(1)
―― お化け屋敷
町内の人たちは、その古びた洋館をひそかにそう呼んでいた。
建てられてから、すでに半世紀以上は経っているだろう。水色に塗られていた板壁はすっかりペンキがはげて、皮膚病のように見える無数の黒いひび割れにおおわれている。夏になると、錆びた鉄柵に囲まれた庭には人の背丈ほどもある雑草が生い茂り、庭の右手にある小さな池には青黒い濁った水が澱んでいた。その池から蛇やとかげなどといった気味の悪い生き物が這い出して、周囲の住人たちのひんしゅくを買った。倒れかけた門扉にかろうじて「大原」と読める表札が下げてあるが、人の住んでいるような気配はほとんどなかった。
しかし、洋館の隣りに住む伊東のおばあちゃんは、ずっとその家が空き家ではないと言い張ってきた。この界隈では洋館とおばあちゃんの家だけが建て替えられず、昔のままの姿で残っている。伊東のおばあちゃんは、回覧板を持っていった時などに洋館の奥さんに会うのだという。
「大原さんの奥さんは、若い頃からきれいな人じゃったけど、相変わらず品があってね。娘さんも奥さんに似て、そりゃあ別嬪さんなんだよ」
近所の人たちは、もう何年も前から、伊東のおばあちゃんに同じ話を繰り返し聞かされているので、その洋館は空き家ではないと思っていた。
そして、その洋館の近所に住んでいる高坂亜矢という十九歳の女子大生は、ある理由で洋館に人が住んでいることを確信していた。
それは、大学に入学して半年ほどたった、しとしとと霧雨の降る初秋の夕方だった。亜矢は、洋館の出窓がかすかに明るいことに気づいた。よく見ると出窓に古い小さなランプが置いてある。
次の日も、その次の日も、昼間は白いレースのカーテンが下がっているだけの出窓に、陽が落ちてあたりが薄暗くなると、小さなランプが置かれ、灯がともるのだ。それは今にも消えてしまいそうな儚げなオレンジ色の光に、青い蝶の模様がくっきりと浮かびあがる、アンティークなステンドグラスのランプだった。