表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/93

ゾンビパンデミック

 

 平日の昼下がり、コンビニへご飯を買いに行こうとしたら、ゾンビパンデミックの真っ最中でした。


 あれは控えめに言ってもゾンビだね。映画で見たことがあるからわかる。


 よし、予定を変更して家に閉じこもろう。


 ご飯を買いに行って、ゾンビのご飯になったらどうする。大丈夫。映画とは違うんだ。自衛隊が頑張ってくれる。数日部屋に籠れば平和な日常に戻るはずだ。ここはオートロックのマンションだし、俺の部屋は最上階の11階。よほどのことがない限りゾンビは入ってこれないはず。


 まずはネットで情報を得よう。たぶん、掲示板サイトに情報が載っているはず。それにゾンビ映画は結構見たから対処法は知っている。ゾンビの定番ならヘッドショットで一撃だ。


 あとはやってはいけないこともわかってる。


 知ってる人でも躊躇なく倒すことが大切だ。家族や恋人を倒せずに自分もゾンビになるというのはよくある話。もちろん疑わしい人も倒す。どう見ても噛まれているのに避難所へ受け入れるから問題が起きるんだ。怪我してるやつは隔離か追放。それと女性とイチャつかない。それは襲われるフラグ。


 おっといけない。そんなことを考えている暇があったらまず部屋に戻ろう。


 たとえゾンビがあふれる終末の世界でも、この俺、八卦千住ハッケセンジュは生き延びてみせるぞ!







 そんなふうに考えていた時期がありました。1分ほど前だけど。


 もう少し慎重になるべきだった。マンションへ戻ったらエレベーターの中にゾンビがいるなんて。しかも生命が終わっている感じの小さな女の子。あっという間に右腕を噛まれた。せめてもの救いは幼女だったことだろうか。ロリコンとかの意味じゃなくて、噛む力も弱いし、すぐに引き離せたという意味で。


 なんとか幼女をマンションから放り出して、正面入り口の扉を閉めてから施錠した。普段は開放されているけど、こんな時くらい鍵をかけても問題はないだろう。


 しかし、困ったな。マンションへ引き返しただけでゾンビに噛まれるなんて。すでにこのマンションの中にゾンビがいるという考えが全くなかった。でも、なんでこのマンションに幼女がいるんだ?


 このマンションはどう考えても一人暮らし用だから家族で住むような場所じゃないんだけど。あの子はマンションに住んでいた子なのだろうか?


 まあいいか。疑問に思ったところで、噛まれた事実は変わらない。


 儚い人生だったな。ブラックな企業でも頑張って働いていたのに、最後はこんなもんか。まあ、因果応報ともいえるな。俺にはお似合いな死に方だ。


 どれくらいでゾンビになるのだろう……いや、もしかしたら噛まれてもゾンビにはならないという可能性はあるか?


 死ななければ大丈夫みたいなパターン。そんな映画もあったような気がする。


 ここは予定通り部屋へ戻ってネットで調べよう。諦めるのは最後でいい。


 エレベーターに乗り、部屋のある11階まで戻る。


 今度は同じミスをしない。周囲をちゃんと確認してから通路へ出た。通路から外を眺めると、あちこちで火の手が上がっているようだ。それにヘリコプターもかなり飛んでいる。


 なんで部屋を出たときに、これに気づかなかったのだろうか。明らかにゾンビ映画っぽくなってるじゃないか。久々の休みで浮かれていたとか、起きたばかりでぼーっとしていたなんて言い訳にもならない。


 ドアの鍵を開けてから部屋に入る。そしてすぐにコタツの上にあるノートパソコンの電源を入れた。


 仕事でも使ってるノートパソコンだが、起動するまで時間が掛かる。その間に噛まれた腕の治療をしておこう。と言っても普通に水洗いをするだけだ。消毒液とかもってない。包帯どころか絆創膏すらない。仕事上、医療品は使うときもあるから買っておこうと何度も思ったんだけど。


 腕を良く洗った後、噛まれた部分を見た。そこから血がだらだらと流れている。噛まれた場所は右の前腕部分。服は長袖だったが、そんなのはなんの関係もなく幼女の歯が突き刺さった。


 映画によっては、噛まれた腕を切ってしまえばゾンビにならないとかあるけど、そんな事はできない。この部屋にはノコギリどころか、包丁すらないし。


 もう一度、噛まれた箇所をよく洗う。長袖を破り、それで傷の部分を押さえるように縛った。止血したところでどうにかなるか分からないが、やるだけやっておこう。


 止血をして洗面所から部屋へ戻ってきたら、パソコンが起動していた。


 すぐにゾンビについてチェックしようと思ったけど、よく考えたら先にやることがある。


 そう、見られたら困るフォルダだ。消しておくべきだろう。いざという時のために。ついでにネットの視聴履歴とかブックマークも念のため削除。立つ鳥、跡を濁さず。


 ……数分ですべて終わった。これで安心だ。


 さて、ネットで調べよう。


 調べようとしなくても、ニュースサイトのトップページにゾンビのことが書かれていた。


 家を出る前にこれを見ておくべきだったな。こういう時こそ、緊急災害情報とかスマホに送ってくれ。政府は何してんだ。


 適当にニュースサイトや掲示板を見て回る。


 ……なるほど。全世界的にパンデミックで、バイオテロの可能性があるらしい、と。それに家に鍵をかけて外へ出るな、か。食料とか無いんだけど――いかん、そもそもここじゃ籠城できない状態だった。


