第七話 狼の遠吠え
創作文章/御題バトン【壱】
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【4】【10】【14】を使用。
星の如き花びらの雨 涙が如く我が身に降り注ぐ。
花びらはただ波に散りゆき 海を越え君の待つ浜辺へ。
今は静かな想いにさそわれて 辿り着くは君の腕の中。
―― お、いい感じの歌が出来上がったかもな…… ――
腕っ節だけではこの世の中は渡ってはいけんぞ、心の鍛錬も必要じゃと言っていた道場の師匠の言葉がふと浮かんだ。
あの駐在武官は何とか命を繋いだらしい。
撃たれてから部隊が突入して救出するまでにかかった時間は約一週間。よく助かったものだと改めて彼の悪運の強さと治療をした大使夫人の医師としての腕に感服する。直ぐには無理だが容態が落ち着きしだい日本に帰国することが決まったとか。助からなかった警備関係者もいるが少なくとも一人は愛する家族の元に戻れるのだ。こちら側にも負傷した者は出たものの大した損失はなく、作戦は成功したと言える。
そして突入部隊に編入された日本の男達。陸海それぞれの対テロ作戦を想定して編成された部隊に所属する隊員達らしいが、もともとアメリカでも訓練を受けたことのある人間ばかりだったこともあってか腕の良い者ばかりだった。もし自分が隊に所属していた時にこのような部隊があれば、もっと助けられた命もあったろうにと少しばかり苦い思いがこみ上げたのも事実だが。
そして俺は今、人里離れた高地にいる。周囲を山に囲まれた自然の要塞を呈する渓谷。ここにカルテルのアジトがあると判明したのは数週間前のことだ。だが連中も馬鹿じゃない、自然の要塞だけで満足することなく、アジトを見下ろせる一帯に対人センサーをはり見張りを立たせている。
二十四時間彼等を見張ってみたが、六時間交代で定時連絡は三時間おき。釈放された幹部が戻り多少は賑やかしくなっているようだが、今迄ノーマークだった場所、見張りの連中はこんな場所にまで捜査の手が伸びるとは思っていないのか武器を携帯してはいるものの連絡で話す口調もノンビリとした様子ではある。次の見張り交代は三十分後。そこから三時間で片づけなければならない。
「で、どうしてお前がここにいるんだ、猫」
隣で同じように彼等を覗いている男に声をかけた。十数年前まで仕事を一緒にしていた仲間だ。
「あ、酷いね、狼ちゃん。ここまでの道のりバックアップしたのは俺だよ? そんな意地悪言うと赤ずきんちゃんに言いつけるからな」
「答えになってないぞ」
「俺は、君等がここまで問題なく移動できるようにフォローしてくれって彼に頼まれただけさ。君のフォローは俺の方がいいと彼なりに気を遣ってんじゃないの? あとは俺達に若い連中の活躍ぶりを見せてやろうとか。俺達が出来なかったことを彼等はやっているんだし?」
こいつも俺と同じ、元陸自の人間だ。現在は国内で喫茶店のマスターをして悠々自適に暮らしている。客もまさかこの飄々としたオヤジがナイフの使い手だとは思わないだろう。
「それと、あいつ等を見てオッサンのやる気を引き出そうと画策してるとか。俺達が呑気に隠居生活しているのに自分だけ未だ現役で働いているってのが気に入らないのさ」
大人気ないよね、と笑う。
「お前に声がかかったってことは虎や鷹にもってことか」
「だろうね。復帰するのは良いとしてもアメリカ政府の犬になるのは御免だってのが全員に共通した答えだと思うけど、その辺のことを彼がどう思ってるか知りたいもんだよ」
「俺はもう現場に戻るつもりはなかったんだがな」
昔のよしみで今回は顔を出したが。
「だよね、虎もそんなこと言ってたよ。だから彼には一応、釘を刺しておいたさ。汚い手を使って俺達を引っ張り出そうとしたら後悔するのは君達だよって。その辺は森永にもきちんと伝えてある。あいつはそんなこと言われなくても分かってるって言ってたけどね」
猫の顔がチシャ猫のような笑みを浮かべた。
「じゃ、俺は合流地点に戻って君を待つよ。あとは任せた」
「ああ」
「ま、たまにはこうやって現場に戻るのもいい気晴らしにはなるけど。たまにはトマト以外のものを切るのも楽しいからね」
奴が足音もたてずに立ち去るのを見届けてから坂を下る。先ずは見張りの始末から。現場に戻るつもりはないと言ったのとは裏腹に、久し振りの現場に気持ちが高揚しているのは事実だ。師匠は心の鍛錬が重要だと言ったが、やはり俺にはこちらの方がお似合いだと薄い笑みを浮かべた。