偽善者
スーパーヴァルハラ。主婦たちの戦場とも言える場所だが、今は閑散としてる。
すでに略奪された後だった。キャベツの切れ端とか、空の棚に張られている3割引きの張り紙が物悲しい。アイス全品3割引きってマジか。
予想通りで泣けてくる。どう考えてもここを1週間放置するわけがない。ゾンビがいて中に入れないとか、そういう理由でなにか残っているのを期待していたんだけど、何もないな。
エルちゃんは入口を施錠してからこっちへ歩いてきた。
「何もないね」
「見えるところには何もないと思いますよ。コンビニだってそうでしたから」
「ならコンビニと同じようにバックヤードとかそういうところにはあるかな?」
「スーパーのバックヤードって入ったことはないですけど、ナマモノを扱ってるんじゃないですかね? たまに調理している人をガラス越しに見たことがありますけど。そういうところに食べ物があったとしても腐ってて食べられないと思いますよ」
「そっか。それじゃここは空振りかな」
「倉庫っぽいところはないですかね? レトルト食品とか缶詰があればいいんですけど。カップ麺かもしれませんが」
レトルト食品か缶詰か。それなら結構日持ちするだろう。ならそういう物を探すか。でも、倉庫ってどこだ? 外の駐車場にあった建物かな。
それじゃいったん外に出るか。
「エルちゃん、外に出よう――?」
なんだ? エルちゃんが掲示板のようなものを見ている? ついさっきまで普通に話をしていたのに、今はそれを食い入るように見ているようだ。
「何を見てるんだい?」
「ああ、いえ、ちょっとこれを見てました」
エルちゃんは掲示板に張られているポスターを指した。何のポスターだ? ずいぶんカラフルなポスターだけど。
詳しくはないけど、戦隊ヒーローもののポスターかな? 五人くらいの全身スーツを着たヒーローがそれぞれポーズを取っている。背後ではなぜか爆発しているようだが。
なにかのキャンペーンなのかな。シールを何枚か集めると色々なものと交換できるようだ。ヒーローとか怪人が描かれたお皿って欲しいかな……?
「えっと、エルちゃんはこういうのが好きなの?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけどね」
なら、どういう訳でこれを見ていたんだ?
「センジュさん、正義の味方っていると思いますか?」
え? 何その質問? いるとかいないとか考えたことがないんだけど。個人的な事情から言わせてもらえればいないな。いたら俺を助けてくれたはずだ。俺が知っているのは変な殺し屋たちだけ。
「まあ、いないんじゃないかな」
「なら悪者っていると思いますか?」
ええ? それも答えなきゃいけないのか? それはいるだろう。悪者はどこにでもいる。殺しを依頼してくる奴は大半が悪者だ。自分の手を汚さずに殺しを依頼する悪者。殺し屋もクズなら依頼者もクズだ。まあ、たまに正当な理由の復讐とか感情移入できる依頼もあるけど。
「いるんじゃないかな。悪い奴が捕まるニュースは毎日のようにやってるから……いや、やってたからね」
「なら正義の悪者っていると思いますか?」
いきなり矛盾してない? そもそも質問の意図が分からない。大体、正義の悪者ってなに?
「エルちゃん、ちょっと何言ってるか分からないんだけど?」
「ああ、そうですね。えっと、悪い人なんですけど、正義の味方っぽい人です」
いや、情報が増えてないと思うんだけど。しかも正義の味方っぽいって何?
「よく分からないね。具体的にはどういう人のことを指すんだい?」
「そうですね……人助けをする殺し屋さんみたいな人です」
「……はい?」
何言ってんのこの子? 人助けをする殺し屋さんって。そんなのいるわけない。自信を持って言える。殺し屋は人の命を奪ってお金を得ているようなクズで、人助けなんてしない。
「いると思いますか?」
「断言してもいいけど、いないね。殺し屋ってのは人の命を奪う人種でしょ? 人助けなんてしないよ。大体、なんでそのポスターを見ながらそんな質問してるの?」
「殺し屋さんが命の恩人だからですね。私にとって憧れのヒーローなんです。こういうのを見ると、それを思い出してしまって」
殺し屋が命の恩人?
