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子悪魔出陣


 魔王城内の一角、こじんまりとした客室で、レティーシャが天井付近にいるっぽいユウキと話し合っていた。


「へぇ、じゃあユウキさんはこの世界の人じゃ無いんですね」

『まあ、いっぺん死んでるのは本当だよ。河に流されて、気が付いたら君の近くにいた』


 会話はユウキの身の上話である。さりげなくレティーシャからの呼び方がユウキからユウキ″さん″に変化しており、それで密かにユウキが傷付いているのは内緒。


『いや、あの時は本当に参ったよ。ハンドル切らずに急ブレーキかけときゃ助かったかもしれんのに、俺のアホ……やっぱペーパーが高速乗るなんてやめときゃ良かったんだよ。仕事でもないのにさ』



 ユウキの話を総合するとこうなる。


 高速道路の走行中、前方の荷物満載トラックから積み荷の飽和攻撃を受け、それ自体は回避したものの間髪入れず対向車との正面衝突事故を起こしたのが原因で、ユウキは意識を失った。


 その後、ふと辺りを見てみたら何故か河の上で大勢の見ず知らずの人々と共に小舟ですし詰めにされており、何処かへ運ばれていたと言う。

 しかしある時小舟が大きく揺れ、その拍子にユウキは振り落とされてしまい、河で溺れてまた意識が遠のいた。そして気が付いたら例の川のほとりにいて、目の前に女の子が…………。



『まあ普通に考えて、俺は死んで幽霊になったんだろうね。だから俺は誰の目にも映らなかった、と。あとここに来る途中に色々試してみたけど、どうも君からだいたい3メートル以上離れようとすると引き戻されるみたい』


 自分の長話を、ユウキはこの言葉で締めくくった。


「約3メートルって何ですか?」

『メートルは長さの単位。3メートルはだいたい……この部屋の床と天井の間くらいの長さだね』


 そしてレティーシャには、地球上の単位が通じてなかった。


「離れられないなんて、お互いに不幸な話ですね」

『俺といるのは不幸なんですか』


 溜め息混じりにつぶやかれた、レティーシャの言葉が宙に消えてから数秒後、戸を開く音と叩くが同時に聞こえてきた。


「失礼しますぞ」


 と言う前に入ってきたのは、トカゲに平方根をつけたような、トカゲと人、どちらとも言いにくい獣人だった。薄い緑色の鱗におおわれた体と縦長の眼は、人によっては嫌悪の対象になるかもしれないが、少なくともレティーシャは平気だった。


「オレアクスさん、失礼な事をしてから言わないでください」


 合図と開閉を一度で行った、アドラメレクの次席家臣であり家臣団のまとめ役だったオレアクスに、レティーシャは返事を待たなかった事を咎めるように言い放ったが、たいして気にした様子もなく声を上げる。


「先程、魔王三翼のハルファス様から言伝がありましてな。なんと、次の戦ではレティーシャ様と我らに物見を任せてもよいとの事。これを知らせるべく参りました次第!」


「え……物見?」


 まず用語から解ってないレティーシャを差し置いて、オレアクスは続ける。


「いかに物見とはいえ、敵情を詳しく知るためにはやはり一戦交えなくてはなりません。アドラメレク様の仇たる人間どもを討てるかと思うだけで、腕がなりすぎて抑えられませぬ!」


「いや、あの……」


 今すぐ暴れだしそうなほどやる気に燃えているオレアクスには、レティーシャのか細い声なんて届いていない。


「もういいです。ユウキさん、私は何を任されたんですか?」

『物見は偵察の事。実際にその場所に行って様子を見る事だね。ていうか俺も状況が分からないんだけど』


 1人で盛り上がっているオレアクスを他所に、レティーシャはユウキに教示を求めていた。


「さあさあレティーシャ様、ぐずぐずしているヒマはありません。魔王軍の一員に加わり戦う道か、それとも戦いから離れひっそりと暮らす道か、ご決断を!……もし戦う道を選ばれたなら 、アドラメレク様の命に……」


 レティーシャの小さな耳が、オレアクスの言った″アドラメレク様の命″の一言にぴくりと反応した。父の最後の言葉が気になったのだ。


「……魔王城まで落ち延びた後、もしレティーシャ様が魔王軍の一員として戦うならば、支えるように。もしそれ以外の道を選ぶならば、以後は魔王様の指示を仰げ。その時は我ら一同、微力を尽くしてお支え致しますぞ」


 トカゲにしては平たいが、人間にしては長い顔を引き締め、オレアクスは先程とはうって変わって落ち着いた声で答えた。


「無理強いなどしませぬ。嫌と仰せなら我らだけで行くのみ」





 その翌日、魔王城を進発する一団がいた。

 数にして160名。棍棒や石を持った豚面の人形魔獣、オークを中核に、ボロボロのクロスボウや腐りかけた剣や槍を持つ、人間の死者が変じて生まれる骨の人体模型そのものな魔獣、スケルトンや犬型のコボルドで編成された、編制もへったくれも無い魔王軍の小集団である。


 馬頭鬼という、四つん這いになった人間の首から上だけを馬に差し換えたような風貌の四足動物(ただし、足は手と同程度の長さのため安定性はそこそこ)に騎乗したレティーシャが、自分の周囲を囲む5人の旧アドラメレク家臣団メンバーを見やった。


 彼女と同じく馬頭鬼に騎乗している旧改め新レティーシャ家臣団のメンバー達も、視線に気付いたかそうでもなかったのか、レティーシャを見た。


「どうされましたかな?」

「すごく、背中が怖いんですけど」


 5人を代表したオレアクスに、レティーシャは背中に感じる多数の視線を訴えた。


「ああ、それはオークどもの視線でしょうな。やつらにしてみれば、か弱いレティーシャ様は獲物でしかないでしょうから」


 オレアクスは魔獣の生態について話し始めた。


「オークに限らず、そこの馬頭鬼などの魔獣ほぼ全体に言える話ですが、自分より弱いやつはたいてい食糧としてしか見ていませぬ。おそらく我ら5人があなたのそばから離れれば、次の瞬間には猛った魔獣どもの餌食でしょうな。そして今のレティーシャ様のお力では、こいつらから逃げ切るのは不可能かと」


 レティーシャの顔を真っ青にさせるには充分過ぎる言葉を平然と吐き、オレアクスは笑って付け加えた。


「なあに、我らのそばを離れなければ良いのですよ。こいつら、自分より強い相手には絶対に逆らいませんから」



 ぺたり、ぺたり。馬頭鬼の歩く音をBGMに、揺られるレティーシャと黙って引かれるユウキの前に、魔物界の弱肉強食論理が立ちはだかっていた。


『……こんな連中で大丈夫なのか?』


 誰にも存在を気付かれない男、ユウキは小さく呟いたが、当然の如く誰にも存在を気付かれなかった。





″小悪魔″ではなく″子悪魔″です。あと、魔獣は基本欲望に忠実です。


御意見等あれば是非。


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