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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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閑話:それぞれの事情

 

 コロシアムと呼ばれる場所で、一人の男がゾンビと戦っている。


 金網で隔離された場所で行われているその戦いを多くの人が興奮しながら見ていた。


 顔に入れ墨を入れたその男は、口元に笑みを浮かべながら、屈強そうなゾンビの顔に向かって右ストレートを放つ。


 その攻撃が直撃し、ゾンビは吹っ飛ぶように倒れこんだ。


 歓声が一際大きくなる。


(ハッハー、いい世界になったぜ! 相手を殺しちまってもかまわねぇなんてな! だが、こんなサンドバックのゾンビじゃ満足できねぇ! もっと強い奴、そう、強靭な肉体を持つとかいう適合者の奴と戦いてぇ! そいつをぶっ殺せば俺が最強だ!)


 男は右手をあげてその歓声に応えながら、そんなことを考えて凶悪に笑った。




 アスクレピオス記念病院。そのミーティングルームで何人かの医師や看護師が集まっていた。


 若き天才外科医と言われている男が眼鏡の位置をなおしながら、ほかの医師たちを見渡す。


「我々は人の怪我や病気による苦しみを救いたくてこの道へ入った。ならば、このゾンビというこの病気も我々が治すべきだろう」


 その言葉に全員が頷く。


「よろしい。ならば、まずは適合者とやらを探そう。それを解剖すればゾンビウィルスのワクチンが作れるかもしれない。なに、大義のためなら命くらい差し出してくれるだろう。多少の乱暴は構わないが生きたまま連れてくるのだ」


 その言葉にも全員が頷いた。そして男以外は病室を出ていく。


(適合者、進化した人間。それは私がなるべきものだ。ああ、早く進化の理論を知りたい。解剖して解剖して解剖して、必ずその理論を見つけてやる)


 男は眼鏡の下で鋭い目つきになった。だが、眼鏡をなおしたときには普通の目になっていた。




 ホテルの食堂に女性たちが集まっていた。一人だけが豪華な椅子に座り、ほかの者は片膝をついて頭を下げている。


「女王様。本日もご機嫌麗しく」


「すまないが、こういうのはもうやめてくれないか? 私に対しては普通にしてほしい」


「何をおっしゃいますか。私たちを助けてくださった女王様に無礼なことなどできません。それに女王様の美しさ、気高さに、正直、直視できないのです」


「そんなことはない。皆のほうが美しい」


 女王からの言葉に何人かは倒れる。彼女たちにとって、女王はすでに信仰の域に達していたのだ。


「なんとありがたきお言葉。しかし、本当の美とは女王様だけにあるのです。それを男どもは……ご安心ください。私たちが女王様を絶対にお守りいたします。あんな醜い男どもに女王様を渡してなるものですか」


 その言葉に全員が何度も頷く。


「そして女王様のために必ずワクチンを作って見せます。手掛かりは適合者でしょう。必ず女王様の御前に連れてまいりますので」


「そうか、ありがとう。でも、絶対に無理はしないように……さて、すまないが部屋に戻る」


 女王は椅子から立ち上がり、食堂を出て行った。そして廊下を歩きながら考える。


(俺、男なんだけど。確かに女顔だけど。ばれたらやばいよな、殺されるかもしんない。どうやって逃げ出そう)


 女王と呼ばれている男は重い足取りで部屋へ向かった。




 とあるビルの一室。迷彩服を着こんだ者たちが銃を構えて窓の外を見ていた。


 道路を歩いているゾンビの頭に向かって銃を撃つ。


 見事に当たったが、ゾンビはそれに気にすることもなく普通に歩いていた。


「やっぱりだめかぁ」


「お姉ちゃん、地球にやさしいBB弾じゃ当たってもゾンビは倒せないよ? やっぱり本物の銃じゃないと。あー、一度でいいから本物を撃ちたいなぁ」


「このばかちん!」


「あいた! なにすんの!」


「貴方には誇りはないの!? 本物の銃を撃ったら、それは軍隊でしょ! 私たちはモデルガンを撃つからサバイバルゲーマーなのよ!」


「ゾンビが溢れてるのになに言ってんの。大体、本物の銃があったら撃つでしょ?」


「いや、そりゃまあ撃つけど……でも本物の銃なんて、警官か自衛隊しか持ってないでしょ? なら今ある武器で何とかしないと!」


「だったらさー、警察署に行ってみない? もしかしたら、もしかするかもよ? それに警察署にある資料になら、銃を持ってる人の情報とか分かるかも」


「なによ、その銃を持っている人の情報って?」


「そりゃ、殺し屋よ、殺し屋。結構いるって噂なんだよね。そういう情報が警察署にはあるかもしれないよ?」


「胡散臭いわねー。でも、面白そうね。もしかしたら、本物の銃とかあるかもしれないし、行くだけ行ってみようか。食料が減ってきたし、籠城してても意味ないからね」


「決まりだね。それじゃみんなも行こうか。チーム『ハッピートリガー』の実力をゾンビたちに見せつけちゃおう! あ、撃っても意味ないから逃げる方向の実力を見せる感じで」