「えっと、何があったか聞いてもいいのかな?」
「こんなところで話すことでもないんですけど、入口は施錠もしましたし、安全そうだから大丈夫ですね」
そう言ってエルちゃんは話し始めた。
どうやらエルちゃんがいた施設は数年前まで非合法なことをしていたらしい。養子縁組を隠れ蓑にした人身売買というか、臓器売買をしていたそうだ。エルちゃんもその候補としてどこかへ売られる寸前だったらしい。
ところが、売られる日の前夜。殺し屋が現れて、施設長を殺してしまったらしい。エルちゃんはそれをクローゼットに隠れて見ていたとか。
殺人現場の近くにいたエルちゃんが犯人として疑われたが、どう考えてもプロの手口ということで簡単に容疑は晴れた。そんなこともあって、エルちゃんがどこかへ売られることもなかったらしい。
「顔は見てません。暗かったし背中しか見えませんでしたから。でも、今でも覚えています。鮮やかに、そして一瞬で命を刈り取るあの姿。施設長は悲鳴も上げていないし、多分、死んだことにも気づかなかったくらいだと思います。時間にして数秒、すごいですよね!」
エルちゃんは恍惚な顔で語っている。
たしかにそれくらいやれる殺し屋はいるだろう。でも、素人に見られていたなんて3流だな。
でも、エルちゃん。俺は殺し屋だから事情は分かるけど、そういうのを一般の人に言うかな? めっちゃ引かれると思うんだけど。俺なんて殺し屋なのに引いたよ。
もしかしたら、あの会社に入る理由ってその殺し屋に会うためか? いや、それとも本人にスカウトされたか? 色々嗅ぎまわってその殺し屋に知られた可能性は高いな。だから、俺と同じように死ぬか殺し屋になるのかの選択を迫られたのかも。殺し屋は本当にろくなことをしない。
とりあえず、とぼけよう。殺し屋なんていないって感じに。
そして何を勘違いしているのか、それは正義でも人助けでもないことを教えてあげよう。殺し屋はターゲットを殺すことが仕事だからだ。エルちゃんのことなんか知らないだろうし、その施設長が何をしていたかも知らない可能性がある。単なる偶然。たまたまエルちゃんを救っただけのことだ。
「えっと、まず、殺し屋なんていないでしょ? それは何かの創作かい? エルちゃんが施設育ちなのは教えてもらったけど、何かの漫画か小説と混同してないよね?」
「本当の話ですよ。大体、ブラックホーネットって会社は殺し屋さんの会社ですからね? 実は私、殺し屋になるのが夢なんです」
なんとなくそう思っていたけど、ちゃんと言葉にして言われるときついものがあるね。夢であって欲しい。でも、なんでエルちゃんはさっきから暴露しているのだろうか?
「えっと? エルちゃん、さっきからなんでそんなことを言ってるのか分からないけど、それが本当だとしても、どうしてここで言うのかな?」
「交渉するためですね。私は正義の殺し屋になる夢をあきらめきれないんです。というわけで、センジュさん、一緒に世界を救いましょう。断ると……分かりますよね?」
エルちゃんはミョルニルを構えた。やる気かよ。交渉の意味を教えてあげたい。
一緒にスーパーに来るって言ったのはこのためか? でも、そんなのはマンションでも同じなんじゃ?
いや、マンションだとゾンビがいるし、逃げられやすいからか。ここならゾンビもいないし、バットを振り回せるほど広い。それに逃げようとしても入口は施錠したから逃げだせないと思っているのだろう。
正義の殺し屋なのに、人を脅すんかい、とツッコミたい。いや、殺し屋だから正しいのか? エルちゃんが見たという殺し屋は本当に余計なことをしたもんだ。
「えっと、殺し屋なんていないと思うけど、いたとしたらロクでもない奴だよ。エルちゃんを助けたという殺し屋も、正義の味方とか人助けがしたいなんて微塵もおもってなかったと思う。そんな変な夢は見ないほうがいい」
「そんなことはないです。私に声をかけてくれた殺し屋さんはちゃんと教えてくれましたので」
「教えた? 何を?」
「その人の二つ名です。その人は極悪人だけをターゲットにする殺し屋なんです。殺し屋だけど、人助けをする変わり者、弱きを助け、強きを挫く、そんな心優しい殺し屋さん……ほかの殺し屋さんからは嘲笑されて『偽善者』って呼ばれているみたいですけど、私にとっては命の恩人で最高に格好いいヒーローなんです! その人のためにもセンジュさんには世界を救ってもらいますよ!」
それ、俺のことなんだけど。




