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スローライフ・オブ・ザ・デッド  作者: ぺんぎん


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黒いスズメバチ

 

 夜。


 俺はコタツに入り、ポップコーンを食べている。そして目の前にいるのは、カップ麺を食べているエルちゃん。とてもいい匂いが俺の鼻をくすぐる。さらに麺をすする音が俺の腹まで刺激した。


 いや、べつにいいんだけどね。でもさ、お菓子以外があるならそっちをくれてもいいんじゃないかな? カップ麺ばかりだとダメだけど、たまに食べるなら最高のコストパフォーマンスを発揮する食べ物なんだよ?


「センジュさんの家にヤカンがなかったからちょっと残念だったんですよね。もう、硬い麺をかみ砕くしかないかなって。でもお隣さんの部屋にヤカンがあってよかったですよ」


 お隣さんは俺と同じ殺し屋のくせに、なぜかヤカンがあった。殺し屋のランキングは俺のほうが上だけど、ヤカンの有無で負けたような気がするのはなぜだろう。


 エルちゃんは普通にお隣さんのヤカンを使って水を沸かし、カップ麺を食べることに成功した。俺はポップコーンなのに。


「カップ麺ってまだあるの?」


「ありますよ。食べてるのはワカメが入っているものですが、チャーシューが入ったみそ味のカップ麺があります。おすすめです」


「えっと、それをくれたりは……?」


「タダでですか?」


 くそう。もうサイコパス認定して、やさしくするのやめようかな。いや、別にやさしくしてないけど。


 ちょっとため息をついたら、エルちゃんがクスクスと笑いをこらえる感じで体を震わせていた。


「もう、センジュさん、そんなに絶望的な顔にならないでくださいよ。もちろん、タダであげますから。ヤカンが小さいんで一人分しかお湯を沸かせなかったんですよ」


 エルちゃんがそう言うと、キッチンのほうからピーと音が鳴った。もしかしてヤカンでお湯を沸かしてた?


 エルちゃんは立ち上がり、キッチンへ向かう。少し待つとカップ麺を両手で持ってきて、ゆっくりとコタツの上に置いた。


「3分待ってください。あと、これ割りばしです。熱いから気を付けてくださいね」


「エルちゃん、結婚して」


 やべ、冗談だけど、これってセクハラか? つい口に出してしまったんだが。


 でも、エルちゃんは普通に笑っている。セーフだ。


「センジュさん、チョロすぎませんか? カップ麺にお湯を入れてきただけなのに。結婚詐欺とかに引っかからないようにしてくださいね……ちなみに年収ってどれくらいでした?」


 最後で台無しだけど、どうやら大丈夫みたいだ。女の子の些細な行動にもぐっとくる年頃なんだよね。もう25だからおじさんの領域に少しだけ踏み込んではいるけど……いや、ギリセーフだ。30まではお兄さんで行けるはず。


 それにしてもエルちゃんは冗談を言えるくらいになったようだ。ゾンビがあふれているから結婚詐欺はないだろうし、年収も意味はないから、おふざけで言ったんだと思う。


 久々に安全と言える場所で寝れるわけだし、お菓子以外の食べ物を食べたから、気が緩んだのかもしれないな。これが普段のエルちゃんなんだろう。


 うん、このままのエルちゃんでいてほしいものだ。


 それはいいとして、そろそろ3分になってしまう。ちょっと早めに食べるのが通の食べ方だ。


 うん、お菓子なんかよりは腹にたまる気がする。もったいないからスープまで全部飲もう。でも、塩分は控えたほうがいいかな。病院の組合は食料と引き換えじゃないと診てくれないようだし、病気になったらシャレにならん。あと、虫歯とかにも気を付けよう。虫歯になったら抜くしかないかもしれない。


 そういえば、コンビニに残してきた食べ物の中には他のカップ麺もあるのかな。焼きそばのカップ麺が個人的に好きなんだけど。


 そんなことを考えていたらあっという間に食べ終わってしまった。エルちゃんのほうも食べ終わったみたいだ。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした……お湯を入れただけですけど。今度、食材が手に入ったら料理を作ってあげますよ」


「マジで? よし、それならショッピングモールへ行こう。あそこならなんでもある」


 籠城するにもうってつけの場所だ。最終的には田舎のほうへ行きたいから、その前に色々と物資をそろえておきたいし、一度は行かないとな。決してエルちゃんの手料理が食べたいわけじゃない。


「ショッピングモールは全滅しましたよ?」


 一瞬、エルちゃんが何をいっているのか分からなかった。


 全滅した?


「え? なんで? 対ゾンビ最終防衛ラインだよ? ゾンビと言ったらショッピングモールって言うくらいなのに」


「そうなんですか? ネットの情報だと初日に多くの人がショッピングモールへ押しかけて、大混雑になったみたいです。人が多すぎて防衛できずにゾンビだらけになったらしいですよ。ちなみにホームセンター系もアウトです」


「ああ、そうなんだ。たぶんだけど、ゾンビ映画の弊害だね。みんなでここぞとばかりに行ってしまったんだろう。でも、初日か。みんな意外と行動力があるな」


 でも、待てよ? ゾンビはいるけど、物資はそのまま残っているということか? 俺だったら安全に行ける訳だし、これは逆にチャンスか?


