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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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軽い命

2019.04.21 3話投稿(2/3)

 

 俺が銃を抜いたら負ける。相手はそう思っているのだろう。だから絶え間なく攻撃して、銃を抜かせないようにしている。でも、それがいつまで持つかな。


 確かに俺は接近戦に強くない。素人相手になら圧倒できるが、相手がプロならかろうじて捌けるレベルだ。でも、適合者になったおかげか、息切れはしないな。長期戦になるほど、俺の有利っぽい。


「センジュちゃん、貴方、おかしくなーい? これだけ攻撃しても全然疲れたように見えないんだけどー?」


「企業秘密だ」


 だが、どうしよう。このままでも勝てる気はするが、あまり長引かせたくはないな。あっちの女を邪魔するためとはいえ、ゾンビがみんなで向かっている。周囲の混乱が少しだけ治まってきた。


 ドラゴンファングはここにいるだけが全部というわけじゃないだろうし、出来るだけ余計な戦いは避けたい。とっととこの双子を倒して逃げたいんだが。


 ……仕方ないな。一度は試そうと思っていたからちょうどいい。


「俺たちは殺し屋だ。どんな最後になってもお互いを恨まない。そのルールは理解しているよな?」


「……この世界に好きで入った人なんていないわ。死だけがこの世界から足を洗える唯一の方法。恨むどころか感謝するわ……って思うわよー、私も、あの子もねー。ただ、終わるならあの子と一緒のほうがいいかもー」


「わかった。その願いは聞き届けよう。逆に俺が死んだら、ショーケースの中の子をよろしく頼む。あの子は普通の子だ」


「わかったわー。大事に育てて、立派なネイルアーティストにしてあげるー」


「ぜひ、お願いする。本当、マジで」


 殺し屋なんてやるもんじゃないからな。もっと普通の仕事をしてほしい……世界はゾンビでいっぱいだけど、安全な場所でなら需要はあるはずだ。


 約束はした。決着をつけよう。


 何回か攻撃を捌いた後、女が俺の心臓に向けて突いてきた。それを躱さずに左の手のひらで受ける。鋭利な何かが手のひらを貫通した。


 分かってたけど、めちゃくちゃ痛い!


 だが相手の動きを止めた。相手の右手を握りこむようにして離れられないようにする。そしてそのまま相手の右腕を噛んだ。


「いったい!」


 その後、強い力で手を引っ込められた。そして距離を取られる。


「いったぁー! なにすんのー! 負けそうだからって女の子を噛むなんてひどいよー!」


 さすがに噛み切るようなことはしていない。だが、相手の右腕に歯形がついて、そこから少し血がにじみ出ている。これで勝負アリだ。


「すまないな。俺の勝ちだ」


「何を言ってるのー? 確かに距離を取ったけどー、この距離でも銃を抜こうとすれば阻止できるけどー?」


「なんで噛んだか分からないのか? 俺がどういう存在なのか、ちょっと考えれば分かると思うぞ?」


「本当に何を言ってるのー? ゾンビじゃあるまいし、噛んだところで何も――」


 そこまで言って、女は噛まれた場所を見た。そしてこちらを見て、驚愕の顔になる。直後に体温計のようなものを取り出して、自身の腕に当てた。数秒後、その体温計からピピッと音が鳴る。


 一体、何をしているのだろう? そもそもアレはなんだ?


「本当だ、私、感染してる……まさか、センジュちゃんは適合者? あの動画の女の子みたいに、意志を持ったままゾンビになったの?」


「正解だ。あの動画では5分程度だったが、お前がゾンビ化するのも時間の問題だ。どうする? このまま続けるか、それとも降参するか? 俺はどっちでも構わないぞ?」


 そうは言いながら降参してほしい。でも一応余裕は見せておこう。


「はは、ははは、あーあ、こんな最後なんてねー。まー、因果おーほーってやつよねー。殺し屋が孫に囲まれて大往生なんてあるわけないよねー」


「そうだな。俺もたぶん、ロクな死に方じゃないだろう。できれば普通に死にたいけど」


「センジュちゃんは偽善でもいいことしていたことには変わりないから、いい最後を迎えられるかもしれないわよー。はー、じゃあ、どうしようっかな?」


 明らかに女はやる気をなくしている。すでにこっちは見ておらず、ゾンビが群がっているもう一人の女のほうを見ているようだ。


「あーちゃん、ごめんー、私、もうダメみたいー。センジュちゃん、適合者で噛まれちゃったよー」


「うっそ、マジで? なら、諦めよっか?」


「そーだねー。でも、あーちゃんだけ生き延びてもいいよー?」


「生まれたときが一緒なんだから死ぬときも一緒でしょうが! あ、でも、噛まれるならむーちゃんに噛まれたいかな? このゾンビ共の中にはイケメンがいないし!」


 いままで戦っていた女が俺のほうを見た。つまり、あのゾンビを引かせろってことなのだろう。


「分かった。止まれ」


 あーちゃんと呼ばれた女を襲っていたゾンビは動きを止めた。


 死に方くらいは決めさせてやりたい。これも偽善なんだろう。命を奪っておいて、優しさを見せるなんて意味のない行為だ。でも、命のやり取りをした仲だ。敬意は払ってやりたい。


 ゾンビたちの間を通って、二人が近づいた。さっき使っていた体温計みたいなものを、見せているようだ。そもそもアレは何なのだろう?


