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逝き先

 内の一等地に立つ高級マンション。訳ありの中古物件といえどもかなり高額だと思う。庶民には縁遠い話だが、お金持ちの景気は回復しているそうで周りの部屋は高値で売れているらしい。


「さてと、晴野さんはどうします?」

 駐車場に車を停めて、晴野さんの意思を確認。晴野さんの顔は青ざめており、幽霊に怯えているのが分かる。


「い、行きます。探偵になるのは自分の夢なんです。ゆ、幽霊なんて嘘に決まっています」

 ……いや、確実にいるんでやめた方が良いですよ。新人の中には幽霊を見て精神的にダウンした奴もいるんだけど……霊気に怯えて逃げ出す事に期待しよう。


「調査では危険のない霊だと分かっていますが、無理はしないで下さいね」

 親に見捨てられたと思って死んだ霊なら家族や世間を恨んで悪霊化していてもおかしくはない。しかし、麻太から感じるのは心配と不安。これ以上は麻太と直接話してみないと分からない。


「あの先輩は本当に幽霊が見えるんですか?今は周りいたりしないですよね?」

 霊が見える人間が絶対に聞かれる質問である。


「見えるし、周りには何体かいますすよ。でも、人に悪さをする様な霊はいませんので安心して下さい。それと心配しなくても晴野さんに取り憑いたりしませんから」

 霊は自分を認識出来る人間の元へ寄って来る。話を聞いて欲しいだけの無害なタイプもいれば、取り憑いたり祟ったりする質の悪いタイプもいる。話を聞くくらい問題ないと思うかもしれないが、何時間も喋る奴もいるのいるのだ。

 だから俺は霊が見えても目を合わせない様にしている。君子危うきに近寄らず、自分の身体と時間を最優先しないと取り返しがつかない事になるのだ。


「微妙に安心出来ない言葉なんですが……でも不動産屋さんはなんでそんなに急いでいるんですか?高級マンションなんて直ぐに買い手が付く物じゃないですよね?」

 確かに早く売りたいってのが一番だ。でも、霊がいるって噂を消さないと売れないし、後から苦情が出ても困る。


「噂が出てから、麻次の家族が何回もマンションに来ているらしいんですよ。不動産屋にも御線香をあげさせて欲しいって懇願しているそうです」

 既知の住人にマンションの中へ入れて欲しいと頼んだりして、不動産屋にクレームが来てるそうだ。

 両親にしてみればどっちがかが残っていれば息子は死ななかったのにと、悔やんでも悔やみきれないんだと思う。

 麻次の霊がいなくなれば両親が来る事もなくなるし、後からクレームが付く事もない。


「分かりましたけど、先輩はちゃんと成仏させられるんですか?怒って攻撃とかされませんよね」

 ぶちゃけ、やってみなきゃ分からない。麻次がどこへ逝きたいのかまだ分からないし。


「手に負えないんなら専業の霊媒師に頼んでますよ……奥の手もありますし。さあ、行きますよ」

 出来る事なら奥の手は使いたくない。室内の広さや損害を考慮すると、マンションで使える手段は限られているのだ。


 ◇

 マンションの一室をじっと見上げている中年の男女がいた。多分あれが麻次の両親だと思う。営業妨害も良いとこだが、両親を強引に追い返すと麻次の霊が暴れるらしい。


「ここが調査する部屋です。中に入ったら鍵を閉めて下さいね」

 室内には霊気が充満していた。幸い麻次以外の霊はいないようだ。


「閉めました……って先輩、スマホを出して何をしてるんですか?」

 このスマホが霊と関わる時に必須なのだ。


「文太、頼む」

 スマホに声を掛けると、画面が光りだした……この演出をしないと出て来れないんだろうか?