 周囲は姉妹の理論にちょっと呆れつつもチームリーダーの決定に従うのだった。




 整備工場に一人の男が駆け込んできた。


「おやっさん! やべよ! すげぇもん拾っちまった!」


「なんだよ、うるせぇな。昨日遅くまで車の解体をしてたから眠いんだよ」


 おやっさんと言われた男は、無精ひげをさすりながら、ソファーからゆっくりと体を起こす。そしてあくびをしながら入ってきた男を見た。


「聞いて驚けって――いや、見て驚けって。路上に置いてあったから乗ってきたんだよ!」


「なんかの高級車か? そんなもんより頑丈な車を持って来いよ。ゾンビに負けねぇ車を作るのが最優先だろうが」


「だからまずは見てくれって!」


「分かったから、引っ張んじゃねぇよ。一体何の車を見つけたんだよ?」


 男は連れられてガレージの外へ出た。そこにおいてあるものを見て、目を見開く。


「お前、これ――」


「名前はしらねぇけど、戦車だろ? これならゾンビにもまけねぇぜ!」


「銃器や大砲は使えないだろうが、装甲は頑丈だな。これを解体して車に取り付けるか」


「このまま使おうぜ!」


「アホ。こんな重い物じゃ移動が遅くて仕方ねぇよ。ゾンビに囲まれたら終わりなんだから、そこそこのスピードが出るようにしねぇとな。おら、さっそく解体をはじめっぞ。そうだ、あのキャンピングカーも持ってこい。あれに取り付けよう」


 整備工場にいる者たちは「おー」と言ってから、戦車の解体を始めた。




 とあるマンションの一室。その部屋ではキーボードを叩く音だけが響いていた。


「イエス!」


 キーボードを叩く少女は椅子の上で胡坐をかき、目を輝かせながらディスプレイを見つめていた。


「よっしゃ、ハッキング成功!」


 彼女は世界がこうなる前から色々な場所へハッキングしていた。その中で見つけた殺し屋の派遣会社ブラックホーネット。世界がこうなる少し前から、何度もハッキングに挑戦していたのだ。


「私の手にかかればこんなもんよ。あー、面白かった。でも、せめてこんなふうになる前にハッキングしたかったなー。どう考えてもセキュリティが甘くなってるし……まあ、いっか。この勝負、私の勝ちってことで。よし、勝者として色々見て回るぞー」


 彼女は殺し屋の情報をなんとなしに見つめている。そもそも情報が欲しくてハッキングしたのではなく、セキュリティを突破することだけが目的なので、すでに大半の興味は薄れていた。


 だが、一つのリストに目が留まる。


「殺し屋ランキング? どんな基準なのか知らないけど面白そーかな? えっと、1位は……え? なに? 入院中? 殺し屋って入院すんの? ないわー。じゃあ、2位はっと……二つ名は偽善者、名前は八卦千住ハッケセンジュ。へえ、極悪人しかやらない殺し屋ねー。でも、成功率は100%か、すげー」


 殺し屋の情報を読み終わったところで、マンションの外からうめき声が聞こえた。


「はぁ、ここもそろそろ危ないね。食料もないし、別のところへ避難するかなー。でもどこへ行けば――」


 ふと、殺し屋の情報に目がいく。その殺し屋が住んでいるマンションはここからそう遠くない場所だった。


「殺し屋だもん、ゾンビに後れを取ることなんてないよね。偽善者っていうほどだから助けてくれるかもしれない。おっし、殺し屋のいるマンションへ行くぞー」


 彼女は椅子から下りると、部屋を出る準備を始めた。




 とあるコンサートホールに多くの人が集まっていた。


 煌びやかな衣装を着た男がステージの上で両手を広げて注目を集めている。


「ゾンビの人権を認めましょう。彼らは生きている。彼らはウィルスに侵されただけの人間なのです。彼らと共存することが正しい道と言えるでしょう」


 その言葉に多くの人が頷いている。


「いつか、この病気を克服できるかもしれない。克服できなくても、意思の疎通ができるようになるかもしれない。可能性の話でしかありませんが、ゾンビを駆逐してしまえばその可能性すらなくなります。ゾンビになったからと言って親しかった人を殺せますか? 私には出来ない。いえ、人の心を持っているなら誰もが出来ないのです」