「あっちゃー、本当に感染してるよ。儚い人生だったね」


「まー、悪くはなかったよー、あーちゃんと一緒だったし」


「当然っしょ。じゃあいいよ、あんまり痛くないように噛んで――いったい! 痛くないように噛んでって言ったじゃん!」


「それは無理だと思うー」


 噛まれた方の女が、体温計らしきものを腕に当てて、それを二人で覗き込むように見た。


「この感染力の強さはなんなの? もう、感染してんじゃん。あの博士って人も厄介なことをしてくれたもんだよね」


「だよねー」


 その後、二人はなぜか笑い出した。そして体温計らしきものと鍵をこっちに投げる。


「それは賞品。体温計っぽいのは相手の感染状況が分かるものだよ。緑は感染してない、赤は感染。使い方は簡単。体のどこかに当てればいいだけだから。鍵はそこのショーケースのカギだね」


「くれるのか?」


「もう持ってても仕方ないしねー。それに、あーちゃんの死に方を決めさせてくれたお礼だよー」


「分かった。貰っておく。でも、これってどこで作られたものなんだ?」


「それはバリケードの外で磔になってる男が持ってたものだねー、たぶん、アスクレピオスの関係者かなー?」


 磔にされているのは医者なのか? 磔にするよりも医者として使ったほうがいいと思うんだが……そう考えると、医者じゃなくてただの関係者か?


「それじゃ私たちはもう行くね。どれくらい持つか分からないけど、もっと静かなところでゾンビになりたいし」


「生前の記憶があるらしいからー、ネイルサロンへ行こうかー? あそこでの仕事が一番楽しかったしー」


「やっばい、その案、最高。よっし、それじゃすぐに向かうわよ! ……じゃーね、偽善者。殺し屋から足を洗えて感謝するわ」


「彼女さんと仲良くねー、でも、ロリコンはやめたほうがいいよー?」


「彼女じゃない。あと、ロリコンでもないぞ」


 その言葉に二人は笑うと、手をつないで出口とは別の方向へ歩いて行った。


 たぶんだが、あっちに非常用の出口があるのだろう。俺もそっちから出るか。おっと、その前にエルちゃんを助けよう。


 縦長のショーケースに入ったままエルちゃんはあの二人が向かった先を見ている。


 殺し屋同士のやり取り、そして生き様みたいなものを目のあたりにしてどう思ったかな。少なくとも、殺し屋なんてエルちゃんが想像しているような格好いい物じゃない。


 どうもエルちゃんは殺し屋をダークヒーロー的なものだと考えている気がする。そんなんじゃない。ただ命という物に希薄なだけ。ターゲットの命も、自分の命も、果てしなく軽い。


 そんな生き方をエルちゃんにはしてほしくないな。


 ショーケースの鍵を開けた。エルちゃんは外に出ると、黙ってこっちを見つめている。


「迎えにあがりましたよ、お姫様」


「センジュさんは、偽善者と言われる殺し屋なんですか?」


 渾身のギャグを無視されると、ものすごく恥ずかしいんだけど。でも、エルちゃんにとっては俺の正体のほうが大事か。


「そうだね。あえて言うつもりもなかったんだけど、どうもエルちゃんは殺し屋を勘違いしているようだから、目を覚まさせてあげようかと思ってね」


「勘違い?」


「そう、スーパーで言ってたよね。正義の殺し屋とかって。見てたでしょ? そんな殺し屋なんていない。いるのは、命を冒涜している殺し屋だけだよ」


「でも――センジュさんは助けに来てくれました」


「それはエルちゃんに恩があるからだよ。何の恩もなければ、エルちゃんを見捨てたよ」


「……恩?」


「まあ、それはどうでもいいよ。それじゃ、さっそく帰ろう。たぶん、ここもそろそろ危ないからね」


「危ないって……ドラゴンファングの人たちはほとんど壊滅状態ですよね? 何人かはすでにゾンビになってるみたいですし」


 だから危ないんだよね。ドラゴンファングはそれなりの秩序を保っていた。それがなくなれば、このバリケードの中がどうなるか分かったもんじゃない。まあ、その混乱に乗じて逃げるのが一番だろう。


「さあ、行くよ、エルちゃん。話はマンションに帰ってからだ」


「はい……そうだ、近くの部屋に物資があるみたいですけど、持てるだけ持ってきます?」


 相変わらずだな。でも、その案は賛成だ。


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