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出会い


 ここは異世界である。名前は特に無い。

 いつからこの世界に魔物が溢れだしていたのか誰も知る者がいない。

 ただひとつ言えるのは、今やこの世界の北方のみが魔物が住める領域で、世界のほとんどは人間が支配する場所であるということである。

 その悪魔の少女はその世界で、何やら得体のしれない"声"と出会った。




 この魔の王国を流れる大河のほとりで、レティーシャという1人の少女が座り込んでいた。


 レティーシャは右手の甲で目元の涙を拭い、紅い眼でしばらく水流を見つめていたかと思えば、また目元を拭う。


「……」


 彼女が魔族の中でも上位の存在、悪魔のはしくれであることを象徴するように、眼と同じ紅色のロングヘアの頭頂で一対の小さな羽が弱々しく震えている。

 

「お父さん……お母さん……」


 水に溶け込んでしまう小さな声で、敵である人間に討たれて散った父母を呼んだ。


 魔王軍の幹部であり、人間達の領域との境界線にあった小さな城とその一帯を守っていた父と、悪魔の戦士だった母。

 ある日城は人間達の軍に攻められ、城に詰めていた戦士達を引き連れ打って出た父はその晩、紅い髪が全身にまとわりついたような大怪我を負って帰ってきた。母は帰って来なかった。

 

『俺はあの聖騎士に一泡吹かしてやらねばならん。部下に魔王城まで送らせるから達者で暮らせよ…………すまんな』


 そう言って、魔力で身体を強化してさえ歩くのがやっとだった父はまた戦いに行ってしまった。

 あまりにも突然の事過ぎて近隣から兵を集める時間も無く、僅かな朗党達のみと共にいた父が今頃どうなっているのか。嫌でも想像がついてしまう。



 父は、母は何を思って人間と戦ったのだろうか。最後は何を願って闇に還ったのだろうか。レティーシャはそれが気になった。


 守将として、城と土地を守れなかった事を悔いているのだろうか。敵に敗れてしまった事に屈辱を感じているのだろうか。

 もしそうなら、子として自分がその悔いを晴らしてあげるべきではないのか。魔族の端くれとして、人間と戦うべきではないのか。


 しかし、自分にはそんな力はないし、一軍を率いる権限も無い。いまから鍛えるのは論外。

 

 自分がひ弱な存在でしかないことを自覚させられていたその時。

 この世の全てに関与せず流れていそうな水面をただ目に映していたレティーシャの前を、青白い珠が右から左へと通っていった。

 

 どんぶらこ、どんぶらこ。昔話で有名なこの擬音は、まさにこの時のためにあるのではないかと思わせながら流れる珠。


 川岸に引っ掛かって止まった珠を、何とはなしに拾い上げてみようと手を触れた矢先、その珠はなんとレティーシャの身体に吸い込まれていってしまった。


「え……?」


 突然の事に言葉を忘れる。

 慌てて手のひらを見たが、何の変わりも無い白い自分の手があるだけである。


『――?』


 珠があった場所を見直しても砂利しかない。

 何の変わりも無い薄暗い河原。


『――――!』


 いや、変わりならある。

 さっきから響くこの妙な声は、あの珠に触れてから聞こえ出した。


『――――――!?』


「ああもう、さっきから何なんですか!?」


 耳元で大声を出され、ついに無視の限界を超えたレティーシャが、声のする方角に向けて叫び返した。


『やっと返事してくれた! 聞こえてないのかと思ったよ!』

「さっきからずっと聞こえてます! 何処にいるんですか!?」


 辺りをぐるぐると見回したが、自分1人。声はすぐ耳元で発せられているというのに。


『もしかして……見えてない?』

「まったく」

『じゃあ、そこからゆっくり右向いて……そう、そこ。今、目が合ってるよ』


 そう言われてもレティーシャにはさっぱり見えない。しかし声の発生源は自分の目の前の空間で間違いなさそうだ。

 試しに手を伸ばしてみたが、何も感じない。


『本当に見えてないみたいだね』


 残念そうな声。


「はぁ……で、あなたは誰なんですか?」


 このまま話しても埒があかないと思ったレティーシャは話題を変えてみた。


『俺? 俺はアナミユウキ。君は?』

「レティーシャ。アナミユウキって珍しい名前ね」


 本来アナミユウキは阿南佑樹と書き、言うまでもないだろうが阿南が姓で佑樹が名前である。

 しかしそんなことは名字というものを持たない魔族であるレティーシャの知る事では無く、"アナミユウキ"が名前だと思って彼女は呼んだ。


『いや、わざわざフルネームで呼ばなくても……ユウキでお願い』

「じゃあユウキ。私になんか用?」


 あれだけ大声で呼んでくれたのだから、何かしら自分に伝えたかった事があるのだろう。

 その考えとは反面、ユウキはなにか言い辛そうな雰囲気を漂わせながら、あー、だのえー、だの唸っていた。


『とりあえず、ここ何処?』

「ここ? 魔王城ですけど」


 この川は魔王が住む"魔王城"の西側に流れており、城の西側と南側を囲う水堀の役割も兼ねていた。

 この世界の住人ならば誰でも知っている事である。


『ま、魔王……? え? ここ魔王いんの?』

「え? そりゃいますけど。魔王様が住む城だから魔王城って呼ばれるようになったんです」


 何言ってんだコイツ、と目で言ってるレティーシャ。しかしユウキは声に動揺の色を濃くする。


『じゃあさ、魔法とかは?』

「ありますよ。難しくて私には使えませんけど」

『伝説の勇者とかは?』

「昔、そんな人間がいたらしいですね」


『マジかよ……』


 その後も、これなんてファンタジー世界だの、しかも魔物側かよだの、レティーシャにはついていけなさそうな事を呟いていた。

 姿はどこにも見えないのに、小さくうめくような声が延々と聞こえてくる。気味が悪い。




 この変な声のおかげですっかり気分も萎えてしまった。魔王城内にあてがってもらった部屋に戻り、改めて考えなおそうとレティーシャは歩き出した。


『うげっ……ちょ、ちょっと待ってよ!』


 しかし、変な声はレティーシャから離れない。ユウキは付いてこようとしている。


「もう、ついてこないでください!」

『引っ張られてるんだよ! ちょ、歩くのやめて!』

「はぁ!? わけわかんない事言わないでくださ!」


 もしユウキの姿が見える者がいれば、嫌がり地面で踏ん張る犬と、それを引きずっていく飼い主のような両者の姿をそこに見ただろう。




 後の魔族史に、その名を小さく小さく刻むかもしれない出会いがここにあった。



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