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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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ドラゴンファング

 

 これ、どうすんの?


 エルちゃんが世界を救って欲しい理由はなんとなくわかった。俺が原因の可能性が5割くらい……いや、8割……いや、全部かな。


 俺、何してんの? 自分で自分のこと、殺し屋として3流とか言っちゃったよ。まあ、1流でも嫌だけど。というか、思い出した。施設で臓器売買をしている奴をターゲットにしたことがあったっけ。


 依頼料が結構よかったから引き受けたんだけど、ほかの依頼も平行でやってたから、疲れてて周囲への警戒が足らなかった気がする。クローゼットの中で息をひそめているなんて普通なら気付くのに。


 それはもう仕方ないことだとして、だ。


 エルちゃんは俺のことをヒーローか何かと勘違いしている。断言してもいい。あのターゲットをやるときに、人助けなんて考えたこともない。極悪人をやるのは依頼料がいいからと、ちょっとだけ罪悪感が薄れるからだ。それ以外の理由はない。


 しかし、参ったな。これはエルちゃんに俺が殺し屋であることを知られたらまずい。エルちゃんも本人を前に自分のヒーローです、なんて言ったことが分かったら、トラウマになるほどの赤っ恥だ。


 絶対に俺が偽善者と言われている殺し屋とばれてはいけない。


 でも、どうやってエルちゃんを説得する?


 たぶん、世界を救わないと正義の殺し屋になれないという謎理論を持っていることが理由なのだろう。そしてもう一つは、エルちゃんを助けた殺し屋、つまり俺をこんな世界から救おうとしているのかも。


 いい子なのかサイコパスなのか良く分からないな。8対2くらいでサイコパスのような気がする。大体、殺し屋に憧れている時点で限りなくサイコパスだ。


 そんなエルちゃんがミョルニルをこっちへ向けてきた。


「さあ、センジュさん。一緒に世界を救いましょう。センジュさんならできますって!」


「何を根拠に言っているのか分からないよ。前も言ったけど、どうやって救うんだい?」


「ゾンビに人間を襲うなと言うだけでいいじゃないですか。全世界のゾンビにそう命令するだけで人間は生き残れますよ」


 確かに可能性はある。でも、拡声器とか、動画配信とかそういうのを使ってもゾンビは命令を聞くのだろうか? そもそもどういう仕組みで命令を聞いてくれるのか分かってない。それにずっと命令が出来る保証はない。


 一番の問題は俺がそんなことを出来ると知られたら、俺を利用してゾンビを操ろうとする奴が出てくることだ。エルちゃんもその一人だけど、いろんな奴から狙われる立場になるのはもうごめんだ。


「エルちゃん、よく考えて。まず、ゾンビにどこまで命令できるかは分からないんだ。人間を襲うなと言っても、襲って来る可能性はある。お隣さんのゾンビにエルちゃんが命令したら襲ってきただろう? 一時的に命令を聞いてもらえても、いつ解除されるか分からないから確実じゃない」


「ならこれから検証すればいいんです。それに別の方法もあります。あの動画に出ていた博士とかいうゾンビがいるところを探して、ワクチンを作れって命令すればいいかもしれません」


 エルちゃんもその考えに行きついたか。すべてのゾンビに人間を襲うなと命令するよりは遥かにマシな案だ。でも、どこにいるか分からないから無理だな。そもそもワクチンが作れるかどうかも分からないし。


 それを言ってもエルちゃんは納得してくれなかった。


 若いなぁ。まあ、これくらいの子はそういうのに憧れたり、思い込みが激しかったりするから、考えが固定されちゃうんだろうな。それに俺がヒーローね。俺がその殺し屋だと知ったら幻滅しそうで怖い……いや、むしろ、そのほうがいいような気がしてきた。


 もしくは俺が殺しの技を教えてあげるから、それで我慢してって言ったほうが早いような気がする。


 ……よし、もうぶっちゃけよう。エルちゃんは致死量の恥をかくと思うけど、仕方ないよね。


「エルちゃん、よく聞いてくれ。実は――」


 その時、地響きのような音が聞こえた。それが段々と大きくなってくる。


「この音はなんだろう?」


「これ、私一度聞いたことがあります」


「そうなの? これって何の音? なんか近づいてきてるよね?」


「コンビニでもそうだったんですけど、これってたぶん、バイクの音ですよ。いわゆる暴走族ですね」


 暴走族? このバカでかい音が? こんなんじゃ近くのゾンビをおびき寄せることにならないか?


 そんなことを考えていたら、爆音と言ってもいいくらいうるさくなった。どうやらスーパーの駐車場で暴走行為をしているようだ。


 そして入り口のほうからガラスを叩く様な音が聞こえてくる。施錠した自動ドアを壊すつもりなのだろう。


龍牙りゅうがさん! 入口が施錠されてます! 中に誰かいますぜ!」


「そうか。なら捕まえろ。それに物資もあるだろうから奪いつくすぞ!」


 そんな声が聞こえてきた。これはまずい。略奪をメインにしている相手が俺たちを見つけたらどうなるか分かったもんじゃない。俺はともかくエルちゃんは女の子だ。なんとか守らないと。


