ガンスミス
スーパーを後にして、マンションのほうへ向かって歩いている。
エルちゃんは暴走族の集団ドラゴンファングについて行った。
俺が捕まらないようにするためだろう。あのスーパーにいたのは自分だけ、ほかには誰もいないし、何もない、そんなふうに思わせてあいつらを撤収させたわけだ。
たぶんだが、エルちゃんは俺のことを、世界を救うために必要な人だとか思っているのだと思う。だから自分が危ない目にあったとしても俺だけは守ろうとしたんだ。
もしかしたら俺なら助けてくれるとか思った可能性もある。あの場で相手の情報を聞き出していたからな。あれは助けに来てくれというサインなのだろう。
俺が殺し屋だったのは知らないはず。でもゾンビを操れるのは知ってるから、それを使って何とかしてくれると思っていたに違いない。
こんなご時世に女の子が一人、屈強そうな男について行くなんてなんて無謀なんだろう。俺なら絶対にやらない。だいたい、俺がエルちゃんを見捨てて逃げたらどうするんだろうね。
これがエルちゃんの思っている正義なのかな。弱きを助け、強きを挫くってやつ。
自分の中に正義というかルールがあるのは構わない。俺にだってある。でも、それを人に押し付けるのはどうかと思う。それともルールと言うよりは憧れの人のようになりたいと思っていて、その人ならこうすると思ったのかもしれないな。
その憧れの人は自分のことだけしか考えていないのに。
そもそも命を助けられたからと言って殺し屋になりたいと思うか? どれだけ脳内補完されているんだよ。
ここは大人として未来ある若者にちゃんと教えてあげないといけないな。普通に働くことのほうがどれだけ尊くて素晴らしいことかをエルちゃんに分からせないと。
仕方ない。面倒だけど、エルちゃんを説教してあげないとな。殺し屋なんてダメだと。ちゃんと大人としてエルちゃんを正しい道へ進ませよう。
マンションに戻り、クローゼットから愛用の銃を取り出した。
懇意にしているおやっさんのオリジナル。名前は「桶狭間」とか言ったっけ?
おやっさんは戦国かぶれだからそういう名前を付けるのが好きだ。戦国武将のことを聞いたら止まらないから絶対に聞かない。だいたい名前なんてどうでもいい。俺は単純に扱いやすいから使っているだけ。
あまり銃には詳しくはないが、ハッシュパピーとかいう銃をベースにしているとか。ちゃんとサウンドサプレッサーがついていて音もかなり抑えられるから個人的には好きだ。
前の仕事でちょっと無茶な使い方をしたから修理をしないといけない。おやっさんしか直せないんだが、まだ生きているだろうか。
スマホを取り出して、電話帳から目当ての名前を見つける。
ガンスミスと書かれている名前を選んだ。
一応、呼び出し音は鳴っている。電話の基地局とかはまだ大丈夫なのだろう。
五回目の呼び出し音が鳴った後につながったようだ。
「おやっさん、俺だけど。まだ生きてるか?」
「おめぇ、センジュか? ハハッ、生きてたか! まあ、おめぇが死ぬわけねぇわな。ゾンビなんかに噛まれるわけがねぇ」
いや、噛まれたけどね。でも、あの白い女の子はゾンビとは言い難い。ギリギリゾンビには噛まれていないといっていいはず。
「おやっさんも無事そうで何よりだ。それで悪いんだけど、銃の修理を頼めるか?」
「なに言ってんだ? こんなゾンビがあふれている状態で仕事でもする気かよ? あ、いや、ゾンビがいるから銃の手入れが必要なのか。それとも、どこかの警察署でも襲うのか? なら一枚かませろ。こっちも色々と武器が必要だからよ」
「そうじゃない。なんというか、ちょっと知り合いが危ないみたいだから助けに……いや違うな、ちょっと変な子だから、教育をしてやろうかと思って」
おやっさんが電話の向こうで絶句している感じだ。変なこと言ったかな。