 次は感染経路を調べよう。


 情報を集めてみると、どうやら噛まれたり、引っかかれたりすると感染するらしい。空気感染じゃないのはありがたいが、すでに噛まれている俺には関係ないことか。


 どう考えても終わった。ゾンビになるまでの時間は人によって違うらしいが、最大でも3時間程度。早いと5分。


 こうなればヤケだ。


 掲示板に「幼女に噛まれたけど質問ある?」とかスレッドを立てたり、「かゆうま」とか書き込んだりしておこう。どうせゾンビになるならやりたい放題だ。「ゾンビなう」とかつぶやいてもいいな。いや、今時「なう」はないか。


 ゾンビになる直前まで書き込みをしていれば、なんとなく寂しくはない気がする。家族はいないし、友達もいない。ネットにいる見知らぬ人が友達と言えるだろう。一方通行の友達だけど。


 そうだ、ムカつく上司に罵倒メールを送るか。どうせゾンビになるんだから許される。ずっと仕事で、ひさしぶりに休暇をもらった日がこんな日になるなんて、上司が悪いに決まってる。


 そんな遊びをしていたら、段々噛まれたところが痛くなってきた。それに鼓動がわかるくらい速くなっている。


 死にたいとは思ったことないけど、もう諦めよう。仕事は好きじゃなかったし、とくに趣味もない。なら思い残すこともないだろう。復讐したいやつらはいるけど、どうせあいつらもこの状況では生き残れないはずだ。俺が手を下すまでもないさ。


 急に眠くなってきた。


 来世というものがあるかどうか知らないけど、あるといいな……特典付き異世界転生とかでもいい……そうしたら、今度はスローライフを送ろう……嫌な仕事をするのはもうたくさんだ……ああ、眠い……死ぬときってこんな感じなんだな……すごく静かだ……。







 頭がぼーっとする。やべ、よだれが垂れてた。


 ……あれ? 寝てた?


 どうやらコタツに突っ伏した感じで寝ていたらしい。ノートパソコンの電源がつけっぱなしだ。もしかして寝落ち?


 うわー、恥ずかしい。寝落ちしてゾンビパンデミックの夢を見るなんて。


 しかし、これだけ明確に覚えている夢って初めてだな。ああいうことが起きて欲しいと思っているんだろうか。仕事が休みになるならパンデミックはウェルカムだけど。


 パソコンの時計を見ると午前10時くらいだった。


 結構寝てたな。こんな体勢でよく寝れたもんだ。その割には体が痛くないけど。むしろ、気分爽快。


 あれ? なんだ、この日付? 覚えている日付よりも1週間ほど経ってるんだけど?


 やっべ仕事! 確か依頼があったはず!


 でも、パソコンの時間が間違ってなければ、1週間全く連絡しなかったんだよな? どう考えてもアウトじゃないか? 無断欠勤というか、依頼の失敗ということで。


 ……まあいいか。どうせ辞めたいと思っていた仕事だし、これはチャンスかもしれない。なにかの病気だとか言って辞めてしまえ。とは言っても、一度は会社に行かないとダメだろう。まずは病院かな。1週間も寝てしまう、もしくは気を失うなんて病気以外の何物でもないし。


 着替えを取り出すために、クローゼットを開ける。だが、そこでふと気づいた。


 右腕が破いた服で止血されている。


 あれ? 夢じゃない?


 包帯代わりに使った服をゆっくりと外して腕を見た。ものの見事に噛み跡がある。すでに治っている感じで痛みはない。


 もう一度ノートパソコンの前に座った。


 ニュースサイトを見ると、ゾンビのことが書かれていた。見られたら困るフォルダを確認しようとしたら無かった。掲示板で立てたスレッドを見ると幼女の容姿に関する質問が集中していた。ゾンビなう、が拡散されてた。過去最高の「いいね」と、かなりのコメントが付いている。上司に送った罵倒メールの返信はない。


 状況を整理しよう。


 夢じゃなかった。


 でもちょっと待ってくれ。


 夢じゃないなら噛まれたはずだ。噛まれた跡もくっきり残ってる。ゾンビになっていないとおかしいだろう?


 もしかしてあの幼女はゾンビじゃなかった?


 ……いや、ありえないな。あんな色白の女の子なんているとは思えないし、思いっきり噛んできたからな。知らない男の腕を噛む幼女なんてどこにもいないはず。


 なら、噛まれても感染しない?


 ……それもないな。ニュースサイトでは発症まで個人差はあるが、100%の確率でゾンビになると書かれている。


 どうしたものか――いや、ゾンビになるかどうかなんてどうでもいいことか。今、俺は生きている。それで十分じゃないか。いつかゾンビになるかもしれないけど、それまでは自由に生きよう。


 そう思ったら、なんとなく楽しくなってきた。そうだ、自由に生きるなら会社にも縛られない。こんな状況じゃ会社はもう機能していないだろうから、勝手に辞めていいはず。


 よし、今日付けで殺し屋なんて辞めよう。これからはやりたかったスローライフを目指すぞ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