表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拳屋 vol.03 「人間要塞」  作者: マカ北川
1/3

存在意義

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 改行の仕方を少し変えてみました。

 以前と比べて見やすくなったor見難くなった等ありましたら、

 ご指摘いただけるとありがたいです。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 餓狼隊についてキバが知っていることは、実はそう多くない。

 内戦の早期終結を目的に集められた、政府軍最強の部隊。少年の頃のキバにとっては、それで十分だった。

 全員が一騎当千の猛者であり、憧れの戦士。彼らを倒せる者など、いるはずもない。そう信じて、キバはその日も彼らの帰りを待っていた。しかし――


「…………!!」


 そんな子供の幻想を打ち砕かれ、彼は言葉を失った。

 帰還した彼らは皆激しく疲弊しており、一人では立てない者もいる。


「くそっ!」


 聞こえてきた悪態に目を向けると、黒髪の青年が一人、固く拳を握り締めていた。比較的軽傷で、自分の足で立ってはいるものの、疲労の色までは隠せていない。

 十八歳という若さで、餓狼隊の副長を務める実力者。そんな彼でさえ、頬には深い傷を負っていた。


「紫電の連中め、噂には聞いていたがあれほどとは……」


 彼の言葉に不安を感じ、辺りを見渡す。いつもなら真っ先に目に入る巨体が、今日は見当たらないことに気付いた。


「リチャードは?」


 恐る恐る、青年に問い掛ける。


「死んだよ」


 青年の答えは、これ以上ないほど簡潔で、容赦のないものだった。

 それを聞いて言葉を失うキバの肩に、別の青年がそっと手を置く。振り返ると、白衣を着た青年の、優しい顔が目に入った。


「ドクター……」

「大丈夫。あの人ならきっと生きています」


 それに対し、副長の青年は声を荒げた。


「あの高さから落ちて、生きてるわけないだろ!」

「無事ということはないでしょうが、彼があの程度で死ぬとは思えません」


 ドクターは一歩も退かず、副長の目を見返して言う。


「…………」

「…………」


 二人はしばらくの間無言でにらみ合っていたが、


「そう思いたければ好きにしろ」


 やがて副長はそう言うと、きびすを返してその場を後にした。


「さて、僕も皆さんの手当てをしないと。手を貸してもらえますか」

「了解!」


 ドクターの言葉に顔を輝かせ、キバは深々と頷く。


(そうだよ。ドクターがいる以上、誰も死ぬもんか)


 彼にも救えなかった仲間がいることを、キバは知っていた。それでも、そう信じずにはいられない。

 一方で、ドクター自身が死ぬかもしれないとは、思いもしなかった。

 こんなにも優しい人が死ぬなんてことは、夢にも……



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「まあ、完治したと言っていいだろう」


 投げやり気味な医者の言葉に、赤い髪の青年――キバは胸を撫で下ろした。これでようやく仕事が再開できる。


「二度も傷が開いたと言ってきた時は、正直ぶん殴ってやろうかと思ったが」

「いや、実際ぶん殴っただろ……」


 言いながら、キバはその時に殴られた頬をさすった。他の患者には、こんな乱暴な真似はしていないことを祈る。

 医者の名はサラ。キバにとっては恩人の妹であると同時に、十年近い付き合いになる昔馴染みでもある。きつい口調や、眼鏡の奥に見えるきつい目つきにも慣れたものだ。

 キバは二週間前に受けた傷の経過を診てもらうため、彼女の経営する小さな診療所を訪れていた。


「待合所の掃除、終わった」


 診察が終わったタイミングを見計らって、部屋の外から声が掛けられる。

 二人が視線を向けると、男物のコートとハットを身に着けた少女――キバの連れのヒトミが、ほうきを手にしたまま診察室を覗いていた。


「ありがとう。次は病室のほうを頼む。今は患者もいないから、気を遣う必要はない」

「分かった」


 サラが言うと、ヒトミはさっと顔を引っ込めた。次いで、スリッパが床を叩く音が聞こえてくる。


「本来はキバ、お前がやるべき仕事じゃないのか?」

「……仕方ないだろ。安全な仕事しか任せられないんだから」


 痛いところを突かれ、顔をしかめる。

 ヒトミが行っているのは、診察費代わりにサラがキバへと押し付けた雑用の数々だ。

 サラはやれやれといった様子で肩をすくめると、白衣のポケットから煙草を取り出して口にくわえる。だがその先端に火を点けているところを、キバは見たことがなかった。

 会話が途切れ、二人の間に静寂が訪れる。この二週間、キバが診療所を訪れる度に繰り返される光景だ。

 キバにはサラへ伝えるべきことがある。彼女もそれに気付いていたが、深刻な空気を察して、無理に白状させようとはしなかった。

 だが怪我が完治した以上、二人が会う機会は少なくなる。

 意を決して、キバはゆっくりと口を開いた。


「この前、ドクターの仇を倒した」


 それを聞いて、サラの肩がぴくりと揺れる。


「殺したのか?」


 医者の口から出るには物騒な質問に、キバは首を横に振った。


「とどめは刺さなかった」

「何故だ?」

「……俺にも分からん」


 逡巡の後にキバが答えると、サラは机の上の灰皿に、火のない煙草を押し付けた。


「それでよかったんだ。仇を討っても兄は喜ばない。むしろ嘆くような人だった」


 彼女は立ち上がると、診察室の窓を開ける。外から風が入ってきて、室内の淀んだ空気が追い出されていく。それとは対照的に、キバの胸の内にはもやもやしたものが溜まっていった。


