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貴様の最期の物語

作者: ヒトトキ

高校の文化祭で配布した短編です。

 格安食堂がにぎわう昼時のことであった。

 食堂裏の廃材置き場にて、旅兄妹がある若い男の顛末を見守っていた。

 男曰く、呪術――すなわち呪いの儀式の一部始終を無料で公開する、というのだ。しかもその呪いをかける相手というのが、彼の元恋人だという。

 本人の意気込みは大したものだが、見物するつもりのない旅兄妹からすれば、ただの迷惑以外の何物でもない。奇怪な呪文と奇妙な小道具が次々と出る中、兄と妹はどんなタイミングでここを去るべきか、それぞれ思案を巡らせていた。

 そもそもの発端は、兄のメギリが用を足しに路地裏へ入り、その男に呼び止められたせいであった。

 店に入って便所を拝借すればいいものを、わざわざ野外で済ませようとした無頓着な兄に、妹のアイは深く嘆息した。本日この馬鹿兄の昼食は、パン抜きにして然るべきである。もちろん余ったパンはこの妹アイが貰う算段だ。

 兄の分のパンをかっ食らう自分と、奴の半泣きで汚らしく濡れた表情を想像する。ああ、早くお昼ご飯にしたい。さっさとジュジュツとやらを終わらせてはくれないだろうか。

 不意に、男の紡ぐ禍言が途切れた。

「あの女はな……俺を騙しやがったんだ」

 かと思いきや、今度は陰惨な昔話を語り始めた。訊いてもいない女の素性にはとんと興味のなかった兄妹だが、男の眼中で燃え滾る炎を視認し、観念して話を聞く体勢を取った。

 このアタマのオカシイ男に変な刺激を与えれば、きっと逆鱗に触れてしまう。直感でそう判断した。しかしそれでも二人は、茶色い地に腰を下ろそうとはしなかった。

「……愛してるだの、両想いだの、甘い言葉で俺を誘惑して、そしたら唐突に捨てられた。

 俺は何度も攻め寄った。そうしたら、異常者扱いされて、もう口すら聞いてくれなくなったよ。……おかしいだろ? 自分の言葉に責任くらい持てよ……ヒトはオモチャじゃないんだぞ……なあ、あんたたちもそう思うだろ。おかしいだろ。なあ?」

「あー、うん、私も最低だと思うよ。ご愁傷様」

 死んだ魚みたいな目で頷くアイを横目に、メギリも妹に倣って何度も頭を縦に振った。

 旅人たちの首肯に男は気を良くしたのか、口元を不気味に歪め、さらに話を続けた。

「まあ、俺もさ、大バカなのさ。そんな女に惚れ、捨てられても、まだアイツのことが好きなんだからな。本当、頭の中をいっぺん覗いてみてぇさ。だがこの辺は、分かる奴と分からん奴がいると思うんだよ。お前らはどうだ? 分かる方か?」

「そういうのは、私にはちょっと……こっちの兄貴になら理解できる話だよ、きっと」

 男と妹の視線が、メギリへと向けられる。

「ぅえッ? あ、ああ、そうだな! 俺も地元じゃあ、かなり名を馳せた色男だったからな。……ごめん、ウソです」

「使えねぇ兄貴」

 吐き捨てる妹。

 見知らぬ兄妹の、まるで漫才のようなやり取りに、男はさぞ愉快そうに笑った。

「はっはっは! ガキンチョにはまだ早い話だったか! ――ところでお前らは……その格好、旅人だよな。いつもそんな調子で旅をしているのかい?」

「まあね。あ、何だったらおじさんも旅とかしてみたらいいよ。兄貴がいない分、私より数段快適な旅行になると思うけど」

「……いや、俺はこの街で生まれたからな。死ぬときもこの街だ。それに、俺にはこの本業がある」

「呪い?」

「そうだ。ウチの家系は、代々呪術を継承してきたのさ」

「ふぅん……。何と言うか、呪われてるのはおじさんの家系かもね」

 アイの皮肉めいた一言に、男もまた自虐的な笑いを漏らす。

「そうかもな。いや、そうに違いねぇ」

 俯く男の目には、先程までの炎は消え、代わりに寂しそうな弱い光が宿っていた。




 呪術の儀式が着々と進む中、アイは呪いに利用される謎の小道具を見つめていた。

「興味あるのかい?」

 少女の視線を悟った男が、ニヤニヤしながら問う。

「こいつは馬に蹴られて死んだガキが愛用してた人形だ。『寂しさ』のカタマリさ。で、こいつは飼い主に捨てられた猫の頭蓋骨。『恨み』のカタマリだな。そんで、こいつは――」