 派手な演出と共にスマホから一匹の狸が飛び出て来た。小太りで和服を着ているどこかのゆるキャラの様な狸である。


「呼ばれて飛び出てチャチャ―ン!主殿、鏡を見ておりますか?前から申しているではないですか。高望みは駄目ですぞと」

 スマホから出て来た狸は、俺と晴野さんの顔を見比べた。そして胸の前で腕を組みながらせ説教を始める。

 こいつの名前は文太。俺の使い魔的存在である。主殿と呼んでいるが主従関というより雇用関係と言った方がしっくりくる。


「この人は事務所の後輩だ。いくら俺が馬鹿でも十代の娘を口説く度胸はないよ」

 しかも桜さんは晴野検事の娘さんなのだ。口説ける可能性が低い上に、失敗した時のリスクが高すぎる。


「ス、スマホから狸が出て来た?しかも、喋っている!?」

 晴野さん絶賛混乱中。後から騒がれても知らぬ存ぜぬで通せば問題ない。スマホから狸が出て来たなんてオカルト雑誌でも信じないと思う。


「申し遅れました。わたくしの名は文太。かの高名な分福茶釜の子孫でございます。管狐の様な存在で、スマホ狸と呼ばれています」

 管狐を使役するには血筋と才能が重要である。残念ながら俺は両方持っていない。そこで文太をある人から借りているのだ。


「文太、早速で悪いがこの部屋に結界を張ってくれ。他の霊が入って来たら大変だからな」

 強い霊が寄って来たら麻次が成仏しても赤字になってしまう。


「お任せあれ。そーれ、ポンポコー!」

 晴野さんが見ているせいか文太はいつもより張り切って結界を張りにいった。文太の主な役割は結界を張る事と霊の鑑定で、攻撃力は皆無。

 ちなみに普段は探偵の仕事を手伝ってもらっている。特に尾行の時は大活躍だ。


「さてと、調査を始めます」

 腕に嵌めていた数珠を外し、ポケットに仕舞う。数珠を外すと霊とのコミュニケーションが可能になるのだ。

 外した途端、麻次の思念が頭に流れ込んできた……そういう事か。だから水を飲めなかったんだ。

 思念の元を辿って麻次の部屋へと向かう。


「嘘?本当に幽霊がいた……」

 部屋を見た晴野さんの顔が青ざめていく。想いが強いから晴野さんにも見えているんだと思う。


「来るな、来るな!絶対に教えないからな」

 そこにいたのは小太りの青年。霊だから向こうが透けてみえている。


「木茂麻次さんですね。大丈夫、貴方が警戒している男はいませんよ」

 麻次は水を飲まなかったんじゃない。飲めなかったんだ。ある男を警戒して……。


「嘘だ。騙されないぞ。お姉ちゃんの幸せは僕が守るんだ」

 麻次は世を恨んで成仏しないんじゃない。大事な人を守りたくて、ここにいるんだ。その想いが強すぎて成仏できずにいる……逝き先を示してやらなきゃな。


「本当ですよ。私は茶良さら達とは関係ありません。それと良かったらこの本を見てくれませんか?」

 茶良宗司、麻次をいじめていた男で、この事件の犯人だ。

 鞄の中から漫画を取り出し、麻次に手渡す。キーアイテムは、その人の思い出の品である。


「これはパパが初めて買ってくれた漫画。この主人公みたく強くなるって言ったのに……僕は、僕は……」

 想い出の品を見た事で、麻次の未練が薄らいでいく。後、一押しだ。


「今から貴方の逝き先を示します……晴野さん、ご両親を呼んで来てもらえますか?外からこの部屋を見上げていた人達です」

 どうせあの世に逝ってもらうなら、現世に残る人も納得出来る形にしたい。晴野さんが頷いたのを確認して話を進める。


「逝き先?異世界転生ですか?」

 最近、異世界転生を望む霊が多い。でも正直異世界があるかなんて分からないし、お勧めも出来ない。ケンカもまともにした事がない奴が戦闘なんて出来る訳ないと思う。


「どうでしょう?文太、文太、何に転生出来るか教えてもらえるか?」

 俺の言葉を聞いた文太が麻次を鑑定する。


「この方の徳でしたら、蝉・テントウ虫・鈴虫と言ったところですね。悪い事もしていませんが、何もなしていませんから」

 人から人へ転生するのは、かなりの徳が必要らしい。しかし、虫オンリーか……納得してくれるかな。


「悪い事もしていませんが、何もなしてい……ですか。その通りですね。僕が逃げるだけで、何もしなかった。その中ならてんとう虫が良いです。昔、お姉ちゃんと指先から空に飛ばせて遊んだんですよ。てんとう虫みたく真っ直ぐに夢に進んで行こうって……あの頃は楽しかったな」

