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恋のラスト・オーダー  作者: 篠宮 梢
21/23

◆しょっぱくてからい

 心を許しかけた時に裏切られる辛さや悲しさには慣れていた。

 だからこんなことくらいで、私は泣いたりなんかしない。


 ぐっ、と他の人にはばれないように頬の内側を噛み、にっこり能天気に笑って見せた。

 

 時は夜の19時を過ぎ、場は都内にあるフランス料理レストラン。

 対するは桐崎さんとその奥さんであると思われる女性、――そう、私と桐崎さんが出逢った場に居合わせた綺麗で妖艶な女性ヒト

 

 彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ、まだ目立たないお腹をゆっくりと撫でている。それだけで何があったか解っちゃうくらいには世の中の理は知っているつもりで。


「というわけだから、今日から私もあの部屋に住むから。あぁ、アナタは今まで通り家政婦として通って頂戴」


 細いフルートグラスを持ち上げ、艶やかな口唇を愉悦に歪ませ、私の前で指輪をうっとりと眺める。


 因みに私の前にも普段なら美味しそうに思えるフルコースの料理が並べられているけど、今は料理の色彩や香り、食欲さえ湧かなくて、水だけしか口をつけていない。


 私としては相手側の要求を呑み、一刻も早くこの場から立ち去りたいから。


「話がそれだけなら、私、もう帰っていいかなぁ~?今日泊るとこ探さなきゃいけないしィ、おっさんたちの生活に興味もないし」


 右手の人差指にくるくると髪を巻き付けながら言えば、女の人は不満そうにしていたけど、雇い主だった桐崎さんは店に入る前からだんまりだったけど、店に入ってからは一言も喋ってない。


 まあ?離婚しようとしてたのに、復縁しなきゃいけないのは確かに面倒だけど、それなりに愛情があったから今に至るんでしょ?

 じゃなきゃ、妊娠なんてことにはなんないんだからさ。


 胸の中がモヤモヤするのはきっと、関係が崩壊してると思ってた二人が丸く収まるから。それ以外に理由なんかない。

 あっちゃいけない。


「明日は食材買ってから顔出すね。じゃあ私、行くから」


 まだ完璧じゃない体調に鞭打ち、椅子から立ち上がり、そそくさとレストランを後にする。

 

 早く、早く、一秒でも速く。

 私を呼び止める桐崎さんの声も聞こえないふりをして、エレベータを待たず、非常階段を駆け下りる。

 視界が歪むのは汗のせい。

 呼吸がこんなに辛いのは最近運動をサボっていたせい。


 切れ切れの吐息で私がレストランが入っていたホテルから出た時には、外は雨がザアザアと降り注いでいた。


 それはまるでこれからの私の道先を示しているような暗く、冷たい夜のことの出来事だった。

 

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