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おじさんラプソディー

 炭火焼きの焼き鳥にキンキンに冷えたビール。この二つがどれだけ多くの労働者を癒してきたのだろう。

 カリカリに焼けた鳥皮、適度な弾力を持ち噛めばジューシな肉汁が溢れ出すもも肉。旨味たっぷりのぽんじりやボリュームたっぷりなかしらも捨てがたい。

 それもこれも労働があっての美味さだ。自分で言うのもなんだが、今日も良く働いた。

 こんな日を自分にご褒美をあげよう……アパートに帰っても誰もいないし。


「また塩か。焼き鳥と言ったらタレだって前から言ってるだろ」

 声を掛けて来たのは高級スーツに身をつつんだ強面の男。事実こいつは堅気ではない。そして強面の癖に大の甘党。部下にしめしがつかないとの理由で俺をスイーツ巡りに付き合わせる程だ。


「若頭じゃないですか。良く俺がいる所が分かりましたね。それと俺は塩派、タレ派でもないんですよ。飲んでる酒やその時に食べたい味で選んでいるだけです」

 この男の名は佐間さまじん。見た目通り怖い職業である。


こめ、今日は誰も連れて来てないから普段通りの口調で良いぜ。それで今日はどんな気分でビールと焼き鳥なんだ」

 仁とは高校からの友人だ。二人の時ならため口で話すけど、仁の舎弟がいる前では敬語を使っている。


「労働の報酬さ。浮気調査が一件に素行調査が一件。もう足が棒だよ」

 陽春の光を浴びながら、コソコソと他人の後を尾行。ゴールが見えないから地味に疲れるのだ。

 素行調査は東京で働いている息子と連絡が取れないので調べて欲しいという物だった。蓋を開けてみたらびっくり。チャーミングデビルとかいう地下アイドルにはまり、ライブに通い詰めていたのだ。しかも、かなりの額をつぎこんでいる様子。


「探偵様も大変だね……ついでに俺からの依頼も受けてくれ」

 仁が何かを調べる時は若い衆を使う。それなのにわざわざ依頼して来たって事は……霊絡みか。


「別に悪い物は憑いてないぞ。怨まれてる気配もないし」

 もし恨まれていても危険なので首は突っ込みたくない。


「俺じゃねえよ。うちで経営している風俗店で目撃情報が多発してんだ。お陰で売り上げが右肩下がりさ」

 出るのは中年男性の霊で、お遊びしている最中に現れるらしい。幽霊に見られながらのプレイ……かなりマニアックな奴じゃなきゃ喜ばないよな。


「それじゃ事務所を通してくれ。名目はそうだな。女性従業員に対するストーカー行為の調査でいい」

 書類に残さないといけないから、幽霊調査とは書けない。これは俺の個人的事情も絡んでいる。


「相変わらず硬いな。取っ払いだと、丸儲けだろ?」

 確かに取っ払いでもらえるのは魅力的だ。でも、それをすると取り返しがつかない事になる。


「霊関係の依頼を個人で受け付けたら面倒な事になるんだよ。世間一般じゃ霊能者イコールお祓いなのさ。それになんでもかんでも霊の所為にする奴に依存されると面倒なんだよ。事務所をかませておいた方が安全なんだ」

 何より所長が怖い。あの人現役時代は武闘派でならしただけあり、今でも笑えない位強いんだぞ。まともに戦えば確実に負けるし、事務所をクビになってしまう。


「分かった。それなら店の無料券をやるよ」

 ……こいつわざと言ってるだろ?俺がエッチな店を使えない事を知っている癖に。


「前も言ったけど風俗店みたいな欲が充満している店で数珠を外したら、とんでもない事になるんだよ。おっさんのエロ顔がそこら中に見えるんだぞ」

 霊は手っ取り早く言えば残留思念だ。そして生きてる人間も残留思念を残していく。早い話が風俗店で数珠を外したら、そこら中がおっさんのエロ顔で埋め尽くされてしまうのだ。


「相変わらず面倒な体質だな。前の彼女と別れた理由もそれなんだろ?」

 前の彼女っていっても五年も前の話だ。俺は霊や残留思念の他に人の感情を見る事が出来る。普段は制御しているが、何気ない瞬間に相手の感情が見えてしまう事があるのだ。


「謝罪と裏切りが混じった感情が見えて、元カノの守護霊と目が合ったら浮気を謝罪されたんだよ。一回だけだから許そうと思ったんだけど、向こうが耐えられなくて終わりさ」

 全てが見透かされている様で怖いとの事……確かに隠し事は、知らない方が幸せだったって事の方が多い。でも探偵はそれをあばくプロなのだ。素人もとかのの隠蔽工作なんて簡単にあばけてしまう。


