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価値の定義  作者: 歌多琴
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5

 それなのに、だ。

 見計らったようにバーのマスターが、そのスケッチをする男性に声を掛けたのである。

「どうです? 期限には間に合いそうですか?」

 ぎょっとした。期限? 期限とは何の期限だというのだろうか。

「えぇ。おかげさまで。とりあえず下書きは一通りできそうです。今夜中にね」

 朗らかに彼は答えた。「それはよかったです」と、マスターもまたニコリと笑って言った。

 この時点で私は隣に座る男性が、一体どういう人なのか見当もつかなくなった。

 そもそも隣に座った見知らぬ人間がどういう人間かなんて、そうそうわかるものではないことは当たり前だが、それでもこのときの私はそう思ったのだ。

 彼の服装を改めて見てみると、どうみてもビジネススーツ。仕事返りというのは間違いないだろう。

 またその雰囲気からどこか夫と通じるものがある。銀行員ではないにしろ、硬派な職業ではないだろうか。

 そんな彼は株を勉強し、そして今期限に間に合わすためにバーの内装をスケッチしている。

 少なくとも私の人生、こんなに謎と思える人はいない。

「あの……。どうかされましたか」

 いつの間にか私は隣の男性を直視していたのだろう。彼の方から私に声を掛けてきた。

「え? あ……いえ」

 戸惑った私はそれを表した声をボソボソと上げ、どうしたものかと考えた。

 気を悪くさせただろうか。それはそうだろう。期限に間に合わそうとスケッチしていたら、隣の見知らぬ女性が自分を凝視してくるのだ。気を悪くしないまでも、気にならないわけがない。

「……」

 ちょっと思案した私であるが、ここは思い切って彼に尋ねてみることにした。

「あの……。隣に座っても、いいでしょうか?」

 彼は少し困った表情を一瞬見せたものの、「えぇ。どうぞ」とおそらく快く了承してくれた。


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