第五話 繋げる命
創作文章/御題バトン【壱】
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【6】を使用。
早朝に大使館に武装集団が乱入してきて既に二十四時間が経とうとしていた。
当直・早出の職員と私達夫婦が人質となってしまったが、大使館員の半数近くがまだ出勤していなかったことと、娘達が日本に帰国していたことだけは不幸中の幸いだったと言える。
警備員に関しては気の毒なことに殆どの人間が最初の銃撃戦で命を落としたようだ。まだ息のある数人が武装した男達によって引き摺られてきたが正直この状況で助かる見込みがあるのか私には分からない。
「Mr.ミナミヤマ、簡単なものですが朝食の用意ができました」
そう報告したのはこの大使館で料理長として勤めているカルロス・セルナ。私が赴任する前からこの大使館の厨房を任されている男だ。
なんでも少年の頃は街のゴロツキで散々悪さをしていたらしい。それが何故か先々任の大使の目に止まり一人前の料理人となってここで働いている。腕も確かで真面目に仕事をこなし周囲からの信頼も厚い。ゴロツキだったというのは何かの冗談ではないかと思えるほど穏やかな男だった。
「そうだね、ありがとう、カルロス」
「皆さんにも声をかけてきます」
「連中にも食べさせるんだろうが、変な小細工はしないように。下手に刺激をしない方が賢明だ」
「分かりました。食事を与える以外は何もしません。それと、ヤマザキサンが意識を取り戻しました」
その言葉に安堵の溜め息がもれた。正直もう助かるまいと諦めていたのだ。
「まだ予断を許さない容体だということですが、奥様の適切な処置のお陰です。他の者も解決するまで生き延びられれば良いのですが」
「そうか……家内には引き続き頼むと伝言を頼めるかい? それと他の女性スタッフにも」
「はい」
人質となった職員は男女それぞれ別の場所に軟禁状態となっている。警備員達は全員が男性ではあったが、手当をさせて欲しいと私の妻が言い張りそちらへと移されることが許された。
「奥様の肝っ玉母さんぶりには驚きましたよ」
職員の一人が少し笑いながら言った。こんな状況でも命が助かるかもしれないという朗報は気持ちを明るくさせる話題だ。この先どのような事態になるかは不確かなものだが、彼の命が繋がったこと、それはこの場に捕らわれているスタッフ達の明日への希望の灯となるだろう。
「外科医というのは凄いね。あの時は妻が妻でなく一人の医者に見えたよ」
撃たれるのではないかと肝を冷やしたのも事実だが、そんな彼等と妻の間に入って仲裁してくれたのがカルロスだった。昔取った杵柄というか地元の人間ならではの砕けた口調で殺気立っていた連中をまんまと言い包めてしまったのだ。
武装集団の要求は単純明快。私達の命と引き換えに刑務所に収監されているカルテル幹部を釈放すること。タイムリミットが過ぎても直ぐには我々を殺したりしないところを見ると、政府と彼等の間で更なるかけ引きが行われていること、そして彼等が軍隊の突入を警戒していることが見て取れる。
二日目の朝がきた。今、私に出来ることは彼等を刺激することなく職員の命を守ることだ。無事に全員が救出されることを信じて。