(4)
絹子はいらいらと娘の携帯にリダイアルし続けた。しかし亜矢は電話に出ない。
「コノデンワハデンゲンガハイッテナイカ……」
同じ電子音声を聞いたのはこれで何度目だろう。友だちと映画を観にいくと言って出かけたけれど、夕食までには帰ると言っていたのに。予定が変わったなら、なぜ連絡をくれないのだろう。
時計の針はすでに九時を少し回っていた。
苛立ちが収まると、絹子は次第に不安になってきた。ストーカーとか何とか、最近は物騒な事件が多い。バス停から家までだって、住宅地だから、少し遅い時間になると人通りが絶える。亜矢から連絡がない上に、携帯まで通じないのは普通じゃない。娘の身になにかあったのではないかと思うと、居ても立ってもいられなかった。泰三は今日は忘年会で帰りが遅くなる。
絹子は、バス停まで亜矢を迎えに行くことにした。街灯の光に白々と照らし出された道に人影はなく、絹子は小走りになった。走りながら、もう一度娘の携帯にかけてみたが、やっぱり亜矢は出なかった。しかし家から五十メートルほどきたところで、絹子の足が止まった。無人と思っていた古い洋館の窓に明かりが見える。
―― この家は空き家だって聞いたのに
そして絹子は洋館の窓ごしに信じられないものを見た。古びたランプの灯りに照らし出されたレースのカーテンの向こうに亜矢がいたのだ。絹子は夢中で洋館に飛び込み、光の見えた部屋のドアを開けた。
ソファーの上に、鮮やかな牡丹の模様の振袖を着た亜矢が、白い袖で顔を隠し、倒れこむような姿勢で横たわっていた。
「亜矢、こんなところで何してるの?それに、この恰好は一体?」
絹子は声を昂ぶらせながら、娘の体を揺さぶった。亜矢は無言のまま肩を震わせている。
「何をしてるの?亜矢、ねえ亜矢ったら」
亜矢の喉から、くっくっと笑い声が洩れた。その声は、やがてこらえきれないように大きくなった。絹子は、女の体から手を離して、飛びすざった。
―― これは亜矢じゃない
女は顔を上げ、絹子を見た。白目を剥いた蒼白な顔の中で、唇だけが血をしたたらせたように赤く、女はその道化師のような真っ赤な口を開けておかしくてたまらないというように甲高い声で笑い始めた。恐怖のあまり床に倒れた絹子の首に、女は氷のように冷たい両手をかけ、指先に力を込めた。大きく見開かれた絹子の視界の中で、眼前の女の顔に亜矢の顔が重なった。
「あ、あや……なぜ」