クマさん
揺れ落ちる午後の街には大勢の人が行き交っていても、どことなくゆったりとした風が流れていた。
休日なだけあって、私の向かうショッピングモールは家族連れやカップルで賑わっていた。
ショッピングモールの名前は『ソナチネ』と言って駅に隣接して建っている。
私はここの一階にあるハンバーガーショップ『タルタロスバーガー』でアルバイトをしているのだ。
ソナチネの中央広場に着きの備え付けの時計を見ると16:11分を差していた。
バイトは17:00からだからまだ時間があるみたいだ。
私はベンチに座り、鞄から鏡を取り出し髪が乱れてないかを確認しつつ広場に備え付けられているテレビを観ている。
再放送のドラマが放映されていて、見入っているとCMが流れ現実にもどる。
「タッタル、タルタロスー。いつもー美味しいみんなのーー。」
バイト先であるタルタロスバーガーのテーマソングをきいて、時計をみると16:48分を指していた。
私はベンチから立ち上がりタルタロスバーガーへ向かおうと振り返ると、ヨタヨタとクマのきぐるみが歩いていた。
何かとイベントなのかな、とみていると女の子が母親と一緒にクマへ近寄っていった。
しかし、クマは女の子の頭を撫でたりするわけでなく、抱っこするわけでなく、ただヨタヨタと歩いていた。
それでも構ってもらいたい女の子はクマの前に立ちふさがったが、クマはまるで女の子などいないかのようにヨタヨタと歩き、女の子を突き飛ばした。
泣き出す女の子と困惑しつつクマに抗議する母親を尻目に私がクマの横をすり抜けた時だった。
鞄を持つ二の腕に鋭い痛みが走る。
痛いっ!
腕からは血がたらたらと流れて手を伝い鞄を汚していた。
バイト代で買った高いカバンなのに。
クマを睨みつけると大きく腕を振りかぶっていて、モコモコの茶色の手には輝くものが握られていた。
とっさに体をよじってかわすと、バランスが崩れ床に倒れてしまう。
周囲からは悲鳴が聞こえるけど、それどころではなかった。
ころされる?
と考えが頭をよぎると同時に私はクマの膝を思いっきり蹴り付けていた。
クマがぐらりと倒れたのと同時に私は立ち上がり逃げ出そうとするが足首を掴まれる。
それでバランスを崩しクマの腹に膝から倒れるとぐふっ、と呻き声がきこえて足首を掴む手がはずれた。
私は恐怖で興奮しナイフを握るクマの手を何回も踏みつける。
放されたナイフを遠くに蹴るとくるくると回転していった。
「あんた、なんなの?ねぇ!」
クマに詰め寄る。
しかし、クマはもう動かない。
死んじゃったのかな……?
不安になり声を掛ける。
「あの、大…丈夫ですか?」
いきなり下手にでる自分がおかしくて。
でも、クマは動かない。
周囲にはいつの間にか人だかりができていた。
私は意を決してクマの頭をとって素顔を確認しようとした。
頭はなかなかとれなくて、ねじりながらとるようにする。
人だかりが発するざわめきが止まり広場が静寂に包まれたのは頭をはずしてからワンテンポ遅れてからだった。
頭のなかには何者いなかったからだ。
このクマはどうやって動いていたの?
静寂は絶叫に包まれて、私は両耳を押さえその場にうずくまるしかなかった。