見えて来た事実
今日の結界は、あくまで応急処置。普通の霊なら逝き先を示せば良いんだけど、生霊だと本人を説得する必要がある。
これが、かなり骨の折れる仕事なのだ。この店のお客さんは東京及び近郊に住んでいる成人男性。物凄い人数である。
運よく見つけても本人を説得するのが大変なのだ……『貴方、風俗店に生霊になって出てますよ。止めて下さい』なんて言葉を信じる人なんていないんだよな。
「もし例の客が店に来たら教えて下さい。尾行して素性を把握しますので……間違っても手は出さないで下さいよ。それとそのお客さんが指名していた女の子にそれとなく、話を聞いておいてもらえれば助かります」
相手がどこの誰だか分からなければ手の打ちようがない。霊能者なら素性が分かるまで待機していても許されるかもしれないが、俺は探偵だ。
探偵事務所は会社である。そして会社に務めている俺はサラリーマンだ……何もしないで待機していたら、良くてお小言下手したら首になってしまう。
「やくざに厳しいこのご時勢に『あんたとそっくりな幽霊がうちの店に出た。迷惑料払え』なんて因縁吹っかけたら、警察が飛んでくるよ」
最近のやくざは法律に詳しくて、どこからがアウトなのか良く熟知している。お抱えの弁護士がいる所も珍しくない。
「こっちも何か掴めたら連絡する。それじゃ、事務所に戻るぞ」
晴野さんを促して店から出る。一人ならさぼれるんだが、晴野さんがいたんじゃ流石に無理だ。それにこの件は早めになんとかしないと、取り返しのつかない事になる。
◇
事務所に戻り所長に結果を報告。報告書は晴野さんには丸投げして、俺は事件の解決の準備に入る。
「先輩、机の周りに縄を張ってなにをしているんですか?」
流石に初見だと奇異に映るらしく、晴野さんが質問してきた。
「結界だよ。今から数珠を外すから結界を張っておく必要があるんだ」
俺の机が離れているのは、結界を張る事が多いからだ。流石に事務所で文太は呼べないし。
パソコンを立ち上げ、ネット通販のサイトにアクセスする。そして数珠を外して、精神を集中。トランス状態にはいっていく。この間は記憶もなく無防備になってしまう。霊にとり憑かれる危険性があるから、結界は必須なのだ。
「米はネット通販で、霊を成仏させる道具を買ってるんだよ……っと目が覚めたみたいだ。桜、お茶でも淹れてやってくれ」
我に戻ったので、何を買ったのか確認する……表示されているのは、花柄のハンカチ。どう見ても十代の女性向けで、あのおっさんには似合わない。
「ここのブランド安くて、学生の時は良く使っていました……でも、このハンカチを買ってどうするですか?」
お茶を運んできた晴野さんが尋ねてきた……まだ、俺にも分からないのだ。その霊の事を思いながら、トランス状態に入る。そうすると、その霊にとって大切な何かを買えるのだ。思い入れのある道具や、大切な誰からもらったプレゼントと同じ物の時もある。
お経も唱えれず、尊さの欠片もない俺が霊を納得してもらうには、必要不可欠な儀式である。
「このハンカチがあの霊にとって大事な物なのさ……でも、どこかで見た事ある顔なんだよな」
芸能人に似ている訳でもないし、依頼主や調査対象でもない。でも、どこかで見た事があるのは確かだ。
「あの霊はもうお店に近づけないですよね?どうして、そんなに急ぐんですか?」
俺はあの霊に一度接触している。面倒な事になった場合、嫌でも関わらなきゃいけなくなるのだ。
「生霊に何かあると本体も影響を受けるんだよ。質の悪い霊に取り込まれたら、厄介な事になるのさ」
あの霊は店か風俗嬢、どちらかに何らかの執着を持っている。でも、結界をはったから店には入れない。店の周りをうりついている間に取り込まれてしまう危険性は十分ありうる。
