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価値の定義  作者: 歌多琴
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 そうして私は自宅に戻る。

 きっと2つ年下の夫は、帰ってきているだろう。そして私の帰りを笑顔で「おかえり」と迎えてくれるのだろう。

「信用……されてるよな」

 ぼんやりと私は呟いた。私が逆の立場だったら、きっと浮気を疑うに決まっている。

 夫がお金に一番の興味を持っているのは確かなのだが、それでも私のことを信用し、信頼してくれている。この理屈のない信用も、夫の価値といってしまえばそうなのだろう。

 自宅が目の前に近づいてきたとき、私はバーであったある意味で金の亡者のような男性の言葉を思い出す。

「どうして自分より、お金の方が大事なのか、尋ねてみたらいいじゃないですか。きっとなにかくだらない理由がありますよ」

 そう彼は年上の私にアドバイスをしたのだった。

 しかしなるほど、以前私が受けたものよりは、アドバイスとしては価値のあるものに違いない。

 私はそして、自宅に戻った。

「――あ、おかえりなさい。また呑みに行ってたんですか? 好きですねぇ」

 夫はにこやかにそう言った。これだけ見ると、お金を第一に考えてるとは思えないが、しかし部屋の中に入ってみると、彼は株の勉強をしていたようだ。


 いつも彼は言う。「株で一儲けしてみたいんだ」と。

 そんな夫に呆れつつ、しかし私には呆れない夫を見つつ、あの質問をしてみるのだった。

 一体どんなくだらない理由なのだろう。

 すると彼は答えるのだ。

「え? 何でお金を稼ぐことがなにより好きか? ……嫉妬ですか?」

 ケラケラとした様子で尋ね返す彼が、どうにも憎たらしい。

「冗談じゃなくってね。私は少し寂しいのだ。君が私より、その……お金を稼ぐことの方が好きなのかなって」

 なんということだろう。今までこんな甘ったるい言葉を吐いたことのない私なのだが、それでもなんというか、これは酔っているからだ。仕方がないだろう。

 実際、夫も仰天していた。まさか私の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。

 だからなのか、少し真面目な表情になって答える。

「そうだなぁ。……相応しい夫になりたい。それだけかな。お金を誰よりも稼いで、純子さんの夫として相応しい人間になりたい、かな。ほら、俺ってまだまだ未熟だし」

「……」

 なんだそれは。こいつはそんなことを感じて必死になっていたのか。

 確かに私は美人だ。私たち夫婦を美男美女という人も多いが、それは間違いで、正しくは微美男美女だ。その微を埋めるために彼は頑張っていたのか。

 なんという無駄なことか。お金がすべてではないと、ハッキリとこいつに伝えなければならないだろう。

「……そう思うなら、私を金稼ぎより大事にしろよ。……その方が嬉しい」

「あ、うん。……頑張ります」

「それなら、ほら。……ベッドに来いよ」

 時刻は22時を過ぎた頃であった。たまには夜、株の勉強なんてやめて一緒にゆっくり過ごしたっていいと、私は思うのだ。

 しかしである。

「え、いや……。今日はまだ勉強したいというか……」

「……結局、金の方が大事なのかよ」

「そんなことないんだけどさ。……もう少しだけ」

「……」

「……」

「……はいはい! わかりましたよ。お好きなだけどうぞ!」

 私はそう言うと、彼にそっぽを向いてベッドに向かった。

 なんのことはない。理由をこじつけることができても、結局あいつは金稼ぎが好きなんだ。

 そう思うと、そしてこれはやっぱり酔っているせいなのだろうが、私は布団の中でいつも以上の悲しみを押さえ込む。


 もういっそ離婚でもしてやろうか、と巡り巡って考えていた私だったが、そのうちにそっと隣に潜り込んできた奴がいる。

 他でもない、夫だ。

 時刻は23時過ぎ。私がこんなでも、こいつは一時間近くも金稼ぎの準備をしていたわけか。

 不満には思うものの、しかしいつもなら日付が変わらないと寝ない夫にしては、幾分早い就寝ではある。

 それだけで、まあ追々私を一番にしてやればいいか、と思ってしまう私は甘いのだろうか。それとも甘えるのが下手なのだろうか。


 彼が自分に対する価値と、私が彼に対する価値に齟齬があるのは、もちろんわかる。しかし自身の価値を上げたいというのなら、まずは私の価値観に則って欲しい。いくらお金を稼ごうとも、それでは意味がない。それでも彼は彼なりに、お金があれば私は喜ぶと思っているのだろう。いや、それ自体は間違っていないのだが……。それは違うのではないか。

 そんな葛藤は無視するとして、今夜は数時間だけ早い夫との就寝を密かに喜ぶ私であった。


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