「死んだ仲間の仇を討つより、生きてる仲間と会う方がよほど有意義だ。そうは思わないか?」


 その問い掛けに、キバは答えることができない。

 サラの言いたいことは分かる。だが仇を追い求める気持ちを否定することはできない。

 彼にとって師であり、父であった、餓狼隊の隊長を殺した男。あの男に、もう一度会いたいという気持ちを。


「……少し歩いてくる」


 結局、彼女の問いから逃げるように、キバは部屋の出口へと向かった。

 途中で立ち止まり、


「肉を食う奴がいるから、肉屋がいる。靴を履く奴がいるから、靴屋がいる。暴力におびえる奴がいるから、俺がいる……ただ、それだけだ」


 誰に向けるわけでもなく、つぶやく。

 いつもなら自信満々に言い放つ台詞だが、今日だけは自信が持てなかった。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 外の空気を吸えば気が晴れるかと思ったが、そんなことはなかった。晴れ渡る青空を見上げるキバの胸中には、未だどんよりと雲がかかっている。

 仕事が見付かれば気が紛れるかもしれない。そう思って仲介屋に会ってみたが、残念ながら空振りだった。マフィアの用心棒、抗争の助っ人、怪しい取り引きの護衛……紹介された仕事はどれも、拳屋にとって管轄外の内容だ。


「相変わらず正義の味方気取りやがって」


 別れ際、仲介屋に言われた台詞を思い出す。別に正義の味方を気取っているつもりはない。肉屋が靴を売らないように、靴屋が肉を売らないように、拳屋の存在意義に反した仕事をするつもりはない、というだけのことだ。

 だが一方で、キバは師の仇を追っている。その理由は正直自分でも分からないが、


(やっぱり仇が討ちたいのかね……)


 「壊し屋」ウォン・ロンがドクターの仇だと知った時、怒りで目の前が真っ白になったことを思い出す。

 他人のために暴力を振るうべき拳屋が、自分のための復讐を望んでいる。そう思うと、更に気分が重くなった。

 そんな時――


「どいてくださーーーい!!」


 警告の声を耳にして、キバはそちらを見上げた。ゆるやかな坂から、かなりの勢いで台車が滑り落ちて来る。

 言われたとおり避けようとしたが、台車に詰まれた麻袋に「小麦粉」と書かれているのを見て、気が変わった。貴重な食料が道にぶちまけられるのを、黙って見ているのは忍びない。

 キバは腰を落とすと、漆黒のグローブに包まれた両手で台車を受け止める。

 荷物を傷つけないよう注意したが、勢いを完全に殺すことはできなかった。台車を押していた人物は慣性に引っ張られて、麻袋に顔面から突っ込む。べちっという、何とも言えない音が響いた。


「悪い。もう少し上手く受け止められれば良かったんだが」

「いえ、お気になさらずに……」


 キバが謝罪すると、台車を押していた人物が顔を上げる。整った顔立ちと、美しい金髪が印象的な少女だ。涙目で額を押さえるその少女に、キバは見覚えがあった。


「あんたは……」

「拳屋様!」


 向こうも同じだったようで、彼の顔を見るなり声を上げる。

 少女の名はクレア。この辺りでは有名な資産家の孫娘で、キバにとっては誘拐されているところを助けた相手でもあった。


「すみません、その節は大変お世話になっておきながらろくにお礼もせず、また助けていただいて……」


 危機から脱した反動か、それとも突然の再会に戸惑っているのか、クレアの顔が真っ赤に染まる。心拍数が上がっているせいか、口調も早い。


「落ち着けって。ほら、深呼吸」


 キバが促すと、クレアは素直に大きく息を吸って、吐いた。まだ頬のところに朱が残っているものの、落ち着きを取り戻す。その様子は両家のお嬢様というより、ごく普通の少女と特に変わらない印象だ。


「二度も助けていただき、ありがとうございます。拳屋様」

「いいってことよ。それよりその呼び方はやめてくれないか。俺の名はキバだ」


 慣れない呼ばれ方にむずむずして、自分の名前を告げる。すると少女は顔を輝かせて、


「キバ様」


 と言い直した。それを聞いてキバはがっくりと肩を落とす。

 前言撤回。流石は両家のお嬢様だ。感覚がどこかずれている。

 「様」も取ってもらおうと口を開くが、その呼び方に何の疑問も持たない彼女の顔を見て、訂正する気が失せた。代わりに――


「とりあえず、平らなところで話すか」


 台車を受け止めた体勢のまま、そう提案した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