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悲しい叫び

 北野さんから二人分のスイカを受け取り、行き先を記入する。このスイカは会社の物なので、帰って来たら北野きんこばんさんに返さなきゃいけない。勿論、予定外の移動があった場合は自主報告をしないと北野さんにしかられてしまう。


「今日は車じゃないんですか?」

 晴野さんが小首を傾げながら質問してきた。確かに探偵の仕事は車で移動する事の方が多い。


「今から行く店は駐車場がないんだよ。場所も駅の近くだから地下鉄を使った方が便利だし。コスパもいいんだ」

 特に後半が大切。都内の駐車場で地味に高いんだよな。田舎者には信じられない値段設定だったりする。

 今回は下見なので持って行くのは文太スマホくらいだ。

 晴野さんと二人で地下鉄に移動。どここうする気はないが、綺麗な女性と並んで歩くと年甲斐もなく心がウキウキする。


「さすがにこの時間は空いてますね……先輩は座らないんですか?」

 座席に座った晴野さんが不思議そうに声を掛けてきた……いや、隣に座って嫌な顔されたくないじゃん。気にしすぎかもしれないが、俺はマイナス感情に敏感なのだ。


「それじゃ失礼……やっぱり立ってるよ」

 窓ガラス超しに映ったカップルを見えて、座るのを止めた。一人は二十五歳男性、金髪で顔も服も軽薄な感じがする。反対に女性は清楚な感じで、整った顔立ちをしていた……そして左手の薬指に指輪をはめている。

(懲りないお坊ちゃまだね。また違う人妻に手を付けたのかよ)

 男の名前は根取こんとり数基かずき。親が会社を経営しており、そこで専務をしている。なんで詳しいかと言うと、前に依頼で調査をした事があるのだ。かなりの慰謝料を払ったっていうのに、懲りないというか……あれは、やばいな。

 呆れてしまったのか守護霊は姿を消し、大勢の色情霊が根取に取り憑いていた。

 ◇


 道路に面していて見つけやすいのは良いけど、この店に入るのハードルが高くないか。赤や黄色の派手な電飾にどこかで見た事がある様な萌え絵。そして大きく掲げられた制服パラダイスの看板……今回は裏口から入れるけど、人目が気になって正面からは無理だ。


「裏口はこっちみたいだな……恥ずかしいのは分かるけど、慣れないときついぞ」

 流石に恥ずかしいのか、晴野さんは顔を赤くしてうつむいている。


「慣れないとって、こういう店に関連した依頼って多いんですか?」

 ここからは綱渡りだ。出来るだけ性的言動を抑えて説明しなきゃいけない。頑張れ、俺。


「素行調査で関わる事があるぞ。旦那や彼氏が風俗店に通っていないかとか、奥さんや彼女が高額なブランド品を持っていたので調べて欲しいとかだ。他にも結婚前に親御さんが相手に怪しい経歴がないか調べて欲しいってのもあったし」

 この手の調査は杞憂に終わって良かったですねって事が少ない。風俗店が関わってなくても、別の問題が見つかるのだ。なにもなくても相手にばれると、疑われたとか無駄使いをしたと一悶着起きる。


「結婚相手の調査って……良い大人相手にですか?」

 若いな、素直にそう思った。まあ、この年で世事に詳しくても困るけど。


「ずっと彼女のいなかった息子が突然若くて可愛い婚約者を連れてきたら、誰でも心配するだろ」

 たいていは裏で本当の彼氏が糸を引いていたりする。

 風俗店とかで知り合っていた時は慎重に動かなきゃいけない。お店で知り合ったけど、本人達が真剣に愛してるって時は、当人同士に依頼の事を告げて口をつぐむ様にしている。

 他人の感情が見えて、良かったと思う数少ないパターンだ。ちなみに前者の場合は個人的な感情も加味して、お仕置きしている。


「それと幽霊が出るって言ってましたが、こういうお店にも霊が出るんですか?」

 晴野さんは恥ずかしいのか、少し顔を赤らめている。こういうお店って、どんなお店?具体的に言わせてみいたい……ドン引きされるから、やらないけど。


「どこにでもいるよ。風俗店に出る霊は女の子に救いを求めている霊が多いな」

 同性として非常に寂しい結果になるんだけどね。


「女の子に霊能力がなくてもですか?」

 なくても来ちゃうんだな。これが。


「この手のお店って男の欲を笑顔で受けいれてくれるだろ。そうすると自分自身を受け入れてくれたって勘違いする奴がいるんだよ。死んだけど誰も泣いてくれない。でも、もしかしてあの店のあの子ならってすがるのさ」