「取り敢えず明日電話するからな。今は改装中で店を休んでいるから、来るのは何時でも良いぞ」

 仁とは持ちつ持たれつと言うか、こいつと知り合いなお陰で厄介な人に絡まらずに済んでいる。


 ◇

 今日も地下鉄に揺られて出社。子供の頃はトレンチコートを着た探偵に憧れたけど、俺には笑える位似合わないのだ。本職なのにコスプレの探偵みたくなってしまう。

 何よりトレンチコートは目立つ。ちなみに仕事では地味なスーツを多用している。

 スーツは街中まちなかに溶け込もやすい服装だ。髪型を七三にして、黒縁の伊達メガネを掛けておけばお堅い職業に見える。


(スーツを着て地下鉄で定時出社……誰も俺を探偵だと思わないだろうな)

 中肉中背、人が良さそうが一番の褒め言葉な平凡な顔。どこからどう見ても、くたびれた中年サラリーマンにしか見えないだろう。

 月給取りだから、サラリーマンには間違いないんだけど……とりあえず今日は定時退社を目指そう。

 一番の違いは出世の見込みがない事と残業手当てがつかない事である。尾行なんて長期拘束が当たり前だし。まあ、それ分単価が高いけど。


(みんな疲れているな……希望に満ち溢れているのは、新社会人だろうな)

 俺にもあんな初々しい頃があったよなと感傷に浸っているとスマホが振動した。これは何かあった時の文太からの合図である。

 地下鉄でマナーモードにするのは基本だ。誰がどこで見ているか分からない。お得意様に見られたらまずいし、ネットに顔写メが拡散されたら商売あがったりだ。

(……右前を見て下さいか)

 言われた方向を見ているとお婆さんの霊が座席で居眠りをしている青年を起こそうとしていた。多分、青年の守護霊なんだろう。もうすぐで次の駅に着いてしまう。

 ……お節介を焼くか。


「すいません、もう少しで降りる駅なんじゃないですか?」

 俺が声を掛けると、青年は大慌てで立ち上がった。慌てぶりをみると、かなり熟睡していたようだ。年の頃やスーツの真新しさからすると新社会人に見えるが、その割に疲れが顔に残っている。


「あ、ありがとうございます。あの私こういう者です……起こして頂きありがとうございました」

 パニくっているのか青年は名刺を差し出してきた。

(夢の(ドリーム)宮殿パレス営業の斉実さいみ実直じっちょく君か)

 調べてみたら今流行のアプリを作っている会社らしい。頑張れよ、駆け出しサラリーマン。


 ◇

 事務所のドアを開けてタイムレコーダーで打刻。


「先輩、おはようございます……あの先輩のデスクはあちらでよろしいんですよね?」

 遠慮がちに声を掛けて来たのは我が社の新人アルバイト晴野桜さん。

 掃除道具を持ちながら晴野さんが見ているのは、事務所の片隅に離れ小島の様に置かれた机。それが俺のデスクだ……別に会社で嫌われているとか窓際社員だから離れているとかじゃない。これにはやむにやまれぬ理由がある。


「ええ、ここですよ。でも、掃除は自分でするから気にしないで下さい……所長、仁から電話きてませんか?」

 女子社員の掃除をさせるのがけしからんって訳じゃなく、単純に触れられるとまずい物があるのだ。


「来たぞ。調査する場所はイメージクラブ制服パラダイス。もう従業員が来ているそうだから、向かってくれ」

 ……まだメールチェックもしてないし、コーヒーも飲んでないんですけど。でも、女性職員がいる前で制服パラダイスを連呼するのはきつい。


「それじゃ、下見に行ってきます。場合によってむこうで昼飯を食べますので」

 仁の会社は結構いい出前を取ってくれるのだ。ついでに休み時間も長めにとるとしよう。これくらいの役得は許されるはず。


「今日から桜はお前について仕事を学んでもらう。頼むぞ」

 ……さぼれないし、出前ごちになれないよな。何より未成年の女子と二人でイメクラ調査ってセクハラ扱いされないか?……晴野さん、断ってくれないかな。


「でも、場所が場所ですから俺一人で行きますよ」

 これも晴野さんを自主退職させる策略だと思う。でも辞めた理由がおじさんと二人で風俗店を調査させられたからなんて俺への被害が大き過ぎる。


「先輩、自分も連れて行って下さい。風俗店への潜入捜査なら無理ですけど、調査するなら平気です。それと後輩なので敬語は止めてもらえませんか?」

 ……晴野さん、やる気満々ですね。先輩おじさん、としては断って欲しかったんですけど。

 だって晴野さん絶対にイメクラとか風俗を知らないじゃん。説明するのは地味に地獄だと思う。



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