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拳屋 vol.03 「人間要塞」  作者: マカ北川
3/3

「お久し振りです。ご立派になられましたな、キバ殿」


 男――リチャードは成長したキバの姿を見て、にっこりと微笑む。

 十年前。戦場で行方不明になった仲間との再会に、キバもまた満面の笑みを返した。


「生きていたのか。ドクターの言ったとおりだ」

「半年以上、生死の境をさまよっておりました。結局、内戦の終結をベッドの上で迎えることになりましたよ」

「それにしても同じ街に住んでるとは……もっと早く会いたかったぜ」

「まったくですな」


 キバとリチャード、二人のやり取りに目を丸くするロバート。二人が知り合いとは、夢にも思わなかったのだろう。


「さて、ロバートよ」

「は、はい!」


 唐突に名前を呼ばれ、ロバートの体がびくりと跳ねる。


「いくらお嬢様の安全を守るためとはいえ、お嬢様自身の意向を無視するべきではない。お嬢様の生活、行動、信念、その全てを守ってこそ真の執事だと思いなさい」

「申し訳ありません……」

「とはいえ、お嬢様を守ろうと見せた気迫は見事だった。後のことはわたしに任せ、下がっていさい」

「……分かりました」


 一瞬だけ悔しそうにキバをにらむロバートだが、結局はは首を縦に振った。先程キバに言われたとおり、自分の力が彼に及ばないことが分かっていたのだろう。

 未だ足に力が入らないようだが、駆け寄ったシェリーの肩を借りて、言われたとおり引き下がる。


「子供がいたとは知らなかった」

「妻の連れ子です。内戦の終結から間もなく結婚したので、今では本当の子供のように思っています。貴方との実力差を見せられて、正直複雑な気分ですよ」

「俺もこの十年、遊んでたわけじゃないからな」


 キバを見るリチャードの視線が、優しいものから鋭いものへと変わった。


「しかし、未だこの私には及びません」

「……試してみるか?」


 リチャードを見るキバの表情も、再会を喜ぶものから闘志みなぎるものへと変わる。


「お嬢様、わたくしと賭けをいたしませんか?」

「賭け……?」

「わたくしとキバ殿が戦い、わたくしが勝てばお屋敷にお帰りいただきます。キバ殿が勝てば、彼の護衛の下で自由にしていただいて構いません」


 その提案にキバの方を見るクレアだが、彼がにやりと笑ってみせると、無言で首を縦に振った。

 満足そうに笑い、リチャードが構える。ロバートと同じく、両の拳を顔の前へと持ち上げた構え。その拳には、キバと同じ漆黒のグローブがはめられている。


「それじゃあ、行くぜ」


 言うが早いか、キバが駆け出した。リラックスした体勢からの爆発的なダッシュで、瞬時にリチャードの目前まで迫る。素人の目からは、彼が瞬間移動したように見えたかもしれない。だがリチャードの両目は、キバの動きをはっきりと捉えている。

 豪腕がうなりを上げてキバに襲い掛かるが、紙一重でその一撃をかわし、キバは力強く地面を踏みしめた。足の裏から伝わる反動を自分の力に変え、全身の力と共に拳へと収束していく。力が拳に集まるタイミングに合わせて、リチャードの胸目掛けて叩き込んだ。

 そして、その結果に驚愕して目を見開く。


(マジかよ!?)


 キバが全力で繰り出した拳は、リチャードの体に触れた瞬間、勢いそのままに弾き返されていた。

 おそらく、全身の力を瞬間的に胸部へと集中させたのだろう。技の原理は先程ロバートが使用したものと同じだ。だがその時とは比べ物にならない力に押し返され、キバは彼の二つ名を思い出す。

 「人間要塞」リチャード・マクスウェル。

 餓狼隊でも随一の頑強な肉体を誇り、背後にいる仲間達を守り続けた男。その肉体は老いてなお健在だ。それを実感し、悔しさよりも嬉しさの方がこみ上げてきて、キバの頬が思わず緩む。


