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恋のラスト・オーダー  作者: 篠宮 梢
22/23

◆捨てる神あれば、拾う神になってくれるんですね

 真っ暗な夜道をひたすら黙々と歩く。

 髪が濡れても、服が濡れ鼠状態になったとしても気にする暇もなくただただ歩く。

 だってそうでもしなきゃ、気付いちゃいけない感情に気付いてしまいそうだったから。


 そうして歩き続けてどのくらい時間が経ったのか判らなくなり始めた時、一台の車のヘッドライトが私を照らすかのようにして目の前で停車し、運転席から見知らぬ男性が降りてきたかと思いきや、その人は私の姿を目にするなり、瞳を大きく見開き、困惑した声音を漏らした。


「あなた、ちかちゃん、よね?なっちゃんのとこにいた...。どうしてこんな時間に、こんな恰好でいるの?なっちゃんはどうしたの?」


 私は私で、逢った事もない人からいきなり話し掛けられたことで頭が混乱しかけていたけれど、《なっちゃん》というフレーズと、微かに聞いたことがある声から、色々と逃れたい心理状況に蓋をし、自ずと導き出された答えに、なぜか涙が滲んだ。


 どうしてかな。

 声なんて全然似てなんかないし、香りだって違う。

 身長も違うし、伸ばされ、髪を撫でる手や指だって違う。


 なのに、なのに。

 こんなにも目の前にいる人は、桐崎さんに似ている。


 兄弟だからという理由なんかじゃなくて、雰囲気という印象でもなくて。

 きっと魂が似てるんだと思ったのは、もう何も考えたくなかったからに決まってる。


 ヒクヒクと、喉が痙攣してると自覚した時には私は既に目の前の男性に抱き付き、声を上げて泣いていた。

 夜道で、交通量はそれほど多くは無いけれど、それなりに色々な人が通る時間帯で、しかも天候は最悪なことに雨で。


 泣いたって仕方ないことは判っていたはずなのに、どうしても泣かずにはいられなかった。


 やっと手に入れたと思い始めた矢先に失った温もりは、記憶の底で眠っていたはずの、私が今よりもずっと幼かった頃の記憶を嘲笑うかのように容易に掘り起こそうとする。



 真っ黒な服を着た人達が、優しくて温かくて大好きだったヒトを連れてゆく。

 直前まで笑って作っていたクッキーを、あのヒトが悲鳴を上げて落す。

 老いた犬が必死に吠え、拾ったばかりの子猫が哀しげに啼いている。

 赤いサイレンが、あのヒトの哀しげで痛々しい悲鳴が、温かな家庭を奪ってゆく...。


 真っ黒な服を着ていた人達が突き付けた言葉は全然正しくなかった。

 その日その時は、家でずっと私を二人で看病していてくれた。

 人のモノに手を出すのが本当に嫌いだったヒトだったのに...。

 それを信じなかった大人が、周りの人達が嫌いだった。

 憎かった。


 声が枯れるまで、そして喉が痛くなって声が出なくなるまで泣き続けて、漸く泣き止んだ時には私が抱き付いていた人はそれに気付くとにっこり微笑んで、車に乗るように促した。


「え?でも、私濡れてるし、車、濡れちゃうっ」


「あら、そんなことはどうでもいいのよ。まだ本格的に体調は戻ってないはずよ?だからウチへいらっしゃい、ちかちゃん」


 戸惑い、遠慮する私を力づくで助手席に乗せたヒト――芽衣さんが、ニッコリ笑顔の裏で弟である桐崎さんに怒り狂っていたことを、この時の私は知らなかった。


 ただただ、捨てられ、失ったと思った矢先に、何度目かに伸ばされた手を振り払うほど、私は強くなかった。

 だから芽衣さんの言葉に甘えてしまい、芽衣さんの提案に頷いてしまっていた。

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