 結果、ホストの彼氏がいたり裏の顔を見たりして、打ちのめされるんだけどね。



 ◇

 休業中だけあり、店内は薄暗く空気もよどんでいる。


「田中さんですね。わ……佐間から話は伺っております。幽霊が出る部屋はこちらです」

 出て来たのは人の良さそうな青年。一見すると堅気に見えるけど、独特の迫力も持っている。風貌に騙されて強気に出たらアウトってやつだ。

 狭い廊下を通って案内されたのは二年三組と書かれた部屋……開けなくても分かる。この部屋には霊がいる。でも、何かがおかしい。


「お邪魔しますよ。生霊か……でも、この違和感はなんだ?」

 部屋にいたのは誠実そうな中年男性の生霊。彼から感じるのは色欲ではなく、寂寥感と心配。なにより己の無力を嘆いているのが分かる。


「……生霊ですか?野郎、なめた真似しやがって」

 おーい、地が出てますよ。もう、晴野さんが怯えてるじゃないか。


「おい、堅気の前で凄むなって教えているだろうが。それに氷室さんのとこには世話になってんだぞ……それで米、どうにかなりそうか?」

 店長を注意したのはいつの間にか来ていた仁だった。でも、仁君店長より君の方が怖いんですけど。


「部屋に対する執念は、そこまで強くないから定期的に空気を入れ替えて、掃除をすれば見えなくなると思う……でも、どっかで見た事がある顔なんだよ」

 根本的解決にならないけど、営業には支障をきたさないと思う。


「先輩、似顔絵を書けば、店長さんが思い出すんじゃないですか?」

 晴野さん、人間得手不得手があるんですよ。


「良いね。俺も久し振りに米の絵芸術作品が見たいな。でも、芸術的過ぎて誰か分からないだろうな」

 仁の言う通り、俺は絵を描くのが苦手だ。俺が書いたら猫も熊も犬も全部同じに見えるらしい。人に至っては本人が目の前にいても分からないレベルなのだ。


「心配しなくても最近は似顔絵アプリって物があるんだよ……こんな感じの人なんですが、見た事はありますか?」

 似顔絵アプリで書いたイラストを店長に見せる。


「……本当にこいつですか?ちょっと信じられないな」

 まあ、俺しか見えないんだし、信じてもらえない事は良くある。


「おい、俺のダチが嘘をついてるってのか?こいつの力は警察も信用してるんだぞ」

 ……警察っていっても二、三人だけどね。しかも公式ではなく、個人の雑談って形である。


「ち、違いますよ。このおっさんいつも同じ嬢を指名するんですけど、話だけして帰るです。設定も娘みたく話をして欲しいとかで」

 予約をする時は時津ときつただしという名前を名乗っていたらしい。でもこういう店で本名を名乗る奴は案外少ないそうだ。前に仁から聞いた事があるんだけど風俗店に来て話だけして帰る客は結構いるらしい。


「今から部屋に結界を張る。後は定期的に空気を入れ替えれば、見えなくなる筈だ」

 部屋に入り数珠を外した途端、胸を切り裂く様な悲しみが流れ込んできた。

 “会いたい、会いたい、会いたい……ごめんね、ごめんね、ごめんね……約束を守れなくて、守れなくてごめんね……”

 悲鳴にも近い感情が押し寄せ、気が遠くなっていく。


「主殿、主殿、しっかりして下さいませ。結界を張ったので、あの霊はもう近づけませぬぞ」

 文太の声でなんとか意識を取り戻す。今の悲痛な叫びは一体?


「米、ほら数珠だ。ったく、あまり心配させんなよ……よお、ぽん太久し振りだな」

 仁が数珠をはめてくれたお陰で一息つけた。今の悲痛な叫びは一体なんだったんだ?


「某の名前は文太!そんなコンビニカードみたいな名前でござらぬ……おっと無関係な御仁が入ってくるので、これにてご免」

 これはただ結界を張っただけでは終わりそうにない。


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