 なんとか車を手に入れて、物資を積みこんで田舎のほうへ行けば目的を達成できそうだ。よし、明日にでも向かおう。


 そんな俺の気持ちに気づいたのか、エルちゃんはちょっとだけ真面目な顔をしてこっちを見つめている。


「食事の前にちょっといいましたけど、センジュさんは世界を救う気はないんですか?」


「そもそもどうやって救うんだい? 確かにゾンビに命令は出来るみたいだけど、どこまで命令できるか分からないし、あのゾンビが特殊なだけであって、全部のゾンビに命令できるかどうかも分からないよ?」


「それはそうなんですけど……もしかしてセンジュさんは元の世界に戻したいとは思っていないんですか?」


 これはどう答えるべきかな。本音でいえばこの状況のほうがいい。ほかの人達には悪いけど、自分以外のことはどうでもいいと思ってるから、世界のことよりも自分のことだ。


 こんな状況ならほかの同業者に狙われないし、のんびりと暮らせる。今後、どんどん生活の質は落ちていくだろうけど、食料さえ作れるようになれば、どうとでもなると思うし。


 でも、真面目にこんなことを言ったら、エルちゃんはどう思うだろうか。もしかしたらドン引きされて、嫌われるかもしれないな。


 ……いや、構わないか。これからずっと一緒にいる訳じゃない。俺と一緒に田舎へ行くわけでもないだろう。なら俺の本心を語っておくか。


「そうだね。俺はこっちの状況がいいから世界を元に戻そうとかは考えていないね」


「そうですか……」


 エルちゃんはうつむいてしまった。


 ふと思ったけど、エルちゃんは助けたい人がいるのだろうか? いや、いるな。よく考えたらエルちゃんは高校生だ。両親と暮らしているだろうし、友達もいるだろう。もしかしたら彼氏がいるのかもしれない。


 せめてエルちゃんを家へ送るとか、友達を探してあげるべきだろうか。それくらいならやってもいい。色々と物資を集めないといけないし、避難所みたいな場所も一度は行ってみる必要もあるからそのついでだ。


「エルちゃんは誰か助けたい人がいるのかい? それくらいなら手伝うよ? それとも、ご両親が家にいるのかな? 送ろうか?」


「それは別にいいです」


 顔をあげたエルちゃんから、予想と違う答えが返ってきた。


「両親はいないんですよ。私って捨て子だから、施設で育ったんですよね。施設にもいい思い出がないから、あそこにいる人たちがどうなっても別に構いませんね」


 冷めてるというかなんというか。明るい感じだったから意外だ。


「えっと、それは悪いことを聞いたね」


「気にしないでください。良くある話ですから。でも、仕事が決まりそうだったので、施設を出ていくところだったんですけど、こんなことになるなんて運がないですよね」


「ああ、うん、そうだね。えっと、それじゃ、友達とかは? 避難所に行くなら連れて行くよ?」


「いえ、友達なんていないから大丈夫です」


「えっと、それじゃ、彼氏とかは? あ、いや、これはセクハラ的な質問じゃなくてね……?」


「怯えないでくださいよ。分かってますから。生まれてこのかた、彼氏なんていたことありませんね」


 ちょっと自虐的な感じだ。やべぇ、俺、さっきからピンポイントで地雷を踏んでる?


 それはいいとして、施設の人たちはどうでも良くて、友達も彼氏もいない。それを鵜呑みにするのもどうかと思うけど、そんな状態でも世界を救いたいのだろうか?


「あの、エルちゃんは、どうして世界を救いたいの? その、聞いた限りだと、別に助けたい人がいる訳でもなさそうだし、このままの状態でも問題ないと思うんだけど?」


「え? 本気で言ってます? 人がひとりだけで生きていける訳ないじゃないですか。カップ麺にお湯を注ぐことはできますけど、カップ麺を作ることはできませんよ? それにいつゾンビに襲われるかもしれないという恐怖がありますからね」


 別にカップ麺を作れるようになる必要はないけど、確かにたまには食べたいかな。それにゾンビか。確かに襲われる危険がある。俺なんかは大丈夫だけど、一般人は夜に寝るのも一苦労だろう。


 エルちゃんは助けたい人がいる訳じゃないけど、元の生活に戻って欲しいと思っているだけなんだな。まあ、それが普通か。ちょっとだけ安心した。エルちゃんはサイコパスじゃない、普通の女の子だ。


「それにもうちょっとで就職できそうだったんですよね。世界が元に戻ったら就職試験をやり直してもらいたいと思ってるんですよ」


「へぇ、そんなにやりたい仕事なんだ?」


「まあ、そうですね。その準備も色々してたのに、今回の件で試験が失敗になりましたから」


「そうなんだ。こんな状況になっても諦めていないなんて、よほどその会社でやりたいことがあるんだね。ちなみになんて会社?」


「ブラックホーネットって会社です」


「……ごめん。よく聞こえなかったんだけど、もう1回言ってくれる?」


「ブラックホーネットです。黒いスズメバチって意味ですよ。有名じゃないですけど、とある業界では知る人ぞ知る有名な会社なんですよ」


 知ってる。俺が勤めてた会社だし。


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