「随分と余裕がありますな」


 だがその言葉と、襲い掛かる拳で我に返った。

 彼の剛拳を片手で受けるのは危険――そう判断し慎重に両腕で受け流す。だがそれすら激流に逆らって進んでいるような感覚だ。少しでもミスをすれば、その勢いに体ごと持っていかれそうになる。


(防御に回るとジリ貧か)


 キバは一撃をかわすと、そのまま相手の懐に潜り込んだ。そのままリチャードの左脇腹に、次いで右脇腹に拳を叩き込む。カムイを使わない、地力での攻撃だ。当然のように筋肉の壁で阻まれるが、無視して二発三発と、相手の攻撃をかいくぐりながら、とにかく打てる箇所に打ち込んでいく。

 その内の一発が筋肉の鎧を貫き、そのダメージにリチャードが顔をしかめた。


「むぅ……?」


 狙いが的中し、キバはほくそ笑む。

 いかにリチャードといえど、常に全身をガードするわけにはいかない。なら多数の拳の中に、カムイをこめた拳を紛れさせて攻撃する。最大限のカムイをこめることはできないが、筋力だけの防御を破るには十分だ。

 手応えを感じ作戦を継続しようとするキバ。しかし――


「付け焼刃ですな」


 無慈悲な言葉と共に、拳を払いのけられた。


「!?」


 キバは驚愕しつつも二発、三発と拳を繰り出し続ける。リチャードはこれを体で受け止め、続く四発目――カムイをこめた拳だけ、同じくカムイをこめた腕で受け止めた。相手の目をくらますための連打に紛れた、本命の一打。それを見抜いて対応している。


「相手に悟られずカムイをこめるには、もっと自然体でなければ。このように――」


 そう言って、リチャードは無造作に拳を繰り出す。一見力が入っていないその拳を、思わず片手で受け止めるキバ。だがそれは失敗だった。拳の先が触れた瞬間、先程までの豪腕にも負けない衝撃に襲われ、体勢を崩してしまう。

 次いで放たれた剛拳を顔面に食らい、キバは盛大に吹き飛ばされた。失いそうになる意識を何とか繋ぎ止め、両足で地面に着地する。


「ほほう、今ので倒れませんか」


 間合いが離れたからか、余裕の表れか、構えを解いて感心するリチャード。


「当たり前だろ。俺は拳屋だぜ?」


 キバは精一杯強がってみせるが、状況は深刻だ。ダメージで視界は揺れているし、カムイはパワー、コントロール共に相手の方が上。逆転できる方策が思い付かない。

 それでもキバは倒れるわけにはいかなかった。


「俺が戦う時は、いつでも後ろに誰かがいるんだ」


 気心知れた相手との、戯れ程度の賭け。とはいえ、この勝負にはクレアの自由が懸かっていた。なら「拳屋」として、最後まで諦めるわけにはいかない。

 そんな決意のこもった眼差しを向けられ、リチャードは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「拳屋……隊長の夢を、やはり貴方が継いでいたのですね。お嬢様をお救いしたのが拳屋と聞いた時は、年甲斐もなく胸が踊りましたよ」


 だがそれも束の間のことだった。その視線は鋭いものへと戻り、再び拳を握って構える。


「ではその拳屋の生き様、とくと見せていただきましょう」

「いいぜ……その目に焼き付けな」


 言って、ふらりと倒れこむキバ。だが地面に激突する前に駆け出し、その勢いを前進する力に変えてリチャードへと迫る。

 一方、その動きを冷静に目で追いつつ迎撃体勢をとるリチャード。

 キバの狙いはシンプルだ。相手の防御を正面から破ることができない以上、カムイでのガードが困難なタイミングで、力を集約させるのが困難な箇所を狙うしかない。


(攻撃をかわすと同時に、空いた顔面に拳を叩き込む……!)


