第1章第1話:修学旅行前日
「まさか、あんなことになるなんて・・・」
この時の俺はこれから始まる運命のいたずらに遭遇するとは、
微塵も思っていなかった。
始まりは修学旅行の前日から~
修学旅行前日の夜、俺は大慌てで翌日に迫った修学旅行の準備をしていた。
こんなことなら、昨日から準備を始めておくべきだったと後悔していた。
なんで修学旅行の前日に何の予告もなく小テストなんてするかなぁ。あの鬼崎!!
鬼崎とは俺のクラスの担任の宮崎先生のことだが、
あまりにも生徒に大量の課題を出し、遅刻をすれば竹刀で殴られ、
小テストで8割以上取れなければ補習と称する授業+2時間を行うといった
鬼畜なことばかり行うため、鬼崎というあだ名がクラス中に広がっている。
そして今日はないだろうとみんなたかをくくっていたののにも関わらず、
小テストを急にしやがった。もう本当の鬼だよ。
そしてそれのせいで俺はこうして焦る羽目になってしまった。ちくしょぉぉぉ。
そうして焦り半分、怒り半分の状態で準備をしていると、
母親が部屋に入ってきて、夕飯が用意できたことを知らせてくれた。
俺は少し休憩して心を落ち着かせたいと思っていたこと、
それと並行してお腹もちょうど減り始めていたことから母親とともに階段を下りて行った。
階段を下り、リビングに視線を移していくと、
中学生の妹の理沙と今日は早く帰ってきていたのか父親の拓未がすでに食卓に座っていた。
「あ、お兄ちゃん。どう?準備できた?」
俺が席に着くや否や妹は満面の笑顔で、そんなことを尋ねてきた。
その笑顔と仕草は俺が妹びいきであることを差し引いても、単純にかわいい!!
と叫んでしまうほどで、崩れかける理性を抑えることに必死になった。
理沙なら世の中のどんな美女をも超えれる存在になれるだろう・・・
しかし理性を抑えることに必死になりすぎたがあまり、
理沙の質問に答えないのでは、兄の名が廃る。と考えた俺は
「いや、まだだよ。」と極めて普通の兄の返答を返し、
にやけそうになる表情筋を意志の力でどうにか抑え込み、
兄の威厳を崩さないように努めた。
もしも本能に従った回答をしたならば、おそらく妹には引かれてしまい、
最悪の場合には汚物を見るかのように軽蔑の眼差しを送られるかもしれない。
それだけはどんなことがあっても避ける。
これは俺が自分自身で決めたルールのうちの一つだ。
心の葛藤を繰り広げていると、
理沙は単純に心配して「大丈夫?手伝おうか?」と言ってくれた。
が、この一言は本当にやばかった。手伝うということは部屋に二人きりだ。
そんな状況になってしまっては俺の理性が耐えうる保証はどこにもなく、
泣く泣くその申し出を断ることにした。
「いや。大丈夫だよ。理沙。あと少しだからさ。」
理沙にそう言った直後、父さんからも手伝おうか?という申し出があったものの、
父には一切の魅力もなく、いても邪魔になりそうなので二つ返事で
「いや。大丈夫」と答えるのだった。
そして食事は進んでいき、
明日のことを考えていると理沙があからさまに悲しそうな顔をしていた。
俺は心配になって、どうかしたか?と平静を装いつつも聞いてみた。
「いや~、何でもないよ。
ただお兄ちゃんが明日からいないってのが少しだけ寂しいなぁ・・・って思ってたんだ」
な、なんてかわいい妹なんだろうか・・・。
俺はこの時ほど理沙を抱きしめたいと思ったことはないほどに。
またもや軽く俺の理性を吹き飛ばしかける一言に必死に耐えた。
もしも俺に理性というものがなければ、すぐに立ち上がり、
妹の後ろに回り込んで、抱きしめながら俺の理沙に対する愛しさの数々を
耳元で吐露していただろう。
しかし、俺の理性はそうなることを阻止し、クールなお兄ちゃんを必死に演じさせた。
それにも関わらず、理沙は追い打ちをかけるかのようにかわいい一言をさらに繰り出した
「まあでもお兄ちゃんにもらった犬のぬいぐるみが代わりにいてくれるから、良かったぁ」
俺の理性が音を立てて崩壊していく音が聞こえた気がした。
そんな可愛すぎる言葉をサラッと言われて耐えられるはずがない。
あの犬のぬいぐるみだってもう結構前にあげたものだったのに、
それを未だに大切においていてくれていたことにも感動を覚えたが、
それよりも最後の「代わりがいて良かった」という
言葉の威力は計り知れないものだった。
もしも代わりがいなければどういう感じだったのだろうか・・・
俺の口角はおそらく今、思いっきり上がっているだろう。それくらいに幸せだった。
「お、おう。まあ、3日で帰ってくるからさ。帰ってきたら甘えに来てよ」
そんな状態だったためか、
俺が発した言葉はいつも必死に演じていたクールなお兄ちゃんのものではなく、
妹を溺愛しているデレデレお兄ちゃんのものとなってしまった。
それに対して理沙は何も気にすることなく、満面の笑みで頷き、
さも今思い出したかのように、言葉を付け加えた。
「後、お土産もよろしくね。」
俺は「お金があればな」と口では言うのだったが、
内心は「これは理沙の好感度を急上昇させる事項に違いない。
修学旅行中はずっとこのことに留意して動かなければいけないな。
理沙のとびっきりの笑顔を見るためにはいいものをあげなくては・・・」
と理沙へのお土産をまだ行ってもいない段階から考えるのだった