アイアンボルトに使いを送ってくれ。適合者の情報をくれれば、薬も物資も提供するとな。あと、銃の所持者について調査してもらいたい。一応、警察署などで調べてみてくれないか?」
「かしこまりました……ああ、そうそう、適合者の情報ではないのですが報告がもう二つあります」
「なんの情報だ?」
「一つは追放した男のことです。どうやらドラゴンファングに捕まっていたようですね。なんでもゾンビの囮にするために磔にされていたとか」
「それはまた――なら、死んでしまったのか?」
「いえ、どうやら、ドラゴンファングが崩壊した日に助けられたみたいです。今はどこにいるか分かりません」
「……そっちはもう放っておいてもいいだろう。もう一つの情報と言うのは?」
「脱走した患者の情報です」
「見つかったのか?」
「いえ、見つかってはいないのですが、脱走するところを見た者がいまして、話を聞いてきました。信じられないことに、素手でゾンビを倒していたようです」
男は首を傾げる。
その患者はゾンビパンデミックが起きる前から入院している女性の患者だ。しかも致死量の毒を口にしてしまい、ずっと入院していた。奇跡的に動けるようになったとしても、運動能力は相当落ちているはず。ゾンビどころか子供にだって負ける可能性がある。
そんな人間がゾンビを素手で倒したというのは、信じがたいことだった。
「そもそも、あの患者は何者なんですか? 前院長がVIP待遇で処置をしていたようですが」
「それは私にも分からない。絶対に死なせるなと言われてはいたが……まあいい。それも放っておけ。この病院で生産性のない者を治療しているような暇はない。ほかに助けられる人のために薬を使おう」
「はい。では、また外へ向かいます」
「大変だとは思うがよろしく頼む。気を付けてな」
黒ずくめの男はお辞儀をすると、部屋を出て行った。部屋に残った白衣の男は腕を組み、これからどう動くか、頭をフル回転させて考えていた。
ホテルの食堂では、多くの女性たちが興奮した状態で雄たけびを上げていた。
それを冷静に見つめる女王と呼ばれる男がいる。いつかバレるかもしれないと内心ビクついているが、持ち前のポーカーフェイスで状況を整理していた。
組合アマゾネスの天敵と言えるドラゴンファングが崩壊した。
男がホテルへ逃げてきてから外へ出たことはないが、物資を探しに外へ出た女たちはドラゴンファングと交戦していた。何度か物資を略奪するときに出くわし、敗走を余儀なくされていたことが多かった。
そのドラゴンファング崩壊の話が、そこから逃げてきた女性の話で分かった。そして確認が取れ、本当のことだと分かったために、全員が雄たけびを上げて喜んでいたのだ。
「女王様、およろこびください。男共の組合が一つ潰れました。これでこの辺りは我々の天下でしょう。より多くの物資を運び入れるようにいたします」
「無茶はしないようにするんだ。お前たちが傷つくことが私にとって一番つらいからな」
「ありがたきお言葉。胸に刻んでおきます。それともう一つ情報があります。どうやら適合者と思わしき男がその場にいたとか。その者がドラゴンファングのボスを殺したようです」
「それは間違いないのか?」
「情報によると、適合者であることは否定したようです。ただ、ドラゴンファングの男達を一瞬で倒したとか。格闘技経験者崩れの暴走族ですが、その実力は本物。一瞬で倒せるのは適合者で間違いないかと。ただ、ボスのリュウガだけは銃で殺したみたいですが」
「銃で……? その男がどこに行ったのかは分からないのか?」
「申し訳ありません。どうやら崩壊時の混乱で逃げたようで、どこへ行ったかまでは分かっていないのです」
女王と呼ばれている男は考える。それを何とか利用して、自分もここから抜け出せないかと。
「男を捜索に行くなら私も行こう。お前たちにだけ危険なことをさせる訳にはいかない」
その言葉を聞いた複数の女性たちが倒れた。嬉しさで倒れたのだ。男にはもう慣れた風景だが、なにか変な薬でも飲んでいるんじゃないかと不安になる。それも顔には出さずに「ではよろしく頼む」と言って、男は食堂を出て行った。
(その男が適合者である可能性は高いけど、もう一つの可能性があるよな。銃を持ってるなら俺と同業って可能性だ。よし、同業の誼で助けてもらおう)
特に何も解決していないが、女王の足取りはちょっとだけ軽くなった。
警察署の武器保管庫。その扉の前で迷彩服を着た男女がぐったりと座っている。
「いや、そりゃまあ簡単に手に入るとは思ってなかったけど、警察署がゾンビに囲まれるとは思わなかったね」
「お姉ちゃんが見張りをちゃんとしてなかったからでしょ!」
「だって本物の銃があったら一番に撃ちたいじゃん!」
「じゃんけんで負けたんだから大人しく見張っててよ!」
そんな姉妹をなだめるチーム「ハッピートリガー」の男達。
本物の銃があるかもしれないと警察署に来たのはいいが、武器庫は電子ロックがされていて入ることはできなかった。そうこうしているうちに、警察署にゾンビが集まってきて出るに出れなくなってしまったのだ。
「でも、どうしようか? 武器庫にある本物の銃があれば、あんなゾンビなんてヘッドショットするのに……」
「BB弾じゃいくら当てても倒せないよね。とりあえず、ゾンビたちから見えない場所に移動して、いなくなるのを待つしかないよ。入口のバリケードはこのままにして、みんなで屋上に行こうか。あそこならゾンビから見えないし、もし入口のバリケードを破られても防衛しやすいし」
「それが一番いいよね。じゃあ、みんな、いこっか」
妹の案に乗り、「ハッピートリガー」のメンバーは屋上へ移動を始めた。
(なんであんなにゾンビがいるの?)
