Cygnus 03
猟犬達が日本から現地へ向かう途中のお話
「絢音、久し振りだな」
移動中の機内で何となく寝つかれず部屋から出て窓の外を見ていた時、防大時代の友人に声をかけられた。
「片山君?」
「まさか君達を運ぶことになるとは思ってなかったよ」
「空自に行ったことは知ってたけど、ここの所属だったのは知らなかった」
「うん。なにせこいつは秘匿の三番機だからね。表向き俺は違うところで哨戒任務をしていることになってる」
現在、政府専用機は公式には二機体制で航空自衛隊が運用している。そして過去に三番機を導入しようと防衛省は予算を計上したことがあるのだが財務省に認められず断念した。
表向きは。
実際は見ての通り、三番機の機体は民間航空会社を経由せずにアメリカより直接納入され、二機と同様に空自によって秘密裏に保守整備され運用されている。
「秘匿の三番機が秘匿部隊を秘密裏に運ぶって秘密のオンパレードね……」
「なんだか映画っぽくて現実味がわかないけど」
他言できないのは残念だけどちょっとカッコイイよねと悪戯っぽく笑った。
「お前は情報分析官なんだよな、今回はどうして?」
「重光大臣の補佐官として」
「ああ、なるほど」
その重光大臣には現在もう1人の情報部の分析官である霧島がついている。
「ところで寝てなきゃいけない時間じゃないのか? 睡眠をとるのも大事な仕事だろ?」
「うん……寝付けなくてね、ちょっと外を見てた。何も見えないんだけど」
「俺が話相手にでもなろうか?」
「え?」
「腕枕ぐらいならしてやれるよ?」
「お言葉は嬉しいけれど……」
タイミング良くというかドカドカと足音が近づいてくる音に気がついて笑みが浮かんだ。本当は足音なんてさせずに忍び寄ることも可能なのに、これはわざとに違いない。現れたのは案の定、香取。
「なんだ、まだ寝ていなかったのか」
「寝付けなくて」
「さっさと寝ろ。寝不足の頭ではまともな分析は出来んぞ」
「はいはい、分かってます」
「絢音、この人とは?」
片山が“絢音”と呼んだ時に香取の口元がピクリとなったのを絢音は見逃さなかった。
「えっと作戦群の人だってことは分かるわよね。それと、彼は私の婚約者の、香取さん」
「え……いつのまに婚約なんか?」
「去年の終わり頃だったかな、ねえ?」
「ああ」
なんでそんな無表情で相手を見詰めているの?って言いたかったけど敢えて何も言わなかった。さっきの口元がピクリとなった時から既に片山のことが気に入らないらしいのは分かっていたから。絢音はそんな香取のちょっとした嫉妬心が嬉しいと感じていた。
「知らなかったよ……結婚はいつの予定?」
「一応、七月の予定なんだけど」
「そうか。意外だったよ、絢音が職場結婚するなんて」
「んー……お見合いだったんだけど」
「絢音」
いきなり会話に割り込んできて目の前に腕時計を差し出される。
「早く寝ろ、これは命令だ」
「分かってますって。じゃあ片山君、また改めて招待状出すから」
「……ああ」
背中を押されながら宛がわれている個室に入ると、後から入ってきた香取がドアのカギをかけた。
「あれ、なんで一緒に入ってくるんですか?」
「俺も睡眠を取れと言われたからな」
「いやでも、私と一緒って」
「部下には伝えてある」
「やだあ……」
「なにが、やだだ。寝るだけだぞ、勘違いするな」
絶対に部下の人達には二人でイチャイチャしているって思われているに違いない。そんなことを考える余裕なんて無いだろうって普通の人だったら思うだろうけど、その辺がここに所属している人達の普通じゃないところだ。
「こんな狭い場所で二人で寝るなんてちょっと無理ですよ」
「こうすればいい」
香取は自分が先ずベッドに横になり、絢音を引き寄せて自分の上に跨らせるように体を横たえさせると、そのまま抱き寄せた。
「重くないですか?」
「最近はお前の重さがないと落ち着かん」
「それって答えになって無い……」
微かな振動が伝わってくる。どうやら笑っているらしい。
「で、どうして寝つけなかったんだ?」
「飛行機が苦手なんです、揺れるの怖くて眠れない」
「俺に嘘をつくな。正直に答えろ」
やはりバレたかと溜息をついた。
「この作戦で香取さんに何かあったらと思うと怖くて眠れない。それだけ」
それだけ言うとぎゅっと香取にしがみつく。
「自衛官としての覚悟が足りないですよね。でもそれが私の正直な今の気持ちだから」
「人間、誰しもいつかは死ぬ。もしかしたら次の瞬間にはこの飛行機が堕ちて全員が死ぬ可能性だってある訳だ」
「でも……」
「でも?」
「香取さんと一緒ならそれでもいい」
香取の腕に力が入りしっかりと抱き絞められた。
「そんな可愛いこと言ってくれるな。この時の為に今までどれだけ訓練を積んできたと思ってるんだ。その成果を新井達にきちんと伝えないうちは死なんよ」
「本当に?」
「俺の将来の夢はな、お前と一緒に爺さん婆さんになって縁側で猫と過ごすことだ。それをするまでは死んでも死にきれん」
「香取さんが猫と?」
意外な話にクスッと笑う。
「笑うな。割とマジな夢なんだからな。だからお前も他の男に目を向けたりするなよ」
「他の男?」
「さっきの奴とかだ」
「ああ。彼は防大の時の同期ですよ、それだけです」
そう思っているのは絢音だけだと香取は密かに突っ込みを入れた。
「まあとにかくだ、俺にはそういう夢があるんだから当分は死ぬつもりはない。だから安心しろ」
「ん……」
「……そう言えば、他のメンバーのことだが」
ふと思いついたように香取が言葉を発した。
「?」
「集合時間までに相方とちゃんとした時間を過ごしてこいと伝えておいた。それが森永のオヤジの言付けでもあったしな。俺とお前は諸々の事務処理が忙しくてそれが出来なかっただろう? だからその代わりに今の時間を貰えたってわけだ」
「そうなんだ……」
「ま、ここでは出来ることも限られているが……?」
どうする?という顔で見られても困るというのが正直なところだった。
「でも、さっき寝るだけだって……」
「お前はそれでいいのか?」
「それは……」
それから暫くして、満足げな笑みを浮かべて抱き合ったまま眠りにつく二人の姿があった。
フィクションですからね、フィクション。
政府専用機は実際には二機が空自によって運用されております。