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ぼて腹大将と看板参謀

 そよ風の吹く小高い丘に、いくつものテントが建てられている。


 円環と、その円上に輝く五つの星をシンボルとする″ルドベキア連邦″の国旗はためくテントから、疲れた顔を見せる若い将校が出ていった。




 その若い将校が出ていくまで待った後、一番奥に座っていた中年の男が喉を波立たせながら言った。


「どうする?」


 前を開けなければ軍服を着れない程丸々と肥え、禿げ上がった頭皮が陽光を返しててかる。

 さらに身体に不釣り合いな甲高い声で話す、はっきり言ってお近づきになりたくないこの中年男こそ、今回の魔王領侵攻作戦の司令官、ロドリグ・ヴィルトール陸軍大将である。


「魔物相手に小銃は充分通用する。これは想定した通りです。予定通り、作戦を続行なされるがよろしいかと……白兵戦の強さは予想以上でしたが、近づかなければ問題ありません」


 問いに答えたのは、ロドリグの参謀の1人、イヴァン・ノールハイム大尉。わずか26歳でありながらこの階級に就き、ルドベキア軍の若きエリートとして、また顔立ちの良さから軍の看板役としても将来を有望されている軍人である。


「そうか。では、作戦をもう一度確認する。イヴァン、説明せよ」


 その能力を高く買っている参謀の同意に、ロドリグはにやにやと笑う。

 イヴァンは金色の髪を爽やかにかきあげ、場馴れした政治家のような滑らかさで喋った。


「はっ。この先の平野部に二個師団及び抽出した砲兵隊が布陣。またこれとは別に一個連隊を先遣として峠を越えさせます」


 この作戦にルドベキア連邦が動員した兵力は、三個師団約7万人。このうち、一個師団はとある調査のため東へ向かっているので、実際に魔王軍との戦闘に投入できるのは彼等が置いていった砲兵隊と二個師団になる。


「もし敵が全軍をもって攻勢に出たなら、その時は仕方ありません。この連隊は敵を引き付けつつこの地点まで後退を重ねさせ、包囲網をもってこれを叩きます」


 諸将がうなずく。これまでに何度も確認した内容であり間違いはありえないし、あってはならない。


「しかし、敵が城の守りに充分な戦力を残している場合は、敵主力はこちらで足止めし、城攻めは教会騎士団の方々にお任せする形になります」


 連邦政府のトップから相談を受けたロドリグが、イヴァンに命じて考えさせた作戦の肝。その味を思いだし、その場にいた諸将は苦そうな顔をした。


「そして万が一、敵が出てこない場合でも同じです。城に突入するのは彼らの仕事。我が軍は包囲と支援に徹します」


 そこでいったん言葉を切り、イヴァンは強調するように最後の一文を読み上げた。


「決して、能動的な交戦をしてはいけません。連邦の戦争目的を忘れないように。これで説明を終わります」


 イヴァンが自分の席に戻ると、ロドリグは汗でどろどろのシャツで胸元に風を送りながら言った。


「明日の夜明けと共に作戦を再開する。今夜中に準備を整えておくように」





 接触より5日後の昼前。魔王城へ戻ってきたレティーシャ達はこれまでの経緯を報告したが、ノーデンスとハルファスの2人は、やはり人間らの使う武器に興味を示していた。


「まずは物見の任、御苦労……しかし人間どもめ、なかなか厄介な武器を持ってきましたな」


 魔王軍の実質的なトップでもある″魔王三翼″の筆頭、ハルファスが言った。


「敵に飛び道具が豊富な以上、迂闊に正面から攻めかかっては泣きを見る。まずは飛び道具を封じる手立てが必要だな。何か思う事があれば、遠慮なく述べてみよ」


 ハルファスはレティーシャらに発言権を渡した。


『……レティーシャ』


 そのレティーシャの耳元で、ユウキが小声で話し掛ける。


『銃の弱点は、真っ直ぐにしか撃てない事と、狙わないと当たらない事だ。だから、部隊を分けていろんな方向から攻撃をかけて、落ち着いて狙えないようにしてやれば、なんとか白兵戦に持ち込めると思う』


 小銃弾のサイズは非常に小さく、大型だった初期の物でも大人の人差し指より太い物はそうそう無い。


 また、目の前ならともかく数百メートル先の目標目掛けて撃ったところでそうそう当たらない。相手がランダムに動く目標であれば尚更で、まず肉眼照準では無理だろう。それが出来るからこそ某白い死神は伝説的人物になったのだ。


 そういった事情で、銃というものは複数人で同時に発砲して弾幕を形成、まさに″数撃ちゃあたる″理論で運用されてきた。機関銃も、少数で効率的な弾幕を張ろうとして開発されたものである。


 そこでユウキが考えたのは、複数方向から襲撃する事で敵戦力の分散を狙う事である。戦力が分散すれば弾幕は当然薄くなる。こちらがつけ込む隙はそこにしかなく、また白兵戦になってしまえば勝てると踏んだのだ。


『どうかな? よかったら言ってみてよ』


 だが、いくらユウキが良い作戦だと思っていても、レティーシャが代弁してくれなければ意見は永久に通らない。


「どうした、何か言いたそうに見えるが?」


 レティーシャの顔を見てハルファスから話が振られてきたので、これ幸いと言ってみた。


「あの……手分けして、色んな方向から攻めてみたらどうでしょうか?」

「つまり包囲か」


 2人の言いたい事を、ハルファスは1単語にまとめてしまった。


「確かに、一塊となってぶつかるより遥かに良かろう。その案に賛成する。魔王様、いかが思われますか」

「余にも異論は無い。委細任せよう」


 ノーデンスも軽くうなずいて認める。


「はっ……ではレティーシャ。準備ができ次第兵を出す。おそらく2日後の早朝となるだろうから、それまでゆっくり休んでいると良い。オレアクスも彼女に付き従い、よく支えるように。では、下がってよい」


「失礼します」


 その言葉に、ヘビのようにぺこりと、意外に可愛らしく頭を下げたオレアクスが立ち上がり、戸を開けた。




 2人が出ていくまで待っていたハルファスが、ノーデンスの前にでる。


「で、継名けいめいの件だが、それで良いな?」


 レティーシャ達が来るまで、2人で話していた案件について、ノーデンスは改めて確認した。


「はい。確かに幼名のまま参じさせる訳にはいきませんし、良い機会かと」

「うむ。調整は余がやろう。予定通り、戦の準備を進めておいてくれ」

「はっ。ではこれにて失礼します」


 短いやり取りの後、ハルファスもその場を辞す。

 おそらく2日後とは言ったが、このままでは準備は終わらない。2日で済ませるために、マイペースで作業しているであろう同僚の元へ行って急かしてくる必要があった。





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