オーバーサイズの黒いパーカーを着た少女が、物陰からとあるマンションの入口を見ていた。
(明らかにあのマンションの周囲をぐるぐる回ってるよね? 警戒している? なんで?)
保護してもらおうと、殺し屋の住んでいるマンションまでやってきた少女は、その異様な光景に驚いていた。
ゾンビが意志を持ったように行動しているからだ。人を見ていないなら音がする方へ移動するはずが、いくら音を出してもマンションの周りをぐるぐる回っていて、その場を離れようとしない。
(アレはどういうことなのかな? 座って休憩しているようなゾンビもいるし、お菓子を食べてるゾンビもいる。人間ぽくてなんか不思議)
少女がそう思った瞬間、少女は背後から持ち上げられた。荷物を運ぶように肩に担がれたのだ。
「え! あ! ちょっと! 離せ!」
肩に担いだゾンビは少女の言うとことなんて無視して歩き出した。
ドラゴンファング跡地。そこにミカエルと呼ばれる少女が立っていた。
「なかなか大きな組織だったみたいだけど、崩壊する時は一瞬ね」
ミカエルは廃墟を見てそんなことを口にした。
ここはほかの組合の追随を許さないほど、物資があった。力を持って略奪した物資がほぼここに集まっていたのだ。だが、ボスであるリュウガが死んだことで秩序は崩壊。この場所にいた人間たちが秩序無く暴れ物資はすべて持ち去られた。
新しく組合を作る者、別の避難所へ逃げる者、自暴自棄になる者、その後の行動は色々だ。だが、ここに残る者はいなかった。
なぜならゾンビがいたからだ。
「ゾンビはどうやってここに入ったのかしらね? ここのボスを殺した男がゾンビを招き入れたのかしら?」
事情は分からないが、ここに一人の男が来た。そしてあっという間にボスを殺した。彼女にある情報はそれだけだ。
格闘技が強いここのボスが適合者なのかもと思い、目を付けていた。だが、死んでしまっては意味がない。ただ、ボスの情報は持ち帰ろうとこの廃墟に調べに来たのだ。
「おねえちゃーん、ボスの死体があったよ。でも、適合者じゃなかった」
「ありがとう、ガブリエル。ちなみに死因はなんだった?」
「銃で撃たれてた。胸に二発と頭に一発」
「確実に息の根を止める撃ち方ね。お父様が言ってた殺し屋なのかしら……? ところであの二人は?」
「どっか行っちゃった。でも、ボスの死体を探しているんだと思う」
「別々に探していたのね。でも、危ないかもしれないから三人一緒にいないとダメよ?」
「はーい」
返事はいいんだけどね、と思いながら周囲を見渡すと、二人が別の場所から走って向かっているのが見えた。
「おかえりなさい。何か情報はあった?」
「何もなかった。ごめんなさい、もう引きこもってていい?」
「ウリエルはこういうのは苦手なのかしら? えっと、ラファエルは?」
「ネイルサロン? という場所に行って来た。なんか楽しそうな雰囲気を感じたから行ってみたんだけど、顔がそっくりなゾンビが二人で楽しそうにしてたよ。ちょっとだけ眺めて、そのままにしてきた」
「まだここにゾンビがいたのね? でも、楽しそうな雰囲気か……ゾンビであることを受け入れて、自由気ままに生きているのね……うらやましいわ」
「やだな、お姉ちゃん。ゾンビなんだから死んでるんだよ?」
「……そうね、そのとおりね。それじゃ、ここはもういいわ。別のところへ行ってみましょうか」
ミカエルの言葉に三人が頷く。
四人はドラゴンファングの拠点を後にした。