 攻撃を避けられなければそれまで。避けられたとしても、こちらの攻撃が遅れれば防がれる可能性は高くなる。

 回避と反撃。リーチの差も考えると、この二つを同時に成功させることは容易ではない。だがそれを実現するため、キバは全神経を目の前の巨体に集中させる。

 キバがリチャードの間合いに入った瞬間、その時は訪れた。


「むん!」


 裂帛の気合と共に、リチャードの拳が襲い掛かる。だが既に一撃を食らっているキバは、彼のリーチと攻撃のタイミングを正確に予測していた。上体を屈め、強く地面を踏みしめたキバの頭上を、豪腕がうなりを上げて通り過ぎる。

 そして次の瞬間、キバの全身の力を集めた一撃が、槍のように真っ直ぐリチャードの顎へ突き刺さった。

 衝撃が相手の体内へと響き渡る、確かな手応えを感じる。

 リチャードの膝がゆっくりと崩れ落ち――そして、地面に着く直前で止まった。


「お見事……」


 賛辞の声が耳を打つのと同時に、巨大な拳がキバの視界を覆う。彼の意識は、そこで途切れた。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 目を覚ますとそこは、馴染みの診療所のベッドの上だった。

 反射的に体を起こすと、傍らに座っていたヒトミが驚いたように目を丸くする。合わせて、診療机に腰掛けていたサラが口を開いた。


「お、目が覚めたようだな」

「……負けちまったか」


 状況を把握し、額を押さえるキバ。敗北自体が単純に悔しい。だが子供の頃に憧れた人が、未だ自分より強いという事実が嬉しくもあり、妙な気分だった。


「それにしても驚いたぞ。クレアの家の執事が死んだと思ってたリチャードで、しかも気絶したお前を担いで現れたんだからな」

「サラ……お前、嬢ちゃんと知り合いだったのか?」


 寝台から下りながらキバが訊ねる。


「少し前に、パン屋でな。あたしがお前と知り合いだったと知って、向こうも驚いてたよ。世間は狭いというが……どうせならもっと早く再会したかったな」


 サラはリチャードと対面した時のキバと、同じ台詞を吐きながら煙草を取り出し、


「ああそうだ。クレアから伝言。『次は勝ってくださいね』だってさ」


 そう言って口にくわえた。いつもと同じく、その先に火を点けることはしない。


「う……」


 敗北を半ば喜んでいたキバの胸に、彼女からの言葉がぐさりと刺さる。

 そんな彼の様子を愉快そうに眺めながら、サラはヒトミの手元を指差した。


「今回は負けたから、報酬はそれだけだ」


 指の先ではクッキーの包みが一つ、ヒトミの手の中に納まっている。クレアが孤児達に配っていたのと同じものだ。おそらく余った物だろう。

 包みは開かれており、中身を口に入れたヒトミが、その目を静かに輝かせている。


「クレア、いい人」

(餌付けされてる……)


 自分のもらった報酬が無断で食われていることに疑問を感じるも、物が物だけに、何より負けた手前強く言えず、キバは抗議の言葉を呑み込んだ。


「どうだった? リチャードと戦ってみて」


 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、サラが訊ねる。


「やっぱり強かったよ。手も足も出なかった……あと、お前の言う通りだった」

「? 何がだ?」

「死んだ仲間の仇を討つより、生きてる仲間と会う方が有意義だ」


 頭では分かっていたことだが、リチャードと再会したことで、キバはその言葉の意味を実感していた。

 師の仇を求める気持ちが消えたわけでも、いざ仇と対面した際に、どうしたいのか分かったわけでもない。だがそんなものは、いざ出会ってから考えればいい。そう開き直れるくらい、今のキバはすっきりとした気分だった。

 そんな彼の姿を見て、サラは一瞬だけ目を丸くした後、


「ようやく分かったか、この馬鹿者め」


 言って、きつい印象の強いその顔に笑みを浮かべる。

 知り合って十年。そんなキバでも初めて見るような、満面の笑顔だった。

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