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私は「それにどういう意味があるのか」と問うた。
これは聞かなければならないことである。彼の価値観は理解できないことはないのだが、それでもそこに意味を求めてしまうのが普通だろう。
すると彼は次のように答えた。
「意味ですか? それを問われると困ってしまうものですね。ただ知りたい、というだけですかね。ただ知りたい。ちゃんとした、誰にでもわかる基準で、自分の価値が知りたい。それだけ、なんですけどね」
それはどうなのだろう。少なくとも私が彼に対して、間違っているだの正しいだのを述べるのはおかしいということだけはわかる。
歴とした信念があるのなら否定できる。理屈があるのなら覆すこともできる。
しかし「知りたいだけ」などという曖昧な理由では、そう言った反対の言葉は述べにくい。ならやってみたらいいと思うよ。くらいにしか私は思えないのだ。
言葉に詰まった私は、未だ意味のわからない部分を尋ねてみることにした。
「それでなんでゲームなんです? それにさっきは株の本を読んでましたよね? お金を稼ぎたいっていうのなら、仕事に一生懸命になるだけでもよさそうなものなのに」
私の夫のように。とは最後に付け加えなかった。
すると彼はまた幼い照れを見せつつも、ここでは明確な考えを持って答える。
「仕事をしてるだけでは、限界が見える気がするんですよね」
そして「公務員だからこそ、というのはありますけど」などと言うのだ。
「……よく、わからないです」
「ですから、公務員の仕事をしていて、それだけをひたすらに頑張ったとして、誰よりも頑張ったからといって、じゃあどの公務員よりも圧倒的にお金を稼げるなんて、そんなことはないですもん」
圧倒的に、と彼は言った。一体彼はお金を稼ぐということに対して、どのくらいの規模の稼ぎを目標にしているのだろう。私にはよくわからない。
「結局、公務員なんてどれだけ頑張ったところで限界はあるんですよね。……これは公務員に限った話ではないと思いますけど」
「……はぁ」
私よりおそらく年下で、そしておそらく私の夫と同い年くらいの人の発言とは思えなくなってきた。
「つまりですね、仕事だけ頑張っても、仕事だけで稼げる金額には上限が必ずあって、それが僕の価値だというのは気に食わないって話なんですか」
彼は笑ってそう言った。
私はなんとなく、彼の言いたいことがわかってきたようだった。
「だから株にも手を出してみたいし、現にこうやってノベルゲームの背景担当もしている。どうにかして仕事以外でもお金を稼いで、自分の価値を上げたい」
たぶん彼の中にはもう少しちゃんとした前提があるのだろう。例えば『仕事だけ頑張っても稼ぎに上限があるから別のことでお金を稼ぎたい。でもそれは一定以上、きちんと仕事を頑張った上での話で、今の仕事をちゃんとこなせないようでは他に手を出すべきではない』といったことや、『自ら起業したら、稼ぎの上限があるわけではないのだから、他のことに手を出さずそれだけを頑張る』とか、そう言った思いがあるのだろう。
「もっと恥ずかしい言い方をすると、自分の才能をもっと知りたいってだけなんですかね」
才能の有る無しもまた、測るのは難しいことだ。だからいろんなことに手を出して才能を探り、それがお金になれば自分の才能として自分は認めることができる。そういうことなのだろう。
「株はまだわかりません。勉強中です。でもこの絵を描く趣味は、ちょっと諦め気味ですね。ずっと趣味で続けてはいますけど、一向にお金にならないですから。これはもう、才能がないと言ってもいいかもしれません」
そういう風に、ある意味でわかり易すぎる基準で自分の才能を見限らない方が良いのではないか、私はそう思ったが、決して口には出さなかった。
彼がそう言うのなら、それが正しいということで良い思うからだ。
「他にもいろいろ試してはいるんですけどねぇ……」
そう言って彼は、今試していること、これから試そうとしていることを楽しそうに語ってくれ、それでも最後にこう言うのだった。
「まあ結局、ただの自己満足でしかありませんよ。僕はまだ結婚していないので、というより付き合っている人もいませんのでよくわからないのですけど、男性の価値というのはやっぱりお金を稼ぐだけに止めてはいけないのでしょ?」