思記紙ガチャ
時津さんの件で神貨が三十枚支払われた。前から溜めておいた神貨と合わせて手持ちは八十枚。
(これでガチャが回せるな)
思記紙は店長の趣味でガチャを回さなければ手に入らないのだ。一回三枚、十連なら三十枚。ちなみに結界を張る縄は一セット五枚。耐用回数は一セット二十回である。今ある結界の耐用回数の限界が来ているから、二セット買っても十連ガチャが七回は回せる。
ガチャだけに当たり外れが大きく、使えない物も結構あるのだ。
今日は休みだし店に行こうかと考えていたら、スマホが振動した。
『平素使い魔文太をご愛用頂きありがとうございます。契約更新の時期になりましたので、お知らせいたします。今なら一括払い枚で五十九契約更新できます。契約更新の場合は“はい”をタッチして下さい 六鬼店店主より』
文太の契約手数料は一ヶ月神貨五枚、つまり今契約すると一枚お得と……霊絡みの依頼なんて滅多にないから、コツコツ溜めるしかない。
文太がいると探偵の仕事が楽になる。結界を買って文太の契約を更新すれば残り十一枚……一回だけ回しておくか。
ちなみに俺が今持っているのはNランクサイズNのコボルトと同じくNランクサイズSのすねこすりのみ。コボルトは匂いを追跡する事ができ、すねこすりは人間を転ばす事が出来る……っていうかそれしか出来ない。二枚とも大分前に手に入れたのだが、使う機会がなく手元に残っているのだ。
六鬼商店があるのは廃ビルの地下……正確には地下のボイラー室の中にある。この廃ビルには特殊な結界が張って有り、店主に認められた者しか入れない。
そして何かやらかすと会員資格を剥奪されてしまう。文太達使い魔は契約者を手助けすると同時に監視役も兼ねているのだ。
ボイラー室と書かれた扉を開ける。幸いにも扉はスムーズに開いた。
「いらっしゃいませ。おや、田中君じゃありませんか?貴方もガチャを回しに来たんですか?」
声を掛けた来たのはこの店の店主六鬼エーダンさん。ハーフで年はは五十代半ばだそうだ。ハーフの為かハリウッド俳優並みのイケメンである。
特徴は揉み上げから続くフルフェイスのひげと綺麗な茶髪。そして俺では絶対に敵わない魔力。本人いわく店長は趣味で、本業は魔術師らしい。
「いえ、結界を買いに来たんですが……ガチャですか?」
ふと横を見ると和風姫ガチャと書いてある。ピックアップ清姫と刑部姫……ネットに流出したら炎上しかねないぞ。
「ええ、顧客サービスの一環だと思って下さい。通常ガチャは八岐大蛇の確率が高くなっています」
この店のガチャにはちょっとしたからくりがあるのだ。高レアの思記紙は、確かに強力な攻撃方法を持っている。問題はそのサイズ。Sサイズは小動物位の大きさで、Nサイズは人間に相当する大きさ。Nの上のLサイズは大型動物程の大きさがある。屋外ならともかく、室内で象クラスの思記紙を使ったらとんでもない事になる。
ちなみに八岐大蛇のランクはPでサイズはSL、この大きさになると際限がない。八岐大蛇の大きさは伝承そのままで八つの山と八つの谷にわたるそうだ……どこで使っても災害を起こしてしまう。
「す、凄いですね。とりあえず一回だけ回します」
ここのガチャは昔からのガチャだ。早い話が駄菓子屋の店先にあったハンドル式のガチャである。スマホをガチャの機械にかざし、タッチパネルで一回を選択……ハイテクなんだかローテクなんだか分からない仕組みである。
思記紙はこれまた懐かしい球状のかプセルに入っている。下のカプセルが赤ならN、銅ならR、銀ならSR、金ならSSR、クリスタルならPRだそうだ。
ちなみに髪切りはR……俺はSRしか当てた事ないけど。
(使いやすい思記紙……来てくれ)
祈りながら回すと銀色のカプセルが出て来た。
「ほう、牡丹灯籠ですか。中々良いのを当てましたね」