「もしかしてどっか噛まれたのか? お前がそんなこと言うなんて明日は槍が降ってくるだろうが」
「噛まれたらゾンビになるだろ。いいから修理をしてくれ。金なら払うから」
「馬鹿かお前、こんな状況で金なんか貰っても意味ねぇよ。俺に修理を依頼するならなにか食い物をよこせ」
「菓子かカップ麺しかないな。ああ、そうだ、おやっさん、酒は飲むよな? 銘柄は指定できないけど、缶ビールならどうだ?」
「本当か? 350mlなら10本は欲しいぜ?」
「交渉成立だ。これから向かうから頼むぞ」
「言ってみるもんだ。いいぜ、やってやるよ。すぐにもってこい。じゃあな、10本だぞ、10本!」
よし、さっそくおやっさんの工場へ行くか。
準備をしてマンションを出ると、ゾンビたちがうろうろしていた。命令通りに周囲を見回ってくれていたのだろう。
一応、生存者は噛んだりせずに捕まえておいてほしいと命令してあるが大丈夫だろうか。近くを通りかかっただけの人を噛んだら、ちょっといたたまれない。
それにほかにも心配事がある。そもそもゾンビだって行動するにはエネルギーが必要なはずだ。言葉にして言ったりはしないだろうが、疲れたり、お腹がすいたりする可能性はある。念のため食べ物を探したり、休憩したりするように命令しておくか。
そうだ、ドラゴンファングのことをゾンビに調べてもらおう。そもそもどこにいるか知らないから、エルちゃんを助けに行くとしてもまずはそれを調べないといけなかった。
……ゾンビでも調べられるだろうか?
よし、やるだけやってみるか。ダメもとでやってもらおう。
とりあえず、ドラゴンファングという暴走族の情報を集めて紙に書くように命令した。頷いていたから大丈夫だとは思うけど、上手くいくかね。
マンションから2kmほど離れた車の整備工場。ここがおやっさんがいる場所だ。100m四方の敷地を壁で囲っているから安全だとは思う。
でも、入口のゲートにゾンビが群がっている。30体くらいはいるだろうか。
結構頑丈そうなバリケードが張られていてゾンビの侵入を完全に阻止しているようだ。でも、これじゃ俺も入れない。どこから入ればいいんだ? 仕方ないから電話で聞くか。
スマホを取り出しておやっさんに電話をかける。
「工場まで来たんだがどこから入ればいい?」
「何を呑気に言ってんだ。みりゃわかんだろ、ゾンビに襲われててそれどころじゃねぇんだよ。しばらくは持つと思うがちょっと危なそうだぜ。せっかくいいもんを手に入れたのに、このまま終わっちまう可能性が高いな……いや、おめぇがいたな。ゲートにいるゾンビを追っ払ってくれねぇか? こっちの姿は見えないはずだから、音を出せばそっち寄ってくと思うんだが」
「俺を囮にする気かよ。まあいいや、その代わり、銃の修理は特急でお願いするぞ?」
「もちろんだ。よろしく頼むぞ」
なんだか面倒な時に来てしまった。だが、ちょっとは恩が売れるだろう。それに俺ならゾンビを追っ払うくらい簡単だからな。
とはいっても、ゾンビに命令できることはおやっさんにも知られたくはない。音を出してこっちにおびき寄せてから、どこかへ行くように命令するか。
丁度いいところに、ゴミ捨て場に焦げたフライパンがあった。燃えないゴミの日だったのだろう。それを拾って、近くの壁を叩いた。
その音にゾンビたちが反応する。一斉にこっちを向いた。
「おーい、こっちだぞ、寄ってこい」
これも命令だが、おやっさんたちにはゾンビの気を引いたくらいにしか思われないだろう。不思議に思われることはないはずだ。
そしてゾンビたちがゆっくりとこっちへ歩いてきた。これだけいると結構壮観だな。本来ならゾンビに捕まるようなことはないだろうけど、全員がこっちへ寄ってくるのを見ると相当な恐怖を感じるだろう。
さて、おやっさんたちから見えない場所まで行ってから、ゾンビに命令するか。




