第三話 放たれた猟犬
創作文章/御題バトン【壱】
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【3】を使用。
「遅かったな」
久し振りに古巣に戻った俺と顔を合わせた昔からの馴染みの男は開口一番、厭味ったらしい口調でそう言った。相変わらずイヤな人間を演じさせたらこいつの右に出る者はいない。
「地球の裏側からわざわざ出向いてやった友人に言う言葉か? 夜中に人をベッドから引き摺り出しておいてよく言う」
「事実を言ったまでだ」
そう言いながら腕時計にワザとらしく目を向けた。
「お前と違って俺は民間人だ。民間人には民間人の移動手段というものがある」
「お前がノロノロと移動している間に状況が変わった」
大型モニターに映し出されているのは衛星から送られてくる映像だ。真夜中なので赤外線映像に切り替わっている。移動しているのは軍の特殊作戦部隊であろう男達。
「下手すれば国際問題だというのによく上がGOサインを出したもんだ」
「友好国の危機だからな」
同じ一室に明らかにここの人間とは違う“友好国”の人間と思しきスーツ姿の男と制服の男女が立っている。
「中止するなら今のうちです、Mr.シゲミツ。ここから一歩踏み出せば、もう引き返せませんよ」
「分かっている。これが我々の選択だ、続行してくれたまえ」
「本当に宜しいんですね?」
「手をのばした先にあるものが希望か絶望か、それは神のみぞ知る。それでも我々は進まねばならん」
その言葉に頷くと、座って通信を担当している職員に合図を送った。それと同時に現地のチームに作戦開始の指令が伝わり、モニターに映されている男達の動きが作戦行動のそれへと変わる。
「今回の突入部隊は非公式だが日米混成部隊だ」
その言葉を聞いてさすがに驚いた。
「一体どういう経緯でそうなった?」
「カルテルが大使館にいる人間を人質にして大物幹部の釈放を要求した。要求を呑まなければ日本人を含めた大使館にいる職員を殺すと。当然のことながら要求は突っぱねられた、もちろん日本政府もその選択を承認している」
テロリストとは交渉をしない、それが政府としての万国共通の鉄則だ。だが政治家と商売人は違う。この事件で日本との経済交流が絶たれると危惧した馬鹿共が警察を突き上げ大枚をはたき、要求されていた大物幹部の一人を釈放させた。
当然のことながら事件がそれで解決する筈もなく、カルテルの兵隊は更に要求をエスカレートさせることになる。そこでやっと政府がこちらに泣きついてきたというわけだ。そして人質救出作戦の本番という究極の実地訓練に何人かの日本人が選ばれた。
「既に死人が出ているのでな」
「……駐在武官と警備員か」
「駐在武官はヤマザキシンヤ、陸上自衛隊の隊員だ。カルテルが大使館を襲撃する直前に屋上で撃たれていた、恐らく彼も生きてはいまい。彼等が作戦参加に拘る理由はその辺にある」
「身内がやられたということか」
その名前を耳にすると五分刈りのまだ少年の面影を残した若い隊員の顔が浮かんだ。
自分がとうの昔に忘れてしまった夢や希望を抱き続けていた若者。いつか教官殿と一緒にこの国を守れるような立派な自衛官になりますと胸をはっていた制服姿が脳裏に焼き付いている。
「我々とて感傷だけで参加を認めた訳ではない。今回の作戦に参加した者はこちらでも訓練を受けており実力に関しては折り紙つきだ」
「それで、状況が変わったのに俺をここに呼び付けた理由は何だ?」
「お前には釈放されてとんずらした幹部を追ってもらう。連中のテリトリーのど真ん中だ。さすがに“彼等”を連れていく訳にはいかない。だが……」
話している間もモニター上ではカルテルのメンバーが次々と倒れていく様が映し出されている。撃たれてのた打ち回る姿を全員が顔色一つ変えずに見詰めている状況というのはある意味異様だ。
そして衛星から送られてくる映像。上空にそう長く留まることの出来ない監視衛星の画像がここまで長く流れているということは、それなりの手間暇をかけているということだ。それはあのシゲミツとかいう男の力なのかあるいは別の事情が絡んでいるのか……。
「だが?」
「同じ日本人のお前が始末をつけるのであれば、少なくとも彼等にとっては我々が手を下すよりかは納得のいくものだろう」
「珍しいな、お前がそんな基準で判断を下すとは」
「何処かの馬鹿の影響だ」
ふんと鼻で笑うとモニターに視線を戻した。
「どちらにしろ野放しにはできない男が野に放たれた。必ず捕えてくれ、生死は問わん」
「了解した」