先生の決意
うん、一日で証拠写真撮れちゃった。奥さんはバイトが終わると直ぐに根取とホテルへ直行。店を出ると直ぐに腕を組んでおり、隠す気ゼロだ。
「後はホテルから出て来るところを撮ればオッケーだ。出来れば後三回は密会現場抑えておきたい」
後部座席でカメラを構えている晴野さんに声を掛ける。後部座席の方がカメラを構えていても目立たない。
それに、ここはホテル街だ。おっさんが運転する車の助手席にいたら変な誤解をされかねない。
「今回の写真だけじゃ駄目なんですか?」
浮気は常習性が立証されると、悪質と判断されて裁判で有利になる。一回だけだと『相談していただけ』とか「一時の間違いで、今は反省してまーす』と言い張る人がいるのだ……お前はラブホじゃなきゃ相談出来ないのかいって突っ込みたくなる。
「裁判対策と言い訳封じだよ。しかし、凄い色情霊の数だな……来世先生の奥さん色情霊に魅入られたのかも知れないぞ」
根取には数十体の色情霊が憑いていた。まるで色情霊のパレードである。あそこまで憑いていると並の霊能者では太刀打ち出来ない。ましてや並以下の俺だと自分や周囲に害が及んでしまう。
「それが真実だとしても、普通の人には下手な言い訳にしか聞こえませんよ」
うん、言われた方は絶対に納得出来ないと思う。第一、奥さん自身も魅入られた自覚がない筈。
「来世先生がバスケ部の顧問になった所為で、すれ違いが生じた。その寂しさを色情霊に付け込まれたんだろうな。そういや来世先生って、前はなに部の顧問だったんだ?」
学校の先生ってえらいと思う。運動部の顧問になると練習に顔をださなきゃいけないし、休日も練習試とかで潰れるそうだ。合来世先生はバスケの経験なそうだけど大丈夫なんだろうか?
「占い同好会とドール同好会ですよ。私の友達も入っていました」
同好会から運動部って無理がありすぎだろ。校長先生、無茶振りしすぎですぜ……俺も潜入捜査で会社員をした事があるから分かる。上司ってのは、そんなもんだ。
彼等には魔法の言葉がある。
それは『君に期待しているんだよ』だ。でも期待していても実績が伴わないと給料は上がらないのが実情。
何か失敗した日には『私の期待を裏切りおって』が発動するそうだ。
期待なんて最初からない。適材適所の人材を見つけられなかった時にでる言葉だ。
「占いか……晴野さんは何部だったの?」
もしもバスケ部のOGだったなら、かなり助かる。来世先生は仕事が忙し過ぎて報告や相談をする時間が中々とれない。でも、俺が女子高に行くと嫌でも目立つ。晴野さんなら卒業生だから母校に顔を出しても不自然ではない。
「合気道部でしたが、それがどうかしましたか?」
……あまり調子に乗って投げられない様にしよう。所長に護身術を叩き込まれたけど、自分の強さなんて分からない。逃げるが勝ち、それが俺の信条だ。
「来世先生忙しいから、学校へ調査の方針の相談や結果報告に行って欲しいんだよ。もしバスケ部のOGだったら、自然に接触出来ると思ったのさ」
「先輩が行っても大丈夫だと思いますよ。業者さんの中には男性の人もいましたよ」
……なんて羨ましい。でも、俺が行っても白い目で見られてお終いだと思う。
「俺じゃなく来世先生への配慮だよ。浮気調査の報告に探偵が来たってばれたらどうなる?桃花はお嬢様校だ。保護者から苦情が来かねないだろ」
女性教諭が妊娠しただけで苦情が来る世の中だ。来世先生をこれ以上苦しめる訳にはいかない。
「……そうですね。男性の先生に対する風辺りは確かに強かったです。寄付金を多額に出している企業からもクレームが来た事もありましたし」
桃花はスポーツにも力をいれており、企業から多額の寄付金をもらう事もあるそうだ。
うちの事務所も企業から依頼が来る事が度々ある。お得意先の企業とトラブりたくないので、桃花のホームページをチェック。
(流石は有名女子高、色んな企業から寄付金がきてるな……この会社は?)
