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接触


 ぺたりぺたりと馬頭鬼が歩く。

 この生き物は人と同じ5本の指を持っているため、必要に駆られれば断崖絶壁もよじ登るなど本物の馬より走破性は良いのだが、いかんせん歩くのが遅い。



 魔王城を出てより丸4日。街道に山道に今は峠を下りと歩きに歩き通し、ようやく目的地まで半分の距離に達した辺りで、先行させていたコボルドに干し肉の欠片をやったオレアクスが全隊に止まるよう指示を出した。


「急にどうしたん……です、か?」


 4日間の行軍で、自身の清潔度合いが内心とても気にかかるレティーシャが怪訝そうに問い掛ける。

 が、オレアクス他家臣団の全員が何かを理解したかのように殺伐とした雰囲気をまとい始め、自分だけ周りについていけてない事に気付いて戸惑った。


「どうやらこの先に人間がいるようです。いよいよ戦ですな。心の準備はよろしいですか?」


 人間、と聞いて後方の魔獣兵たちの間にも熱気が立ち込める。


『あの、敵の人数はわからないのですか?』


 ユウキがオレアクスに向かって話し掛けたが、オレアクスは聞こえていないかのように正面を向いたままである。


『あれ、もしかして会話も駄目なの?』


 姿が見えないだけでなく、レティーシャ以外には声すら届かないのか。

 耳元によっていろいろ話し掛けているが無視されているユウキを見かねた(見えてはいないが、声は聴こえる)レティーシャが、同じ事を代わりに聞いてあげた。


「敵の人数ですか? さて、わかりませんな。なんせコボルドという奴は2以上の数を数えられない低能な生き物なので。まあ、ここまで峠の出口に近付いておるのに気配も感じぬということは余程の小勢でしょう。心配はいらぬかと」




 ちょっとした扇状地になっている峠の出口に下り込んだ魔王軍の目の前には、予想通り敵の小集団が展開していた。

 数はこちらと同程度の黒い服の人間達が、円弧状に3隊に分かれつつあり、出口付近で群がっているレティーシャ達を取り囲んでいる。向こうもほぼ同時にこちらの存在に気付いたようだ。


「む……敵は筒兵のみか?」


 オレアクスが敵軍の編成を見て疑問げに言った。

 筒兵の筒とは鉄砲の事を言っているのであり、敵部隊全員が鉄砲兵のみで編成され護衛の部隊がいないのが不思議な点だった。次弾装填中の鉄砲隊が脆弱なことくらい、銃を使わない魔王軍の面々でも知っている。


「……オークども、前に出ろ!」


 命令が飛び、脂で身体が分厚くそう簡単にはやられないオーク達が先頭に立ち、その後ろでは弓装備のスケルトンが列を作って並び、腐った矢をつがえている。


「突っ込め!」


 豚の悲鳴なのか雄叫びなのか、判別不可能な叫びをあげながら魔獣達が突進を始める。それを援護するように、スケルトンが一斉に矢を空めがけて放った。


 それに対し、横一列に並んでいた敵兵たちは一斉にその場に伏せ匍匐の姿勢をとり、押し寄せる化け物たちに銃口を向ける。


「撃てぇッ!」


 引き金が絞られると共に鉛の弾丸が火を曳いて飛び三方向からの十字砲火を形成、運悪く射線上にいたオークの脚を貫いた。

 胸や腹ならば弾丸だろうと豊富な肉が絡めとるであろうが、脚を狙われては分が悪い。地面に転げる魔獣が続出した。


「貴様らッ、落ち着いて装填しろ、大至急だ!」


 指揮官の一見無茶苦茶な指示をそれでも実行するように、兵たちは匍匐態勢のまま銃身後方のふたを開けて金属製の薬莢を装填、姿勢をいっさい変えることなく発射用意を済ませる。