◇
果報は寝て待てと言う……しかし、今回は寝るまでもなかった。
「仁、例の客が予約を入れたそうだ」
時津いう男性は開店と同時にお気に入りの風俗嬢を指名。予約した時間は十九時……会社から直行ですか。
時津以外にも開店を待ちわびていた客が大勢いたらしく、仁は上機嫌であった。
「それじゃ、尾行させてもらうよ。その嬢にも話を聞いておいてくれ」
今回は一人で仕事をする。流石に開店中の風俗店に晴野さんを連れて行くのはまずい。文太も五時以降は残業代を払わなきゃいけないので定時であがってもらった。一日八時間労働で週休二日制、有給あり。羨ましい位に好待遇の使い魔である。
裏口から入り、事務所で待機。
監視カメラで順番待ちの客が見れるんだけど、かなり盛況らしく、大勢の客が待っていた。全員にやけた顔をしており、同性として見るのが妙に忍びない。
「田中さん、あいつが時津です」
店長の視線の先にいたのは、誠実そうな五十代の男性。こんな言い方は変かもしれないが、風俗店には似つかわしくない人だ。身に付けているスーツや時計は一級品。でも、スーツの手入れが不十分なのか少しくたびれていた……でも、やっぱりどこかで見た事があるんだよな。
「一緒に出て来たのが指名した子か……年が違い過ぎて、親娘にしか見えないな」
時津の守護霊とコンタクトを取りたいんだけど、こうも人が多いと流石に無理だ。
(風俗嬢もどこかで見た事があるな……どこだっけ?)
そうこうしているうちに時津は嬢に別れを告げて店を出た……一瞬でにこやかな笑顔を消す風俗嬢が怖かったです。
尾行のついでに時津を霊視する。
(守護霊は祖父か……うん?あの娘は?)
守護霊の他に時津を見守っている二体の霊がいた。一人は妙齢の女性、もう一人は十代の少女なのだが、あの風俗嬢とどこか似ている。
文太がいれば話を聞けるんだけど、今から呼ぶと追加料金が発生してしまう。ここは大人しく尾行に集中しよう。
時津はどこにも寄り道をせず、真っ直ぐ帰宅。着いたのは閑静な住宅街にある一軒家。かなり大きめな家だけど、灯りがついていなかったので一人暮らしなのかもしれない。
その所為か庭が荒れている。
意外な事に掲げられた表札は時津であった……時津直か。どこで見たんだっけ。
周囲に身を隠す場所もなく、このまま監視していたら通報される危険性がある。
駅に着いて一休みしていたら、携帯が振動して着信を告げた。電話を掛けて来たの仁である。
「米、今大丈夫か?あのおっさん変な事言ってたらしいぞ。『今までありがとう。健康に気を付けてね』だってよ。それと毎回『車に気を付ける様に』って言ってたみたいだぜ」
車・親娘・時津……色んなピースが頭の中で一つになっていく。
「思い出した。あのおっさん、奥さんと娘をひき逃げされた人だ。確か犯人は未成年で飲酒運転だったんだよ。テレビで取り上げられたから、見覚えがあったんだ」
被害者の顔写真は出たけど、加害者は未成年だからって一切報道されず問題になっていた。
「マジか。今、検索してみる。確かに、娘とうちの嬢似ているな……おい、例の餓鬼近々少年院を出るぞ」
仁は職業柄、独自の情報網を持っているので確かな情報だと思う。しかし、嫌な予感がする。とりあえず、時津さんの現状を確認しないと。
「調査の延長をしても良いか?嫌な予感がする」
悲しいかな、探偵サラリーマン。仕事でなきゃ動けないのだ。
「こんな事で警察に睨まれたくないから、頼むわ」
事件を起こした犯人が足繁く通っていた風俗店。警察の調査が入るだろうし、客足も途絶えるだろう。何より、悲しみの連鎖は止めなきゃいけない。
ここからは時間との勝負だ。