「エルちゃん、さっきの話はまた今度にしよう。まずはどこかへ逃げないと」


「……分かりました。千載一遇のチャンスでしたが、仕方ありません。説得はまた別の日にします。絶対に諦めませんからね!」


 もう二人っきりにならないようにするけどね。交渉のテーブルにもつかないという手段は大人が良くやる手だから諦めてもらいたい。


 さて、どうするか。物資はないけど、入口を内側から施錠してあるなら、どこかに人が隠れているという判断なのだろう。よほどのことがない限り隅々まで探すはずだ。なら隠れてもあまり意味はないな。見つかるまでの時間が延びるだけだ。


 と言うことはとっとと逃げるに限る。


 このスーパーはふたつの入口がある。ひとつはシャッターも降ろしてあるからそこかは出るのは無理だ。無理に出ても駐車場に出るだけだから暴走族に見つかるだろう。


 となれば、客が使わない店員さんだけが使うような出入口を探すしかないな。そこからなら出れるかもしれない。どういう構造なのか分からないが、バックヤードを通るしかないだろう。


「エルちゃん、店員さんが使うような出入口がどの辺にあるか知ってる?」


「分かりません。でも、そういうのってお客さんが入ってくる入口とは反対の場所にあるんじゃないですかね?」


「なるほど、なら、それに賭けよう。バックヤードへの扉はいくつかあるみたいだけど、あそこの扉から入ろうか」


 そろそろ入口が壊されそうだ。急いで逃げよう。




 念のため、エルちゃんを前にして進む。エルちゃんの背後を守ろう。


 生鮮食品を商品にするような場所とか、事務室とか更衣室みたいな場所はあるのだが、肝心の出口がないな。もしかしてそういう出入口はない?


「センジュさん、あれって警備室みたいな感じですよ。あそこで店員カードとかを見せてから入るんじゃないですかね?」


 なるほど。1フロアだけどそれなりに大きいスーパーだから、そういうチェックする場所があるのだろう。なら、その横にある扉が外への出口か。


「良かった。これなら暴走族と鉢合わせせずに逃げられそうだね――」


 そう言った瞬間に、目の前にある扉が開いた。そして俺は突き飛ばされる。とっさのことなので良く分からなかったが、エルちゃんが俺を横に突き飛ばした?


「リュウガさん! 女が一人いましたぜ!」


 一人? もしかして扉から入ってきた男には俺が見えていなかった? そっか、横の通路に突き飛ばされて、男からは見えない位置なのか。エルちゃんはこれを狙って俺を突き飛ばしたんだ。なら、今のうちにもっと見えない場所へ移動しよう。


 通路の出っ張りがある場所が死角になっているので、そこに潜んだ。


「死ねぇ!」


 潜んだ直後にエルちゃんが男にバットで殴りかかる。だが、躱された。


「おいおい、姉ちゃん、物騒だな。残念だがそれじゃ誰も殺せねぇよ。だが、気にいったぜ。よし、お前ら、このお嬢さんを連れて行きな。丁重にな」


 別の男が現れたのか? 状況からすると、いましゃべったのがリュウガってやつか。裏口のほうへ来てたってことは、ここから誰かが逃げると思っていたのだろう。


「お断りします。貴方達のようなならず者と一緒に行く気はありません」


「……ハッハー! ますます気に入ったぜ! なら、ならず者のように力で言うことを聞かせてやる」


 姿は見えないが声からして相当でかい奴と見た。エルちゃんが敵うはずがない。ここは俺が出ていくべきだろう。


「その前に貴方のことを聞かせてください。そもそもどこの誰ですか? 私をどこへ連れて行く気なんです?」


「あん? まあいいだろ、ならず者でも名乗っておかないとな。俺たちはドラゴンファングだ。連れて行くのは俺たちの根城だな」


 ドラゴンファング? 暴走族の組合か。根城というと、地下闘技場とかいう場所か?


 それよりもエルちゃんはなんでそんなことを聞いているんだ?


 いや、そうか。ここじゃ俺が出て行っても敵わないから、後で助けに来て欲しいという意味だな。殺し屋であることをもっと早めに言っておけば、エルちゃんを矢面に立たせることもなかったのに。


「俺は強い奴が好きでな、アンタは女にしちゃ強そうだ。だから俺たちの根城に招待してやる。戦いてぇならそこで戦いな。ゾンビと戦って生き延びればそれなりに楽しい日々が送れるぜ?」


「何をするのかいまいち分かりませんが、こんな誰もいない場所にいるのも飽きたからついて行きます」


「こんな世界になってから女も強くなったもんだぜ。俺の嫁にしてやるか?」


「私はすでに身も心を捧げた人がいますので――セクハラしたら殺します」


「そりゃ残念。安心しな、無理にどうこうするつもりはねぇよ。だが、身を守りたきゃ、もっと強くなりな。いまは強い奴が偉いんだ。俺は手を出さねぇが、ほかの奴らはどうするか知らねぇからよ」


「覚えておきます」


 しばらく待つと、リュウガ達はエルちゃんを連れてここを出て行ったようだ。そしてまた爆音ともいえる音が聞こえて、遠ざかっていった。


 周囲に人の気配はない。どうやらドラゴンファングの奴らはここを去ったようだ。


 それにしても、エルちゃんに助けられるなんてな。たぶん、俺はゾンビに命令を出せるから何とかなると思ったんだろう。


 仕方ない。恩には恩を返すべきだろう。


 準備をしてからドラゴンファングとかいう奴らの根城に行くか。


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