第1章第6話 修学旅行当日⑤
しかし、そんな現実離れした事態が発生するわけがない。
俺は今思い浮かんだ馬鹿げた妄想を振り払うかのように首を勢いよく振った。
瞬間、黒いものが俺の周りでうごめく。
「えっ。どういうことだ。」
もう一度頭を振ってみる。
やはりついてくる。さながら自分の動きと連動するかのようなその動き。
もう一度頭を振った。今度はさっきと逆向きに。
するとやはりその黒いものも一緒の方向へと動いていく。
俺は恐る恐るその黒いものを自分の手でつかむと、引っ張った。
「痛っ」
当然のことながら、引っ張った箇所から痛みが発生した。
それは頭の付け根の方からで信じたくなかった考えがまた自分の頭を過る。
それは髪の毛だった。
それも普段の自分の毛量からは想像できないほどの圧倒的な長さ。
多分、腰付近くらいまであるのではないだろうか。
そう感じてしまうほどに長かった。
そして、その髪からはいつもの俺からは発されないであろう甘い匂いが放たれていた。
「も、もうどういうことなの!?」
俺は自分の言葉を放った瞬間、口を抑えた。
まただ。さっきの離してよに続き、また女の子っぽい言葉を無意識に使ってしまった。
「ほ、本当に大丈夫!?はるくん」
俺が憔悴していると、明日香が心配そうな表情を浮かべながら声をかけてきた。
それに同調するかのように大和も頷く。
「遥。大丈夫だ。俺たちはお前がどんな姿に変わっても友達なんだから。」
(どんな姿に変わっても・・・。)
俺はその大和の慰めの言葉を耳で受け取った瞬間、違和感が確証に変わった。
俺はパッと立ち上がると、そのまま大きな鏡がある風呂場へ向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと待てって!!遥」
「はるくん!?落ちついて。」
二人の制止の声は聞こえていたが、それを無視した。
バタン
今まで家でも学校でもしたことのない勢いで風呂場のドアを閉めた。
ガチャ
そして念には念をということで鍵も掛ける。
修学旅行のしおりに書かれていたホテルの部屋配置通りで助かった。
おそらく、お風呂場に全身を見ることができる鏡があったはず。
まだ、ここは脱衣スペースで、あと数歩歩いた先。
そんなことあり得ないことは知っている。
だけどさっきの胸の痛みも声だって、この髪の毛にしても
俺が女になっているのだとしたら説明がつく。
俺は恐る恐るお風呂場へと向かった。
思っていた通り、鏡はそこにあり、鏡の前まで躍り出た。
「う、嘘でしょ・・・・。」
またしても女言葉を使ってしまったが、今はもうそれどころではなかった。
自分の姿を見た瞬間、あまりの驚きに足の力が無くなってしまったようで、
倒れてしまう。
それに呼応するかのように鏡の中の黒髪ロングの美少女も同じように倒れる。
なんとも情けない姿なのだろうか。
着ていた男物の制服が不格好で似合っていない。
男装に失敗した女子高生が女の象徴たる胸を
服に圧迫させながら泣きそうになっている。
そんな印象を思わず、受けてしまう。
しかし、それは鏡であり、ここには自分しかいない。
俺の中にあった疑いがその瞬間、反証の余地を全く与えない確信へと変わる。
「俺、女になってる」