「てぇッ!」


 百数十発の弾丸が、再び化け物たちをなぎ倒した。



「なに……」


 オレアクスは信じられない物を見たかのように爬虫類独特の目を丸くした。


 人間が使うあの筒は、一度火を噴いたら次を仕込む為に長く大きな隙ができる筈なのだ。

 それがこの連中はどうだ、あっという間に仕込みを終わらせてしまったではないか。


「もっと気合い入れて駆けろッ、懐へ潜ってしまえばこっちのモノだ!」


 的になるとは解っていても、一度動き出した以上は止まれない。オレアクスには兵を怒鳴りつけ、なんとしても白兵戦へ持ち込むしか道が無かった。



 レティーシャには何が何だか理解が追い付かない。ただ、味方がバタバタバタと倒れていっているのはわかる。


『おいおいおい、あれボルトアクションライフルだろ。棍棒対小銃とか話になんねぇよ……』


 ユウキはこの一方的な戦闘に軽い絶望すら抱きつつある。

 装備から見て、敵は徴兵制度によって整備された正規かつ常備の近代軍隊であるとみて間違いない。半面こちらは戦の度に召集をかける、非常備の中世軍隊。装備も錬度も劣り勝ち目は薄い。これは大ピンチではないのか。



 ここでレティーシャとユウキ、2人が同時にはっと気付いた。自分達の周りには誰もおらず、物理的に孤立していることに。

 さっきまで傍にいた筈のオレアクス達は何処にいった?


 彼らは直ぐに見付かった。味方の劣勢に我慢ならず、自ら攻め手に加わっていたのだ。

 本気を出した馬頭鬼の疾走で弾丸の夕立の中を駆け抜け、部隊の先頭に躍り出ようとしている。


「進め、進めッ!」


「着剣せよッ!」


 四度、五度と撃ち掛けられても、幸運にも射線に触れることの無かった数体のオークに迫られた陣地では、迫る化け物に銃剣での対応を試みていた。


「バルァァァッ!!」


 オークたちは棍棒を、あるいは丸太のような腕を轟音たてて振り回すが、とっさに距離をとって避けた歩兵たちによって逆に銃剣を腹や背中に突き立てられた。

 が、背中はともかくでっぷりとした腹を刺されるくらいは大したダメージではなく、その体重を支えて余りある筋肉から繰り出す拳は一撃で人間に重傷を負わせられる。


「人間ども、覚悟ッ!」


 さらにオレアクスらまで乱入してくると、人間達の突き出す銃剣では左右へ上下への素早い運動を捉えきれず、懐へ潜られて爪や牙で喉元をえぐられ絶命する者が続出、白兵戦の趨勢すうせいは決してしまった。


「後退しろ!」


 銃撃するには近すぎ、白兵戦では手も足も出ないとなれば逃げの一手。

 小銃を抱えて、また一部の者は捨てて、全力で逃げ始めた。負傷者は余裕があれば助けるが、重傷の者など大半は見捨てていった。


「……追わなくていい。止まれ」


 オレアクスは追撃を行わなかった。

 見捨てられた負傷者や死体の肉に口をつけるオークやコボルド、やる事が無くなってぼんやりとたたずんでいるスケルトンらの見張りを部下に任せ、残してきてしまったレティーシャの元へと走る。


「申し訳ありません。せっかくの初陣の場でありながら、このような不甲斐ない結果にしてしまいました」


 最後まで結局何も出来ず、自分はいったい何の為に来たのだろうかと考えていたレティーシャは、いつの間にか戦いが終わっていた事すら気付かず、オレアクスが戻ってきて初めて状況を把握したのだった。


「い、いえ、皆さん良く頑張っていたと思います。本当は、私があれこれ言うべきなのでしょうけど……」

『こんだけ装備に差があったら普通は勝てないだろうし……』


 30人近い数の人間を討ち取り、味方の死者はわずか数体で済んでいるのだから、そこだけ見れば結果的には勝ったとは言える。ただし、負傷者が約80体もおり、部隊として活動する事が困難であるのを除けばだが。



 この後、本来ならアドラメレク領まで行く予定であったのを、これを変更して魔王城へ引き返す事にしたのは、魔王軍としては当然の判断であったとも言える。





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