 賛同の声や拍手が大きくなる。


「我々で作り上げましょう。人とゾンビが共存できる世界を!」


 大きな歓声があがる。


 男は手を大きく振りながらステージを後にした。


 ステージ裏ではスーツを着た女性が男性を迎えた。


「お疲れ様です。いい演説でした」


「ありがとう。ところで、ゾンビたちを集められていますか? どうしようもない時は仕方ありませんが、極力殺さずに隔離していかないといけません」


「はい、問題ありません。ドーム型の球場に大音響の装置を置きましてゾンビを集めております。徐々に増えてきたとのことです」


「素晴らしい。では、もう一つのほうは?」


「申し訳ありません。やはり適合者は見つかりません。探してはいるのですが――」


「そうですか。数万人にひとりですからそう簡単には見つからないでしょう。ですが、可能な限り探してください。その人こそが我々の象徴となるべき方ですからね。そうそう、あの動画に出ていた白い少女たちに関しても情報を集めてください。あの方たちこそ、本当の天使なのかもしれませんから」


「はい、全力を尽くします」


 男は頷くと、控室のほうへ歩いて行った。




 シェルターの一室。


 そこにあるテーブルで20代くらいの男が優雅に食事をしていた。男の座っている後ろには料理人の恰好をしたゾンビが立っている。


「さすが有名料理店のシェフだね。最高の味だよ」


 男は料理人のゾンビにそういうが、ゾンビは何もせずに立っているだけだった。


 食事を終えると同時に、男の正面にある厳重そうなドアが真ん中で分れるように開いた。男は入ってくる者を見て、笑顔になる。


「やあ、仕事を果たしてくれたようだね。なかなか面白い動画だったよ」


「ありがとうございます。お父様」


 全体的に白い少女が四人、男の前に跪いた。


「さて、僕は死んだことになっているし、これでしばらくは安全だろう。僕のほうはいいから、頼んでおいた仕事を頼むよ」


「はい。ですが、良かったのですか? お父様のクローンとはいえ、あのような形でゾンビにしてしまっても。貴重なクローンを使ってまで死を偽装する必要はなかったと思うのですが」


「構わないよ。埋め込んだ記憶がリアルすぎて本当に僕だと思っていたみたいだからね、破棄するにはちょうどよかった。それに僕は殺し屋に狙われていてね、死を偽装しておかないと危ないんだよ。まあ、保険みたいなもだね」


「そういうことでしたか。では、私たちは次の仕事に取り掛かります」


「よろしくね。でも何度も言った通り、生きたまま捕まえてくるんだよ? その者の生きた臓器が必要だからね」


「はい。ゾンビに命令できる適合者を生きたまま捕まえる。その命令はしっかりと理解しております」


「そう、その適合者こそが、僕の進化を促してくれる最後のピースだ。君たちが死んだとしても必ず遂行するように」


「ご期待に添えるよう、頑張ります」


「うん、それじゃ頼むよ……ああ、君、この食器を片付けておいて。あと明日の朝にも料理を。明日はパンがいいかな」


 男が背後にいるコックのゾンビにそう言うと、ゾンビは何も言わずに食器を片付け始めた。




 1人の女性と3人の少女がシェルターの通路を出口へ向かって歩く。


 先頭を歩くロングヘアの女性、ミカエルの顔には何の感情もない。だが、その心の中は怒りの気持ちであふれていた。


(必ず殺してやる。でも、今はダメ。あいつの命令には抗えない。殺そうとしたところで絶対に失敗する。可能性があるなら、あいつよりも強力な命令を出せる適合者。私にあいつを殺せと命令させる。そんな人間を必ず見つけてやる)


「お姉ちゃん? どうかした?」


 三人の少女が服の裾を引っ張りながらミカエルのほうを心配そうに覗き込んでいた。その三人に笑顔で返す。


「何でもないわ。さあ、適合者を探しに行きましょう」


(私はどうなってもいい。でも、この子たちや海外にいる子たちだけは絶対に助ける。それが長女としての私の役目、死んでいった姉妹たちの望み。必ずあの男のくだらない野望を打ち砕いてみせる)


 ミカエルが壁にあるボタンを押すと、地響きをたてながらシェルターの扉が開いた。




 病院の一室。


 そこで女性が目を覚ました。


(なんだここ? 病院?)


 彼女は体がうまく動かせない。ぼーっとする頭で、なんでこんなことになっているのかを考えた。


 時間が経つごとに徐々に記憶が戻ってくる。そして完全に思い出したときには、凶悪な顔をしていた。


「センジュゥゥゥ! あの野郎、そばに毒を盛りやがったな! いい度胸してるじゃねぇか!」


 少しだけ体を動かすと、そばの小さなテーブルに置かれているスマホが見えた。充電コードがささったままでメール着信のランプが点滅している。


 うまく動かない体でそのスマホを手に取った。そして着信メールを見る。


「あの野郎、どうやら本気で俺とやりあうつもりらしいな。このメールは宣戦布告か。師匠越えが出来ると思ってるようなら、ちょっとわからせてやらねぇとなぁ!」


 女性はまだうまく動かない体のまま、ベッドから這い出て、部屋を出て行った。


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