皮肉というかなんとういうか、一番寄付をしていたのは根取の一族が経営している会社だった。
根取は奥さんを自宅まで送った後、そのままカフェにとんぼ返り。自宅を見張っていた文太の話によると、奥さんはその後ずっと寝ていたらしい。
どうもこれは普通の浮気じゃない気がする。でも来世先生が傷付く事には変わりない。
◇
調査する事一週間。証拠が山ほど集まった……毎回こうだと楽で良いんだどね。
まあ、中々面白い情報も手に入ったからよしとしておこう。
そしておじさんは女子高に来ています。正門からテンションがマックス……いや、正門に入った途端、テンションが下がりまくりです。
校内には嫉妬、憎しみ、不安、劣等感、様々な負の感情が渦巻いていた。
当たり前だけど同じくらい希望や友情といった正の感情も存在している。
性格には正の感情が強い分、府の感情が濃くなり、色んな所にこびりついているのだ。
(若い女の子も人間。清純で穢れを知らないなんて、男の勝手な妄想だよな)
とりあえず、言える事は長いすればするほどダメージを受けるって事だ。
「先輩、来世先生は面談室でお待ちだそうです」
最初は晴野さんに任せようとしたけど、流石に早過ぎるって事で俺も行く事になったのだ。名目は大学生活の報告及。俺はバイト先の付き添い……かなり怪しい言い訳だけど、桃花でバイトする生徒が少ないので特例となった。
「快くオッケーしてくれた校長先生に感謝だな」
校長は根取の頼みで、来世先生をバスケ部の顧問にしていたのだ。その際個人的にも寄付金をもらっていた。この辺りを説明したら、校長は快く許可してくれたのだ。ついでに校内に緘口令を敷く事も快諾してくれた。
ちなみに情報源は校長先生の守護霊。どこに証拠があるのかもきちんと教えてくれた……校長の守護霊も根取に憑いている色情霊を警戒していて、味方してくれたらしい
「ここが面談室です……失礼いたします。晴野です」
部屋を開けると、そこにいたのは真っ青な顔をした来世先生。浮気報告を何度もした俺には見慣れた表情だけど、初見の晴野さんは驚きを隠せずにいた。
喋り掛けようとする晴野さんを抑えて、来世先生の前に報告書を置く。
「見ないでも結果は分かっているようですね。後は貴方次第です。お望みなら腕の良い弁護士の先生を紹介しますよ」
こう何度も不倫を繰り返していると、根取につく弁護士はいないと思う。金さえ積めば、凄腕の弁護士を雇えるかもしれないが、流石に根取の家族も良い顔をしないと思う。
「根取君……なんで……友達だと思ってたのに」
話を聞いてみると、来世先生と根取は中学と高校でクラスメイトだったそうだ。つまり根取は来世先生の奥さんともクラスメイトだったと。
「昔の根取がどんな奴だったか分かりませんが、今のあいつは間違いなくクズですよ。あいつは何度も人妻に手を出しています」
旧友の奥さんって事も根取にしてみれば、色欲を刺激するスパイスでしかない。
「訴えて裁判に勝っても妻の気持ちは戻ってきませんよね……情けないでしょ?こんなに裏切られても、僕はまだ妻を嫌いになれないんです。愛しているんです」
来世先生はそう言うと大粒の涙をこぼした。こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、悔しそうに泣いていた。
「先輩、なんとかなりませんか?」
なんとか言われても俺はただの探偵である。それにこれ以上深入りするには所長や文太の許可が必要だ。
とりあえず、文太にお伺いをたててみる。
スマホの画面に表示されたのは『これ以上根取を放置すると新たな被害者が出るとの事。よって申請を許可するとの事です』まあ、あれだけ色情霊が集まっていれば、碌な事にならないよな。それに同じ男として来世先生を助けてあげたい。
「……奥さんの気持ちを取り戻したいですか?」
来世先生は力強くしっかりと頷いた。大船にのった気持ちでいて下さい。
後日、弁護士の先生を伴って浮気現場に突撃する事になった。
◇
……大船じゃなく泥船だったかも知れない。今回届いたキーアイテムは二つに分かれるハート型のペンダント。これ持って浮気現場に行くのか。