説明書を見てみると男性の色情霊専用の思記紙だそうだ。使い道が限定されているけど、これは嬉しい……残りの神貨は八枚か。
「もう一回、やりますね」
今回すと手元に残る神貨は五枚。十一ヶ月で五十五枚溜めなきゃいけないのか……なんとかなるだろう。
そして再び銀色のカプセルが当たったのだ。しかも一番欲しかった思記紙である。
「獄卒城宮ですか。田中さんのお気に入りの思記紙ですよね」
城宮さんは閻魔様の下で働く鬼。筋骨隆々で家庭では良きパパさんらしい。そして髪切りと並んで俺が世話になっている思記紙である。
SRを二つも引けた。これはお祝いに刺身でも買って帰ろう。
◇
幸運は続く。今朝は嬉しい事に地下鉄で座れたのだ。目的地まで寝ようか、それともネットをチェックするべきか。
ワクワクしていたら、一人の青年が目の間に立った。前に起こしてあげた斉実実直君である。
実直君、朝から物凄く疲れてます。顔色は悪いし、足元もふらついている。
「良かったら座りませんか?」
小さな親切、大きなお世話ってやつかもしれない。でも仕事柄というか体力には自信がある。何よりこんな具合の悪そうな人が立っていたら、気持が休まらない。お婆ちゃんめちゃ頭下げてるし。
「ありがとうございます。二週間働き詰めで……仕事って大変なんですね」
二週間休みなしって、ブラックじゃん。そうこうしているうちに実直君は寝てしまい、前回と同じ駅で降りていった。
◇
うちの事務所は規模こそ小さいが、依頼はそれなりに多い。
今日やって来たのは、気の弱そうな男性。草食系の中の草食って感じだ。
「奥様の浮気調査ですか?」
依頼者の名前は来世環二十五歳。高校の先生をしているそうだ。
「は、はい。パートをしてから家事も疎かになってますし。僕が作った料理にも手を付けてくれないんです」
なんでも最近営みを拒否されるし、常にスマホを持ち歩く様になったとの事。既に黒いんですが。
「分かりました。調べてみましょう。それと奥さんが身に付けていた物は持ってきてくれましたか?」
身に付けていた物にはその人固有の霊気が残っている。霊気は個人によって違うので、尾行する時に役立つのだ。何より残留思念を読み取れば、隠し事が分かる。
「シュシュで良いでしょうか?」
……言い辛いけど、シュシュを見ただけ浮気の気配をビンビン感じます。黒で確定として後は証拠集めだ。
来世さんを見送り、晴野さんに調査方針を伝える。
「奥さんの名前は久夜。来世さんとは中学校で知り合ったそうだ。奥さんがパートに出たのは去年の四月。そして今年の三月から来世さんが運動部の顧問になり、その頃からすれ違い気味に。今年の四月から月奥さんの怪しい行動が目に着き始めたそうだ」
写真を見たが真面目で大人しそうな女性だ。最も、そんな人妻が好きだっていう碌でもない男が結構いる訳で。
しかし、ドラマでもこんな怪しさてんこ盛りのケースないぞ。でも、学校の先生って、かなりブラックだよな。
「来世先生……あんなに幸せそうだったのに」
来世先生の勤め先は、晴野さんの出身校でもある桃花女学院。男性で桃花の先生になるなんてかなり優秀でなきゃ無理だ。
「それで来世先生はどんな先生だったんだ?」
浮気には原因がある。それを伝えれば慰めにはならないが、気休めにはなる。
「えっと……滅多に怒らない優しい先生で、友達感覚で接する生徒が多かったですね」
目を泳がせながら説明する晴野さん。言い換えれば頼りなくて、生徒に舐められいたと。
奥さんはその辺に物足りなさを感じたんだろうか?……でもが生徒にツンと怒れば保護者から苦情が、奥さんに怒ればDVって言われるんだよね。
「取りあえず奥さんのパート先に行くぞ」
……まじか?奥さんを見つける前にとんでもない奴を見つけてしまった。根取数基。俺が以前調査した人妻キラーな男である。