 麻次にも夢があったと思う。でもそれはいじめで潰されてしまったのだ。


「先輩、ご両親をお連れしました」

 両親の姿を確認した麻次の目から涙が零れていく。


「麻次……」「麻次ちゃん……」


「木茂麻次さんのご両親ですね。今から息子さんに何があったかお伝えします。ご両親が旅行に出掛けたのを知ってある男達が、この家に来ました。かつて麻次さんをいじめたクラスメイトです。そいつ等は家族がいない事を確認すると、ここで飲めや食えやの宴を始めました。突然の事で麻次さんはご両親の通帳等を隠す事で精一杯だったようです。中でも彼が必死に守ろうとしたのはお姉さんの嫁ぎ先が書かれた住所。いじめの切っ掛けもお姉さんを紹介しろと迫られたのを断ったのが原因らしいですので」

 麻次は自分の部屋に閉じこもり、クラスメイトが去るのをじっと待った。何も飲まず何も食べず……。

 両親が何も言わずに麻次を抱きしめる。両親に包まれながら麻次は成仏していった。僕を産んでくれてありがとうと言う言葉を残して……。


「先輩、そのクラスメイトを罰する事は出来ないんですか?」

 、今から罪を立証するのは難しいと思う。見つかった時点で、証拠は隠蔽されていたらしい。ちなみに茶良の父親は警察のお偉いさんである。


「俺は正義の味方じゃなく、探偵ですよ。それにクラスメイトを罰したら、麻次君の好意が無駄になります。まあ、罰なら地獄で嫌って程味わいますよ……これが現実の探偵です。すっきりする事の方が稀なんですよ……映画や小説の探偵に憧れているんなら辞めとけ」

 クラスメイトを罰する方法はある。でも、これ以上騒ぎを大きくしたら、お姉さんの嫁ぎ先に知られてしまうかもしれない。あの手の家は捜査対象を数年に渡って調査している。

 そして多分、晴野さんは探偵を辞めると思う。初日というにはヘビー過ぎたし。晴野さんは無言のまま、帰って行った。


「主殿には出会いを大切にして欲しいのですがね。それと今回の報酬は神貨しんかが十枚ですぞ」

 文太にはそう小言を言われたが、齢も容姿も違い過ぎて無理だと思う。

 ちなみに神貨は霊を成仏させたり魔物を退治したりした時にもらえる報酬だ。これで文太のレンタル料を払ったり、魔物を退治する道具を買ったりしている。

 。

 ◇

 春の爽やか日差しが窓から差し込む。そんな中鏡に映るのは、疲れ切ったおじさん。きちんと寝た筈なのに、疲れが抜けきらない。普段から眠たそうな顔だと言われているが、鏡の中の自分おじさんは一段とだるそうだ。

(朝飯は昨日の豚カツ……いや、お茶漬けで良いか)

 朝から豚カツはきつい。冷やご飯をレンジで温め、お茶漬けの元をふり掛ける。お湯をかければ朝食の出来上がりだ。

 ゴミ袋を掲げて、いざ出社。満員電車に揺られながら、職場を目指す。

 タイムレコーダーを推しながら自分の頬をつねる。

 嘘だ……なんでこいつが事務所にいるんだ?所長も思いっ切り俺を睨んでいるし。


「晴野桜、氷室探偵事務所でのバイトを希望します。先輩、よろしくお願いします」

 晴野さんはうちでバイトが出来るなら大学に進学すると言ったらしい……取り敢えず晴野さんに口留めしておこう。


数日間、毎日更新七時です。

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