 アイは、淡々と説明する男の冷酷さに背筋が凍った。メギリは無表情に、平静を装ってはいるが、きっと内心びくついている。元々メギリはそういう人間だ。小心者だが、ポーカーフェイスでにらめっこをさせたら、この男の右に出る者はいない。

「いろんなものがあるけど、ろくなものがないね」

 引き気味にアイが言う。

 男は笑った。

「違いない。この中には幸だの悦だの、ヒトの喜びが宿ったものは存在しないからな。すべて蔑まれし呪物。曰くつきの紛い物だ。

 ちなみに、こいつは家宝の剣。此度の呪術において、二つある肝の内の一つだ」

 男が手に取ったのは、ギラリと黒光りする、何やら歪んだ形状の剣だった。武器というより飾り物のような短剣だが、この呪われた一族の家宝ならば、よからぬ災厄を招き寄せる禁じられた道具のひとつなのだろう。

「そんで、これがもう一つの肝さ」

 男がポケットから取り出したのは、小さな人形だった。それも先程の、悲惨な死を遂げた子供が肌身離さず持っていたそれではなく、綿を千切って接着させ、無理やり人間の形を象った粗雑な出来のものだった。

「一応説明しておく。このぼろっちい綿が、あの女の『化身』となる。どういうことか分かるか?」

「分かんない」

 アイが即答する。続いてメギリも頷いた。

「つまりだな、この綿人形に起こったことが、呪いの対象の身にも起きるってことだ」

 簡潔な説明に、二人は即刻理解し、息を呑んだ。

 ヒトを殺す、という行為を目にするのはさほど珍しいことではない。争いの絶えないこの世界は、いつだってどこかしらに誰かの血が流れている。だが、こんな、言わば物理的でない『殺害』を見るというのは、旅兄妹にとって斬新で衝撃的な事象なのだ。

「……準備は終わったぜ。旅人さん方よ」

 その時が、訪れたらしい。

「これから仕上げだ。付き合ってくれてありがとうな」

「どういたしまして」

 またしてもアイが即答した。

 メギリ同様、落ち着き払った様子のアイだが、その中の心臓は緊張に激しく揺れていた。




「言い忘れてたが、この呪術……成功したら俺は死ぬ」

 呪術の最終局面、不意を打った男の宣言に、旅兄妹は目を見開いた。

「『殺し』の代償ってのは、デカい。誰かに不幸を見舞うレベルじゃ済まされないからな」

 アイが一歩前に出て、虚しく座る男に顔を下ろす。

「死んじゃったら呪術を継げないよ? いいの?」

 まるで『死』を強調するかのように声を張るアイに、だが男はかぶりを振った。

「俺はな、呪術なんてのは大嫌いなんだ。だから、そんなものを受け継いできた親父も、ジジイも、もう死んだが俺は大嫌いだ。ヒトを呪って何が愉しいやら全く理解できないからな。

 まあ、それでもよ、今この瞬間だけはこう思う。愛した女に貶められ、そいつを恨み呪い殺して、自分も一緒に死ねたなら……それはかなり痛快な結末だ、ってな」

「そうだとしたらヒトとして終わってるね、あんた」

「ああ自覚してるさ。ま、幾ら爽快な気分になろうとも、俺が呪術嫌いなことには変わりない。――なあお前ら、しっかり見届けてくれよ。これが呪術なんてモンを受け継いだ哀れな人間の末路だ。呪術を嫌っていた俺がそれに殉ずるとは、何て皮肉な結末だろうな」

 イビツな形の短剣を大振りし、綿人形に突き刺す男。

 瞬間、男は吐血し、その場に倒れ伏せた。




 昼食は格安食堂ではなく、格安売店で購入したパンで済ませることになった。

 段々と遠くなる街の景色に、旅兄妹は何の未練も抱かない。後景には目ではなく背を向け、ただひたすら歩き続ける。

「世の中には、本当に頭のネジが飛んだ人間もいるんだねぇ」

 こんがり焼かれたパンを咀嚼しながら、感慨深げに呟くアイ。だがメギリは何も言わない。

「ねぇ兄貴。あのおじさんの呪術は成功したと思う?」

 アイが問うたが、兄は相変わらず沈黙し、ひたすら遠くの景色を見つめていた。

「どうしたの? 目の前でヒトが死んだのが、そんなにショック?」

「いや」

 紡がれた否定の言の後、メギリはアイの手をちらちら見ながら、何とも恨めしそうな口調で呟いた。

「口開けるとさ、お前のパンに食らいつきたくなるんだ」

 今日の昼食、メギリはパン抜きだったのだ。

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