ゾンビの支配者
おやっさんはいい人だと思う。それに信用できる人だとも思ってる。
でも、人は裏切る可能性がある。他人のためにすべてを投げ出せる奴なんていない。たとえば大事な人が人質になった時、簡単に裏切るだろう。それが悪いなんて言わない。俺だってそうする。
だからこそ、信用できない。最初から信用しなければ、裏切られたと思うこともないだろう。
殺し屋になる前、仲良くしていた親せき連中は、くだらない理由で両親を殺した。
殺し屋は依頼人のことは話さない。だが、俺の両親を殺した殺し屋、今の俺の上司は教えてくれた。
「お前には復讐する権利がある。私でも依頼者でもどっちでもいい。もちろん両方でもな」
殺し屋の訓練を始める前にそう言って、すべての情報をくれた。復讐することだけを胸に抱いて生きてきた。だからあの何度も死ぬような特訓にも絶えた。
でも徐々にどうでも良くなった。
人の命を奪いすぎておかしくなったのか、こんな簡単に人が殺せるのか、と思ってからは復讐心が揺らいだ。
いつでも、どこでも、俺が思ったときに殺せる。お前たちが生きていられるのは俺のきまぐれだ、と考えるようになったからかもしれない。生殺与奪の権限は俺が持っている、そう思っただけで復讐心は和らいだ。いつかはやるかもしれなかったが、今日じゃなくていい、そう思って見逃してやった。
そもそもあいつらを信用しちゃいけなかった。信用した両親が悪いなんて思ってない。俺だって信用してたし。でも、見る目がなかったといえば、まさにその通りだ。
相手が信用できるかどうかなんて、絶対に分かるもんじゃない。だったら最初から信用しないほうがいい。
変なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「おい、センジュ、さっきから黙っているが、どうした?」
おっといけね、考えすぎて返答してなかった。
「おやっさん、ありがたい申し出だけど、やめておくよ。俺は一人が好きでね」
「……そうか、まあ、そんな答えになるとは思ってたよ。なら手向けに車を用意してやる。どうせここにある車を全部は持って行けねぇからな、あまりもんでよければくれてやるから持っていきな」
「それは助かる」
ありがたい話だ。おやっさんが言っている通り、俺のことを信用してくれているのだろう。
そうだ。おやっさんは知り合いの中じゃ信用できるほうだ。エルちゃんのことを頼んでみよう。俺と一緒にいる限り、世界を救おうとか言い出すから、おやっさんに預けてしまったほうがいいかもしれない。
「なあ、おやっさん。悪いけど、一つ頼まれてくれないか? これから助けにいく女の子をここで保護してもらいたいんだよ」
「ああ? 女の子?」
「高校生くらいの女の子だ。殺し屋に憧れているから困ってるんだよ」
「いや、おめぇ、そんな子を連れてこられてもこっちが困っちまうよ」
「マンションにあるビールを全部やるから。それにショッピングモールへ行くつもりだから物資も持ってくるぞ?」
「そうなのか? それなら確かに悪い取引じゃねぇが。でも、こんな男ばっかのむさくるしいところに女の子一人はまずいだろ? それに本人が嫌がるんじゃないか?」
確かにその問題はある。おやっさんは大丈夫だろうけど、ここにいる奴らは若い男だからな。間違いがあってもおかしくはない。でも、それはどこでも一緒だ。ここでダメなら他でもダメだろう。
それに嫌がるというのは間違いないな。俺に世界を救って欲しいみたいだし。でも、俺はそんなことはしないって決めてる。本人が嫌がっても、俺がいなくなれば問題は解決だ。エルちゃんが一人で俺を探しに来る可能性はあるが、そこまで面倒はみきれない。
決まりだな。一番安心できそうなここに託すほうがいい。おやっさんが目を光らせている間は男達も大丈夫だと思う。
「とりあえず連れてくるからよろしく頼む……ところで、その銃はもう大丈夫なのか? いつの間にか組み立て終わっているみたいだけど」
「ああ、使える部分はそのままに、壊れたところは新品と交換しておいた。同じ銃を渡すほうが手っ取り早いんだが、これをそのまま使いたいんだろ?」
「そうだな、一緒に死線をくぐり抜けた仲だ。何度も命を救ってくれた相棒みたいなものだからな」
「ならもっと大事に扱え」
「扱ってるって。おやっさんに教わった手入れのやり方をずっとやってんだぞ?」
「それは見れば分かる。だが、使い方が雑だ」
