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男は死んでも男なのか?


 魔王城は人間が築いた城を力ずくで奪い取ったものだ。故に城内には人間の生活に必要な設備はだいたい揃っており、それには風呂も含まれる。ただし、シャワーや湯船があるのではなく、ただの蒸し風呂だが。


 そもそもなぜ急に風呂の話になるのかと言えば、それはつい先程のユウキからの一言が切っ掛けだった。


『レティーシャ。くさい』


 魔王城内のいつもの部屋に戻ってきた2人の内、真っ直ぐ寝床に向かおうとしたレティーシャを呼び止めるかのような形での一言。


『こんなの女の子に向かって言う事じゃないのは百も承知さ。でも言わせて貰う。今のレティーシャからは家畜系の、もっとはっきり言えば豚みたいな匂いがするよ。オークのが移ったんじゃない?』


 よくよく考えてみれば、物見に向かってからもう丸9日は経っており、その間は一度も風呂に入れてないのだ。匂うのは当たり前といえる。

 道中、レティーシャは河川や滝を使っての水浴びを試みていたのはいたのだが、1人になりたいレティーシャと護衛無しでは不安と言い張るオレアクスの間で平行線の言い合いがあり、結局その時間が無くなってしまった事もあった。


 女の子がこんな事言われて黙っていられる筈が無い。男でも黙ってはいないだろう。



 声の方向へ一睨みした後、レティーシャは速やかに風呂へ向かった。





 魔王城内で雑用係として使われているホフゴブリンが、レティーシャの部屋に夕飯を運んできた。


 麦の塩粥を歪な形の木製さじで口に運んでいるレティーシャの上から、ユウキが不思議そうに言った。


『ねぇ、この世界の魔物って畑仕事とかするの?』

「……はたけ?」

『あ、まずそっからか』


 レティーシャが知らないと伝えると、ユウキが質問の方向を変えてきた。


『レティーシャは、今食べてるのが何かわかる?』

「ムギの実です。軽く煮て食べるものだそうです」

『それ、調理する前のやつ見た事ある?』

「ないです。たまに魔王城に来たときくらいしか食べられませんし」


 ふむふむ、とユウキの面白がっている声が耳元に響く。


『となると、穀物はそこまで豊富じゃないのか。やっぱり肉類がメインで、山菜とかは補助と。農耕もしないみたいだし、そのあたりどうしてるんだか』


 人の歴史とは食料調達の歴史でもある。狩猟・漁業のみで食べていた頃は人口も少なく、争いも少なかった。

 それを農耕の概念が一変させた。狩りよりも遥かに効率の良く、計画的に食料を調達できる農耕のお陰で人口は激増。これが争いの激化にも繋がる。腹が減っては戦はできないからだ。



 レティーシャが教えたのでユウキも、ノーデンスが七代目で就任が約300年前だと知っている。単純に7倍しても2000年以上国を維持している計算になり、食料の大部分を狩猟に頼っている魔の王国が、どうやって人間に対抗してきたのか、ユウキはそこを疑問に思っていた。


『総動員して数千人とかだったら笑うけど。いや、さすがにそれはないか』

「人間ってそんなにたくさんいるんですか?」

『場合によるけど……戦争で万単位の動員は余裕だろうね』


 地球の世界史を例に挙げても、10万超の軍勢が動く事が多々あった三国志の時代が3世紀頃の話である。魔の王国でも、そうした大軍を相手にした事があったかもしれない。それらを追い返しているのだからやはり相応の兵力を集められるのだろう。少数なら現地調達のみで自活できるだろうが、数が増えるとそうはいかない。現地調達と後方からの輸送を組み合わせる必要がある。


『ますます納得いかん。そんな大軍どうやって養うんだろ? ま、1人で考えたってわかんないけどさ』


 ユウキが勝手に話を終わらせている間に塩粥を片づけ終えたレティーシャは、ふと以前気になっていた事を聞いてみた。


「ユウキさんって人間ですよね?」

『そうだよ』

「この間の話ですけど、ユウキさんは人間が殺されててもなんとも思わないんですか?」


 ユウキからすれば人間は同じ仲間だ。その仲間が殺され、果ては魔獣らに食われるところを見ていたはず。なのに平然としているのは何故か。普通は悲しみなり憎しみなりするだろうに。


『ああ、それね。正直言うと特に無い。いや何とも思わないって言うと嘘になるけど、別にとりたててどうこうってのはないかな』

「そうなんですか」

『肉体が無くなったせいか食欲も睡眠欲も性欲も、てか本能そのものが無くなってて、理性だけの存在みたいだし、同房とかそういうのどうでも良いな。それよりも、レティーシャの方が大事だよ』


 いきなりの不意打ち。ユウキとしては精一杯格好つけたつもりだが、姿が見えない分変な補正無しでレティーシャに届いた。


『俺はレティーシャと一緒にいるし、いるしかないんだから、君がやりたいと思う事のために力を尽くしたいと思ってる。レティーシャが魔物陣営にいるんなら、そっちを応援する。それに、生きてる間はひとつも役に立たなかった趣味の知識が使えて楽しそうだし。見てて可愛いし』

「……嬉しいです。最後の一言が気になりますけど」

『別に変な気持ちはないよ? さっきも言ったけど、もう俺にそんな欲求無いし。実際、裸や寝顔見ててもそんな気持ちは湧かなかったし……あ』


 良い感じに温まっていた空気が一気に冷えた気がした。


「今、なんて言いました?」


 さっと気配を消したユウキに呼び掛けるがどこからも返事はなく、レティーシャの声はただの独り言と化した。

 しばらく待ってみたが部屋はしん、と静まりかえっている。


「ねぇ、なんとか言ってくださいよ。ユウキさんがなに言ったって怒ったりしませんから」


 しかし、このままいつまでも黙っていられる訳は無い。話題を逸らしにかかる手もあるが、また突っ込まれたら終わりである。調子にのって余計な事を言った自分を恨めしく思いつつ、ユウキは観念して、まずは念押しをした。


『怒らないって約束なら。逃げられないし』


 ユウキからようやく返ってきた返事。レティーシャが肯定すると、ユウキは最初はぼそぼそと、途中からは一気に話し始めた。


『実は……さっき風呂入ってたとき、覗いてました。ごめんなさい。見付からないのを良い事に隅々までじっくり観賞しました。二度としませんので、どうかこのことは忘れて下さい」

「そうですか」

『え?』


 呆れた表情でさらりと受けられ、てっきり怒られるパターンだと思っていたユウキが困惑する。


『こういう時って普通怒るんじゃないの?』

「約束しましたから怒りません。軽蔑するだけです。二度としないでください」

『それ一番嫌なパターン……怒られる方がまだまし』


 食事に使った容器を部屋の外にある机へやや乱暴に置き、そのまま廊下へ出たレティーシャは室内を振り返って言った。


「協力するって言った以上はあてにしますからね。やっぱ無理とか許しませんよ」

『精一杯やりますよ……うえっ』


 歩きだしたレティーシャに引っ張られたユウキから、何か爬虫類でも潰したような声が聞こえた気がした。


 

第一部から第五部までを加筆修正しました。


後、お約束展開は出来るだけやらない方が良さそうでだと思いました。


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