「それは俺を狙ってくる殺し屋に言ってくれよ。優雅に戦って返り討ちに出来るような相手じゃないし」
「そりゃそうか」
おやっさんはそう言って、ガハハと笑った。でもすぐに真面目そうな顔でこちらを見つめてきた。
「でもな、センジュ。俺たちと一緒に行かねぇのなら、その銃のメンテナンスは出来なくなるんだぜ? 俺がここにいる間は大丈夫だが、いなくなった後のことも考えておけよ?」
「大丈夫だよ。どうせこれを使うのも今日が最後だ。今日だけ使えればいい」
そもそも殺し屋なんて辞めたんだ。今回は例外だし、これは護身用だ。よほどのことがない限り使わない。
おやっさんから銃を受け取り、弾倉に弾が入っているのを確認してから、脇下のホルスターへ入れる。
そしてスーツのジャケットを羽織り、ボタンを閉じた。ジャケットは三つボタンで閉じるのは上二つだけだ。一番下は閉じない。これがオシャレ。
予備の弾倉もあるし、あくまでも護身用だからこれで問題ないだろう。
おやっさんがそんな俺を見て、モジャモジャの髭に触れた。
「相変わらず、仕事着はスーツか」
「サラリーマンに見えるだろ? 本当はこれにソフトハットでも被りたいんだが、それはやめてる」
「なんだ、マフィアにでも憧れてんのか?」
「まあ、そんなところだが、目立つのは良くないからな。今はゾンビパンデミックで命からがら逃げだしたサラリーマンという感じだ」
マフィアのやってることはともかく、オシャレだとは思うんだけどな。こんなことになる前だったら、ダンディズムを極めたかった。
さて、装備は整った。あとはドラゴンファングの溜まり場を調べないとな。
マンションに戻ると、情報収集を依頼したゾンビから紙を渡された。
紙には「繁華街にある地下クラブ『エルドラド』がドラゴンファングの拠点」と書かれていた。
かなり驚いた。本当にやってくれるとは。しかもこんな短時間に。
どうやって調べたのかを紙に書いてもらったら、周辺のゾンビに聞いた、らしい。
……ちょっと理解が追い付かないのだが、もしかして、ゾンビ同士って話が出来るのか?
本当にこいつらって死んでいるのだろうか? もしかして自分の意志で何もできないようにされているだけなのか? 心臓は止まっているし、脈もないから死んではいると思うんだが。
……いや、それは後回しにしよう。まずはエルちゃんを救出しないと。それに、事情はともかく、このゾンビたちはかなり使える。上手くすれば、それほど苦労なくエルちゃんを救えるかも。
うん、ゾンビたちも連れて行こう。
ゾンビたちを引き連れて、繁華街のほうへやってきた。
どうやら繁華街へ行くための道路を壊れた車で封鎖して、ゾンビが入って来れないようにしているみたいだ。
壊れた車が何台も重なったようなバリケードにゾンビたちは何もできず、車を叩きながら呻いているだけだ。向こう側へ行こうとしているが、どうやら重なった車を登って向こうへ行くという思考はないようだな。
ゾンビが邪魔であそこから入るのはちょっと無理っぽい。確かあいつらはバイクを使って移動していたはずだ。バイクが通れるような入口があるはずなんだが。
ここはゾンビたちに命令してその場所を探してもらおう。数人のゾンビに耳打ちするようにバイクが出入りできそうな入口を探してくれと伝えた。ゾンビたちは頷いてから散り散りにこの場を離れていく。
なんというか、すごいな。面倒なことを何の文句も言わずにやってくれるなんて。これじゃ、俺はゾンビの支配者のようなものだ。
適合者と言うのは全員がこういうことをできるのだろうか。できるなら適合者はゾンビの国を作れるぞ。王様が一人だけのつまらなそうな国ではあるが、王のためだけの国だ。ゾンビに絶対服従の命令が出せるなら誰もがやるだろうな。
いや、よく考えたら、ゾンビをけしかけて、恐怖で生き残った人たちを支配することも可能だろう。
数万人に一人とのことだが、適合者はそれなりの人数になるんじゃないか? なんだか面倒なことになりそうな気がする。とっとと田舎へ行きたい。そのためにも早くエルちゃんを助け出さないとな。
そんなことを考えていたら、ゾンビの一人が帰ってきた。
紙とペンを渡すと、地下鉄の出入口、と書いた。
なるほど、繁華街のエリアに行くには、地下鉄の出入口を使っているわけだ。それなりに広さがあったはずだから、バイクも通れるのだろう。
よし、俺もそこから侵入するか。




